第113話-2 彼女は姉の冒険につきあう
「姉さん、そろそろいいかしら」
「心の準備万端だよ。どんと行ってくるよ」
「隠蔽と身体強化、頭狙って思い切りですよー」
「うん、頑張ってくるね。バックアップお願いね!!」
巣となっている古い小屋の前に姉とその背後を伯姪がついて行く。魔力の数からすると、小屋の中に六匹、見えている範囲に三匹の合計九匹が存在する。上位種はいないようだ。
姉は散歩にでも行くように軽やかな足取りで小屋の前に進んでいく。小屋の入口にはボケッと突っ立っている二匹のゴブリン。その小屋の陰にはさらに一匹が何やら拾ってきた狼の死骸をいじっている。恐らくは毛皮を剥がそうとしているのだろう。
姉が勢いよく振りかぶり自分の胸の高さ程のあるゴブリンの頭をフルスイングすると、ゴブリンが勢いよく吹き飛んだ。
『お前の姉、えげつねぇな。可愛くないぞ』
「昔から容赦のない性格なのよ姉さんは」
いたずらもマジギレされるような派手な仕掛けをするのが姉のデフォルトなのだ。ゴブリン相手に「これが私の全力だ!!」とばかりにフルスイングするのは当然だ。
吹き飛ぶ相棒を見たもう一匹のゴブリンが奇声を発する。様子を見るように顔を上げる皮剥ぎ中のゴブリン。奇声を上げるゴブリンに、フルスイングのフレイルが命中し、最初のゴブリンとは反対方向に吹き飛ばされる。
『頭の形変わるくらいって……どんだけ力入れてるんだよ……』
「本当に容赦ないわね。フレイル大丈夫かしら……」
パニックになる狼の皮剥ぎ中のゴブリンの叫び声に反応したのか、小屋から何匹かのゴブリンが出てくるのだが、倒れたゴブリンの頭を踏み潰した姉がその出会い頭にフルスイングを連発する。
「いいよこれ、何かスカッとする。ストレス解消にいいね!!!」
ストレスフルなルーンの社交で心がささくれ立っていた姉が良い笑顔で呟く。そろそろ隠蔽も限界だろうか。
彼女は魔法袋からいくつかの油球の元となる獣油の入った革袋を取り出し、球を形成すると、ゴブリンの潜む小屋に向て投擲する。バシャっとばかりに小屋の屋根に油が掛かるのを見た姉は「ナイスタイミングー!!」と声をかけ、形成していた巨大な火球を小屋の中に叩き込んだ!
絶叫と悲鳴が聞え、火だるまになったゴブリンが入口から飛び出してくる。
「うーん、スイングすると飛んでっちゃってダメージが入らないんだよねー」
先ほどまで水平に振り回していたフレイルを、姉はスリークウォーターで振り下ろした。バギッと枯れ木をへし折るような音が聞え、姉の足元にゴブリンが崩れ落ちる。
「これもいまいちー。叩き込めばいいか、小屋の中に……」
次々飛び出してくるゴブリンを小屋に向けフルスイングで叩き込み返す姉。既に、最初の打撃で昏倒したゴブリンたちが、体を焼かれる痛みで意識を取り戻し、再び火達磨となって飛び出してくるのを今度は地面に叩きつけるように打ち倒していく。
「あなたのお姉さんって……」
「姉はもともとああいう性格なの。王都の社交界では猫どころか大虎を被っているのだけれど、腕力ではなく頭脳戦で勝ちたいみたいなの。でも、基本は……」
「あなた以上の負けず嫌いで、容赦のない性格ね」
伯姪の物言いに、彼女は「容赦ないのは姉さんだけよ」と思うのである。
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無事全てのゴブリンを撲殺した姉が、満足そうに燃え上がる小屋を前に手を腰に添えて胸を張っている。砂浜でお城でも作り上げたかのようなドヤ顔である。
「姉さん……」
「あ、どう? お姉ちゃんのこと見直したでしょ!」
「いいえ、性格の悪さを再確認しただけよ。それで、その燃えている小屋なのだけれど、あともう少し燃えたら、延焼しないように魔法で水を生成して、消火してほしいのだけれど」
「OK!! 火だけじゃなく、水だってじゃんじゃん出せるってみせてあげるよ」
