第114話-2 彼女は騎士隊長と共同作業をする
そう思っていたのだが、入ったお店で昼間からお仕着せの鎧を着て酒をせびる衛兵たちと遭遇し、選択に失敗したと反省することになる。
「出ましょうか」
「おお、そこの綺麗なお姉さんたち、一緒に飲みましょうよ。断ったら、逮捕しちゃうよ!!」
ドカッとばかりに、三人の衛兵が周りの席に座る。普通の若い女性なら泣き出してしまいそうな危険さを感じる。店員も見て見ぬふりなのは当然だろう。
「お仕事お疲れ様です。勤務中なのではないのですか?」
「おお、そうだ。不審な人物にたった今から尋問するからな。それで……」
「息が臭いから顔を近づけないでもらえるかしら」
黒目黒髪の人形のような顔をした美少女から、思わぬ言葉が聞かれ、三人は一瞬絶句するも、威圧するように周りを取り囲む。
「随分な物言いだな。詰め所まで同行してもらおうか」
「……お断りします。あなた、衛兵・衛士よね。どんな理由で私を同行させるつもりなのかしら。任意なのでしょう?」
ニヤニヤが止まらない衛兵たちは、彼女の肩に手を回そうとするのだが、そのまま腕をつかまれ逆関節を決められる。
「なっ、い、痛てぇ!!」
「抵抗するなら、逮捕……『衛兵如きが貴族に令状も逮捕状も無しに触れられるとでも思っているのかしら』……な、貴族の令嬢でも……」
「この子令嬢じゃないわよ。私もだけれど。正確には令嬢という身分だけでは無いという意味ね。彼女は男爵家当主、私は騎士爵。で、無礼討ちしてもらいたいのかしら。なんなら、決闘でもする? その子『薄青』の冒険者よ」
「面白いわね。王国の綱紀粛正の為に、前任の衛兵隊長殺害の犯人も捕らえられない無能なルーンの衛兵に罰を与えましょうか」
店の前に人がどんどん集まってくる。そして店内に騎士のような装いの口ひげを生やした男を先頭に数人の衛兵が入ってくる。
「何を騒いでいる。こんな場所で」
「あら、素敵なお店じゃない。この人たちがいなければ。どなたかしら?」
「……お前たちこそ誰だ」
「リリアル男爵よ。あなたは、子爵様?」
一瞬息を飲むと、怒気を抑えつつ丁寧に謝罪と自分が衛兵隊長である事を名乗った。
「部下が大変失礼いたしました」
「ええ、昼間から酒を揺すって店のお客に絡むの部下をお持ちで、大変ですわね。私の謝罪はともかく、この者たちに罰を与える事を要求します」
「それで不問に?」
「納めましょう」
「では、この三人はこの場で衛兵を解雇し、街を追放という事で」
「……いいえ、幸い王都の騎士団が出向いていますから、貴族に対する暴行未遂という事で引き渡しを要求します。当然でしょう」
そこに、颯爽と現れる騎士隊長の姿が。
「おお、やっと俺の出番かな」
「……何故ここに……」
「ヤバそうだったら止めに入ろうと思って。アリーが叩きのめすのは不味いだろ?」
彼女が衛兵を叩きのめす前提なのが気に入らないのだが、横で深く何度も頷く伯姪の姿がさらに気に入らない。やるならあなたでしょうと彼女は思う。
「で、そいつら逮捕して王都に連行コースか」
「そうですね。貴族につかみかかったのですから当然でしょうね。少なくとも重労働数年は覚悟してもらわないと」
「……え……」
「ふふ、では皆様お騒がせして申し訳ございませんでした。隊長さん、お手伝いいたしますよ」
「おお、助かる。外に部下もいるから、まあ、何とでもなるからな」
睨みつける衛兵隊長を無視し、騎士隊長と二人は捉えた元衛兵を伴い店を出る事にした。
王都の騎士に三人を委ね、彼女と隊長は打ち合わせをすることにした。先ほどそして、ここ数日の情報から、街ぐるみでの連合王国への内通を疑っていることなどである。
「やっぱり、可愛いは正義だな」
「何言ってるの。まあ、二人とも可愛いけどさ」
「……口が軽くなるし、親切にしたくなると言いたいのでしょう」
伯姪は「そうなんだ。いつもみんな親切にしてくれるからわからないね」
