第125話-2 彼女はフィナンシェを手土産に王妃様に願う
養鶏に関してはリリアルで始めるわけにもいかないので、子爵家の代官の村と猪退治の村に働きかけることにしたようだ。王都近郊で縁があるのはその二箇所だからだ。
「まあ、リリアルの子たちも軌道に乗ればそこで勉強して、自給する分くらいはこっちで飼ってもいいんじゃないかな?」
ある程度薬草が育った後の雑草を鶏が啄んでくれると、草むしりが楽になるので、その方向も検討しても良い。
「問題は、移動と輸送の手段なんだよね」
姉曰く、馬車で運ぶにしては量が少ないし、移動時間もかかるので良い方法がないかと試行錯誤中なのだという。実は、リリアルではある移動手段を開発中で、水晶採取の遠征には長期の使用テストを兼ねて使用するつもりなのだ。
「いいアイデアがあるのだけれど、一口乗せてあげてもいいわよ」
「あー あれね」
伯姪が言葉を重ね、姉は「なんなのかなー」と言わんばかりの視線である。彼女は厩舎に移動するように二人に声を掛けた。
リリアルの厩舎は未だ存在しないので、騎士団の駐屯所の厩舎の一角に間借りする形で、ある動物を飼っていく。担当は今のところ当番制なのだが、固定にすることを検討中なのだ。今日は赤毛娘がそこにいた。
「あ、先生。今日も元気そうですよ!」
毛並みを整えつつ餌をやる赤毛娘。勿論、同時ではない。
「……兎馬……なら経費は安くつくわね」
馬ではなく兎馬を使った二輪馬車を導入するつもりなのである。
「でも、なんで馬じゃなくて兎馬なんだよ」
何故かそこにいる癖毛の質問に彼女が答える前に、赤毛娘が口を出す。
「馬鹿ですか、馬なんて燃費が悪いし高いし、死なれたり盗まれたらどうするんですか。兎馬は粗食でも耐えるし大人しいですし、何より可愛いです。馬なんて目じゃないんです。それに、駈出し冒険者や薬師が馬なんて持ってたら、盗賊に狙われるにきまってるじゃないですか!!」
兎馬は気まぐれで頑固と聞くがどうなのだという質問に更に赤娘が答える。
「半馬が本当は良いんですけどお高いんですよね。まあ、あの灰色のなんちゃらって魔法使いも兎馬に牽かせた乗り物で登場しますし、何とかなりますよ」
フィクションを参考にするのはどうかと思うが、実際、馬より安価で丈夫で出来の良いところもある。犂を引かせたり、大きな籠を左右に乗せて採取したものを運ぶ手伝いをさせることもあるのだ。
因みに兎馬車は二輪で自立できない仕様。止まって兎馬を外すと傾くので受けがないと平行にならない。大きさも幅1mの長さ2mくらいしかない余り大きいと言えないというか、すっげえ小さい。その上に荷台より一回り小さな天板と組み立て式の脚のついた頑丈そうな平台が二つ乗る。
曰く、行商する商人の陳列棚兼野営の時はベッド代わりになるのだそうだ。車輪については老土夫が説明する。
「本来、四輪馬車の方が重くて量が運べるし安定するのだが、兎馬には牽けないな。その代わり、車輪の補強金具を魔銀の合金に変えて魔力を通して使う」
木の車輪は鉄の板を表面に薄く貼り付け補強するのだが、その部分を魔銀製にし魔力を通して保護する。すると、抵抗も減り、二輪なので小回りや道の凹凸も抵抗がなくなる。
「小さいな」
「まあそうですね。兎馬が牽ける大きさって限られてますし、それに、上り下りの勾配がきついところは降りたりするんです。」
魔力量はそれほど沢山消費しないし、牽かせっぱなしでは兎馬も疲れ果ててしまう。とはいえ、馬車の移動速度が郊外では6-10㎞毎時と言われている。王都内ではその倍ほどの速度が出るのだが、実際に荷馬車なら人の歩く速度と変わらない。ところが兎馬なら……
「馬の七掛けと言われる駆け足の速度ですけど、馬が全力疾走って感じなのが、兎馬なら駆け足でずっと行ける感じなんです。だから、魔法袋とか色んな工夫をすれば、素早く兎馬車で荷物が運べると思います」
魔力量の多い者が組んで大容量の魔法袋に重量物を収納し、少ないものが兎馬車の御者を務めるのが良いかもしれない。なにより……
「騎乗するのと同じ程度の速度で乗馬ができない人でも高速移動できます。小さいとはいえ御者以外に四人くらいは乗せられるから、馬鹿にできませんよ」
幌を付ければ簡易テントにもなるだろうし、少数の冒険者としての依頼にも便利になるだろう。彼女や伯姪と同行せずとも行動範囲が広がる。それに、この兎馬の馬車で小さい子がノコノコ移動していたら、まさか冒険者だとは思わないだろう。村の子供のお使いに見える。
兎馬車の導入と兎馬の飼育を行うにはそれ以外にも訳がある。それは、将来、リリアルから自立する薬師たちへの支援である。
一人で王都を離れた村に薬師として移り住む者もいるだろう。その時、輓馬代わりになり、世話をしたものに犬のように懐き、そして、素材採取で森に入る時は荷物持ち兼警戒役として同行してくれる兎馬の存在は孤独となる彼女たちの心の支えとなってくれるだろう。
兎馬の定命は20年から30年と言われている。彼女たちがその場所に馴染む時間を共に過ごしてくれるだろうし、何もない薬師ではなく輓馬である兎馬を連れてやってきた者として歓迎されると彼女は考えていた。
「兎馬って馬とは何が違うんだろうね」
「それはね……」
馬と交配できるくらい近しい関係ではあるが、性格的にはかなり違う。群れを作らないので組んで何かするのは苦手だ。犬程度に賢く、世話をするものに懐く。警戒心はそこそこで、好奇心はあまりなく同じことを繰り返すことを苦にしない。
ある意味、扱いやすく、馬よりも変化の少ない暮らしに馴染むだろう。餌が馬ほどえり好みをしないところも悪くない。カラスムギ以外でも問題無く食べてくれるし、量も少なくていい。
「刈り取った麦の茎とかでも大丈夫なんじゃないかな」
「でも、仲良くしたいなら甘い果実が良いみたいだよ」
兎馬の世話をしたことのある子が合の手を入れる。それは兎馬じゃなくって俺も大好きと混ぜっ返す癖毛。確かにお前は兎馬に似ていると誰かが弄る。
「今回は魔力量が少ない魔術師の子に一頭ずつ世話をしてもらうつもりです。素材採取にも同行させたり、兎馬車も実際使ってもらうのでそのつもりでね」
「「「はい!!」」」
冒険者登録しても依頼を受ける事が少ない子たちだが、支援担当として同行することになるだろうか。車両担当とでも言えばいいか。水晶採取の旅ではその辺りも考えたいのだ。
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