第115話-2 彼女は騎士隊長と物件を確認する
王国北部、外海に面し海峡を挟んだ対岸が連合王国である『ロマンデ』と呼ばれる地方。今の王家がルーテシア伯であったころ、その主家であった旧王国に仕えたロマン人の君主がその地方を治めた時代があった。連合王国に嫁いだ子孫がいたため、いつしかロマン人の君主は連合王国と王国に跨る大君主となった。
聖征のあった時代、サラセンの築城術を学んだロマン人の大君主が王家に対抗するため、ロマンデ支配の一大拠点として築いたのが『ガイア城』と呼ばれる巨大な石の城塞である。
ガイア城は王都を流れる川の下流にあり、河川交通の要衝を抑える役割を果たしていた。当時の王国はこの城をロマン人支配の象徴と理解し、最優先で攻略を行った。
王国とロマン人君主の率いる連合王国が対立する中、城を築いた連合王国における聖征の英雄が陣没、英雄の後継者争いに付け込みガイア城を王国軍が攻囲。効果的な救援が派遣されることなく、ガイア城は半年ほどのち救援を望めず陥落することになる。
その後、王国が城塞として活用するのだが、百年戦争時、再び連合王国の支配下に戻るも、現在は連合王国はロマンデから完全に退去しており、ガイア城はその後、使用されることなく廃墟となっていた。
「ガイア城に……ゴブリンの大規模な群れが住み着いている……って噂」
「王都周辺から消えたゴブリンキングの群れがそこにいるってことなの?」
ガイア城は川に面した崖の上90mの場所に、三つの堅固な主塔を有する城塞であり、その主塔を城壁と空堀が守っている。そこに、上位種多数を含めた百を超えるゴブリンの群れが潜んでいる。大規模な騎士団の派遣が妥当なところだろう。
「で、俺たちに何をさせたいんですか?」
『偵察するにしたってよ、あの城塞にどうやって潜り込むんだよな。そもそも、偵察をする意味がみいだせねぇだろ』
『装備や配置の細かい情報収集でしょうか。いつぞやの村塞のようにはいかないでしょう。我が主と言えども、苦戦する可能性が高いと思われます』
青目藍髪『魔剣』『猫』がそれぞれに意見する。
「ゴブリンではないと思うわ」
「そうだね。ゴブリンの集団じゃないよね」
「何でわかるんです?」
「ゴブリンは餌が必要……あの場所に沢山のゴブリンがいれば、近隣にもっと被害が出る。わざわざあんな石の城に集まる理由がない」
赤目銀髪が断言する。言い換えれば、食事を必要としなければ……こんなに安全で便利な場所はない。
午後早い時間、ガイア城に到着した一行は学院生に周辺の捜索を任せ、彼女と伯姪がガイア城の内部を調べることにした。街道を見下ろせる台地の上にさらに高くそびえる石の壁。何度も折り返す一本の道は、壁の上から攻撃されやすいように配置されている。
「さて、このまま道を行って正面の門から入るのは面白みがないわね」
「……壁登りがしたいのでしょ?」
彼女は「私が結界階段作る役目ね」と言葉を繋げる。バービカンと称される主郭を守るための出城部分が最初のアプローチに接している。その最大の円塔の手前に結界の階段を形成。
「いつでもどうぞ。分かるかしら?」
「だいたいだけどね。それ!!」
身体強化をし、隠蔽を行っている伯姪がポンポンと空中を飛びあがっていく。勿論彼女もその後を追う。追った先から階段が消え、その分先に階段が形成されていくのだが、その数は十段ほど常時形成されている。高低差は1mほどなので、それほど真剣に飛び上がる必要はない。
空中を駆け上がる姿を見かけた学院生から歓声が上がる。
「気分いいわね」
「みんなにせがまれる未来しか見えないのが憂鬱ね……」
魔力の大きな子たちであれば、階段形成程度の結界展開は同時複数展開の練習に丁度いいかと考えたりもする。
胸壁の上に立ち内部の様子を確認する。
「時代が違えば、私たち英雄だったかもしれないわね」
「城に忍び込んで吊り橋を降ろすだけの簡単なお仕事で英雄はないでしょう」
「夢が無いわね。ロマンよそこは」
二人で大型軍船を制圧したことをすっかり忘れたかのような伯姪の話である。動かない丘の上の城より、沖合の海の上に浮かぶ動く城の方がよほど脅威なのだと彼女は思うのだが。
「バービカン内は問題なさそうね。あちらに移動しようかな」
「……結界で架橋するから待ちなさい」
胸壁を主郭側まで移動し、結界を用いた吊り橋を形成する。勿論、吊り下げる物は存在しないのだが。池の踏み石を踏むように、二人はポンポンと向かい側の主郭胸壁まで移動し息を整える。そして中庭を見下ろすと、何やら人影らしきものが見える。