と姉のような事を言っている。傍から見て子供のころ羨ましかった彼女からすると、最近の自分の身の回りで同じ事が起こっているのがいまだに信じられないのであるが。
「それにしてもアンデッドね。『伯爵』様は関係ないんだよな」
「種類が違うようですね。本当に動く死体というだけで、言葉も話せませんし動きもかなりつたないです。半病人みたいな感じなので」
「そりゃ全然違うな。あの人たちは生身の人間と大差ないもんな」
騎士団の幹部は『伯爵』の家に招かれたことがある。顔見知りであり『伯爵』の持つ王都での情報収集力に感謝している面もあるのだ。
「本当の意味での死に戻り、そして、何らかの実験の失敗作のような気もします」
「なるほど。例えば、……死を恐れない兵士……とかな」
『聖征』においてサラセン人を虐殺した御神子教徒、教徒同士でも宗派が違えばかえって憎悪が増すこともある。王国内でも『聖征』が行われ、タカリ派と呼ばれる少数分派が虐殺された歴史もそう古い事ではない。
敵国であり、御神子教・原神子教で宗派が異なる王国と連合王国においては、躊躇なく人攫い以上の悪意を持って策謀を成すことはおかしくない。
「ルーンが連合王国側に完全に寝返れば、王都はその喉元に刃を突きつけられたも同然だな。それに……」
「レンヌ公国も大公家に姫様が輿入れしたとして、ソレハ伯ら連合王国側に内通している可能性のある派閥と連携を取られ、ロマンデ・レンヌが一気に連合王国側に制圧される可能性もある……でしょうか」
「話が早くて助かる。故に、騎士団の駐屯地とルーンを仕切る都市貴族の内偵を早急に進める必要がある。今日明日という事は無いだろうが、一、二年のうちに手の付けられない状態になるかもしれん」
騎士隊長は「こいつらから、色々聞きたいこともあるし、あとは……連合王国の偽装兵と村長に面通しさせるかな」と言いつつ、笑顔で去って行った。明日は早速、候補地を午前中に見に行くことに同行、その後、彼女と伯姪と学院生四人はガイア城に潜入する予定だ。
「さて、姉さんの宿に武具屋で購入した装備を持っていかなければならないわね」
「その後、クラーケン以外のメニューで食事よね」
「鶏肉と卵を使った料理が良いわね。それに……」
「明日の昼食と夜食の用意でしょ? 宿で早速注文しておくわよ」
明日はガイア城という事で、伯姪は大乗り気だ。彼女の出身地であるニースの城塞は内海で最大級なのだが、ガイア城はそれに匹敵すると言われている。なにより、伝説の武人により築城され何度となく攻められた城であることも気になるようだ。
「それでも、陥落しない城はないのでしょう」
「でも、僅か数百名で王国の主力を半年も包囲させたのだから、大したものなのよ。川からちらっと見たときも荘厳な印象を受けたわ」
百メートルに近い断崖の上に建つ堅固な城塞。当然、内部の様子は全くわからない。そこで何が行われていようとだ。
「用心するに越した事は無いのだけれど、六人で大丈夫かしらね」
「あはは、思ってもないことを。あなたと私だけでも過剰戦力だと思うわ。何か始めるにしてはまだこの街に漂う空気が弛緩したままなのは考えられないもの。戦の前ってのはもっと重苦しくてピリピリしているものでしょう」
彼女には経験がないが、伯姪は何度となく法国との緊張が高まりすわ開戦かという緊張感を経験したことがあるのだろう。経験のない彼女においても、ルーンの街はそれなりに栄えており、まるで腐り落ちる前の果実のように熟した甘ったるいにおいが立ち込めている。
「少々腐りすぎなのよ、この街は」
「でもね、腐っている本人たちは、自分たちの腐臭に気が付かないの。意外と、自分の体臭ってわからないものだもの」
伯姪に言われ、彼女はスンスンと鼻を鳴らすのである。
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