血まみれ肉片の付着したフレイルをクルクルとまわしながら姉が上機嫌で返事をする。あらかた仕事が終わったと察した野伏に女僧、そして、学院の生徒たちが燃え上がる小屋の周りに集まってくる。
「お、凄く燃え上がってるな」
「ええ、獣油をまいたようですね……臭いますから」
獣油は煙が独特の臭さを持っているので、屋内の照明用には使えない。燃やす分には何でもいいのだが。
「おー すごく燃えてるー」
「院長より派手……派手好きな姉だから……」
「……凄い勢いでゴブリンが潰れています……身体強化してるのでしょうけど」
「明らかにやりすぎだよね。まあ、あの貴族どもの相手しているのだから、気持ちは理解できるけど」
赤毛娘、赤目銀髪、黒目黒髪、そして最近侍女としてつき従っている赤目蒼髪、ルーンの貴族どもに対する姉のストレスが相当なのだと認識している彼女が納得する殲滅。
しばらく燃やした後、姉がこれでもかと調子に乗って大きな水球を形成……案の定、コントのように姉は水浸しになってた……大丈夫か子爵家。
「逃げて正解だったでしょ?」
「先生の結界で助かりました!」
「あなたのお姉さん、どこか抜けてるわね」
姉は自分自身に結界を形成するのを忘れていたか、規模を追求すると同時複数制御ができないかのどちらかなのだろう。水も滴る良い女となって帰ってきた姉の顔には一切の不満がなかった。
「いやー 最後の最後でドジっちゃったね。まあいいや」
姉は服の水を「風」で吹き飛ばし、更に温風で乾かし始めた。魔力の無駄遣いなのだが、姉にとっては些細なことなのだろう。
「ねえねえ、どうだった私の討伐は」
「そうね、八点くらいかしら」
「十点満点で?」
「百点満点でよ」
「……え……」
姉なら、結界を形成して内部に火球を投入し、小屋から出れないようにした上で焼き殺すくらい簡単にできたはずなのだ。最初から最後まで、魔術で小屋のゴブリンを討伐することができたと思われる。
「外の見張りをフレイルで倒すのは仕方がないとして、わざわざゴブリンを全て叩き殺す手間は不要ね」
「うーん。でもほら、お姉ちゃんはじめての冒険だから、テンション上がっちゃって……てへっ♡」
どうやら、姉の中ではゴブリンを見ているうちに、ルーンの貴族どもの顔が思い浮かんでしまい、思わず叩き殺したくなってきたのだという。
「……そうね。弱い者いじめが得意で、不潔で卑怯。ゴブリンとルーンの奴らは似てるんだよね。ほんと、ゴブリンみたいに殴って終わらせられればいいんだけど」
「ストレス溜まるのは判るけれど、証拠の積み上げ中なのでしょ? 少しの辛抱じゃない」
姉は様々な貴族の家にお呼ばれして情報収集をするとともに、連合王国との内通を示す書類関係を「隠蔽」を施した侍女に扮する二人に回収させている最中なのだ。
「あいつら、今まで自分たちの天下だったからって、隠すつもり全然ないから笑っちゃうくらい証拠が簡単に手に入るんだよ。ね、みんな」
王都で事前にレンヌやヌーベで回収した書類を見せて証拠の品になる契約書や伝票を勉強させておいた効果が表れているのだという。魔術師育成のメンバー、特に女性は侍女・商会頭になれるように教育を施しているため、黒目黒髪と赤毛蒼髪は特にその能力に秀でている。
――― 黒目黒髪は以前の彼女に、赤目蒼髪は姉によく似ている。
「私たち頑張りましたからね」
「そうだけど、まだまだいろんな奴らの証拠を集めて、一網打尽にしなきゃだからね。頑張ろうね!」
「う、うん。もちろんだよ」
侍女を二人で組んで活動している間に、二人は今まで以上に親密になってきているようだ。何はともあれ、二人にとっても学院にとっても良い傾向なのだろう。遠征した甲斐があったかと彼女は思うのだ。姉に染まらなければ良いのだろうけれどと心配しつつも。
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