「……ゴブリンじゃない……」
「ええ、ゴブリンではないわ。アンデッドのゴブリンね」
伯姪は彼女の言葉にハッとする。この時間にウロウロするのは個体差だと思うが、数匹いるゴブリン全てが静かなのだ。
「普通はもっと大騒ぎするでしょう。些細なことで揉めたり」
「ああ、小さな男の子みたいな感じだよね。見た目はキモいけど」
しつけの悪い自己制御のできない子供に似ているのがゴブリンだと言える。性格も悪く、残忍なところもだ。男の子が興味本位で虫やカエルを解体したりすることは割とよくある。
がしかし、目の前のゴブリンはウロウロするものの声も上げず、二、三匹でつるむこともなく、一匹づつうろつきまわっているのだ。あの村で見かけたレヴナントの老人のように。
「自然発生の可能性は?」
「ないとは言えないけれど、この内部にゴブリンが入り込んで、まとまってレヴナントになり彷徨しているというのは、あまり合理的な解釈とは言えないと思うわね」
誰かがここにゴブリンを集め、人工的にレヴナントとする実験を行っている。その成果なのか、失敗作なのかわからないが、ここにゴブリンの動く死体が存在するという事だろう。
「ゴブリンであり、レヴナントでもあるから噂は事実って事ね」
「受け取り方でゴブリンでもありアンデッドでもあるわけだから、そうなるのでしょうね。さて、どうしようかしら」
「……単純な討伐ではだめよね」
「この中に、これを作り上げた人間が存在すると考えるならば、今中途半端に仕掛けるのは利口ではないわね。このまま夜になるのは避けたいし。明日、戦力を整えて攻めましょうか」
一旦、ルーンに戻り、その後再びここにリリアルの全員で朝から討伐すると言う選択肢を選ぶ。
『主、 私が残り、この場所を監視すれば問題はないのでしょう?』
「ええ、そうしてもらえるかしら。身の危険を感じたのなら、反撃しても構わないから。お願いするわ」
彼女と伯姪は『猫』をガイア城の主郭胸壁上に残し、一旦、ルーンの街に引き返すことにしたのである。
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ルーンに戻り、一旦、冒険者服を着替え彼女と伯姪は姉の宿へと向かう。黒目黒髪と赤目蒼髪が侍女をしているのを、一時中断して探索に合流させる為だ。
姉は「いいよ」と告げると、更に付け加えた。
「私の護衛のメンバーと私とこの子も連れて行くね。折角、胸鎧もプレゼントしてもらったじゃない? それに、人数が多い方が良いでしょう。子供たちだけだと臨機の対応ができないわよ」
姉は自分たちと薄赤パーティーも参加する方がよいというのである。
「姉さん、気持ちはありがたいのだけれど……本音は?」
「せっかくだから、お姉ちゃんも冒険したい!!」
「……ドレスしかもっていないじゃない」
「大丈夫だよ、ボロッちい侍女服着て、魔装衣と胸鎧に魔装手袋すれば。あ、あと、マントは貸してね!!」
どうやら、本気で参加したいようである。昨日のゴブリン討伐の様子を見るに、アンデッドとはいえ同程度の脅威なら問題ない。それに、魔力量が相当ある姉であるから、いざという時の結界も強固に広く展開できるだろう。
アンデッドを作り出したものが強力な魔術師・魔導士である可能性も否定できないからだ。
「いいわ。でも条件があるの」
「なんでも言ってよ!」
「言うだけ言っても聞かないというのは駄目よ。もしそんなことがあった場合」
「……場合?」
「お婆様に報告し、リリアル学院でのお婆様付きを命ずることになるわね。王妃様の命でよ」
「しょ、しょんなわけないじゃない。嫌だわー お姉ちゃんちゃんと言うこと聞くよ。ね、ね!」
目がキョロキョロしているのがわざとらしい。何でも言って、聞かないけどはないということで釘は刺した。隣で伯姪と、姉の横で侍女二人が笑いをこらえているのは見ないふりをしよう。
「では、明日。馬車を二台用意して早朝から移動するから。今日は早く寝て明日に備えてちょうだい」
「わかったー 楽しみだー☆」
ウキウキしている姉を横目に、多分絶対今日はテンション上がって寝られないパターンだなと彼女は思うのであった。
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