第109話-2 彼女と姉はルーンの外で考える
翌朝、姉の所へ二人をさし向けると、赤毛娘と赤目銀髪には素材採取の依頼を受けるように指示を出す。商会経由でルーン出張組の騎士団に卸す傷薬・ポーションの補充を行わせたいためだ。
「えー でも、あたしも討伐行けますよ!!」
「馬に乗れないから無理……私も騎乗では上手く射れないから妥当な人選」
「ううう……もう少し大きくなったら乗馬も習います!!」
今回、彼女と伯姪、茶目栗毛と青目蒼髪の四人が馬でルーン周辺の村の討伐依頼を受けながら、騎士団の駐屯地の拠点を当たることになる。なにより、村も連合王国の影響下にあるかどうかも確認しなければならないし、影響のある村の傍に駐屯地を築くのも問題だろう。
「ゴブリンの調査依頼ね……これは緊急なのかしら?」
冒険者ギルドの依頼ボードの前で職員に声を掛ける若い女性冒険者。
「……いえ、その、何度か失敗しているので金貨一枚の依頼になっているんです」
「討伐するわけでもないのに?」
「え、ええ。場所が少々難しいところなので……」
職員は詳しい依頼の場所の説明を始める。この女性冒険者は十五歳にして既に薄赤等級の冒険者で、他にも薄黄等級の冒険者と濃黒等級の冒険者数人をメンバーとしているパーティのメンバーのようだ。
「お見掛けしない顔ですけど……」
「私たち、いつもは王都で活動しているの。今回はそこのご令嬢の護衛でここまで来ているという事なのよ」
「なるほど。その若さで薄赤等級とはずいぶん活躍されているようですね」
「ああ、特例で数えで昇格させてもらったから、もう二年は中級で活動しているんだけどね」
「それは素晴らしい評価ですね。今はパーティーを率いて?」
「そうそう、後輩が増えてね、その引率みたいなものなんだ」
「皆さん実力がありそうな若手って感じですね。平均すると薄黄でしょうか。黄色の依頼なので問題ないですね」
「じゃあ、これ受けるわね」
さて、このパーティーリーダーは……御存知、伯姪である。今回、明らかに彼女がリーダーとして引き受けると『妖精騎士が来た』とばれてしまうので、伯姪をリーダーとして依頼を受けているのである。
ちなみに、茶目栗毛・青目蒼髪が既に『薄黄』、赤毛娘は『濃白』なのは、今年冒険者登録したばかりであるからだ。赤目銀髪・黒目黒髪・赤目蒼髪が揃って『濃黒』等級である。彼女は既に男爵叙爵前に『薄青』となっているのは当然のことで、『濃青』に関してはいくつかの重要依頼を果たしてからの昇格となりそうなのである。
ちなみに、茶目栗毛は冒険者としては「シン」と呼ばれている。これは……暗殺者=アサシンから採ったものである。赤毛娘は「アンナ」と呼ばれている。青目蒼髪は「アンディ」、黒目黒髪は「ノワレ」赤目銀髪は「マルグリット」赤目蒼髪は「ヴィヌ」……令嬢としての『彼女』の仮の名は「アリア」である。
今回、彼女は王都でも行った男装で参加中である。妖精騎士がルーンに滞在しているという噂は既に広まっており、ギルドに姿を見せれば警戒されることが当然だからだ。彼女は小柄な少年としてなんら違和感のない装いをしている。なんら違和感がない……
馬に乗り、ルーンから徒歩で半日ほど離れた東の村へと向かう。冒険者不足と海岸近くには偽装兵がいるため内陸側の農村にゴブリンの小集団が現れ家畜を奪い、畑を荒らしたり村に入りこみ物を盗むという。
気が付けば追い払うのであるが、夜に忍び込むことが多く村人だけでは対処ができなくなりつつあるため、依頼を出すことになっていた。とはいえ、数か月は放置されている依頼なのだが。
ギルドの受付には四人で大丈夫かと聞かれたのだが、問題ないと答えると何か思わせぶりな笑顔で「お気を付けて」と返されたのが少々気になるところであった。
昼前に村に到着。依頼主である村長宅へと向かう。
「なんか陰気な村ね」
伯姪が独り言のように呟く。この時間、男衆は畑仕事で出かけているとはいえ、年寄りも子供も姿を見せないのは違和感を感じるのだ。人の気配はあるものの、生活感がないとでも言えばいいのだろうか。
「とにかく、注意しましょうか。あまり、まともな村ではないかもしれないわね」
「「はい……」」
男子院生二人が返事をする。茶目栗毛はあまり変わらないが、青目蒼髪は握る槍に力に力が籠ったように見える。村の規模は子爵家が代官をしていた村程度だが、簡素な柵を巡らせてある程度で、堀も見張り台もない村である。但し、入口の門番に気になることがあったのはあとで皆に伝えようと考えている。
村長宅は他の家とあまり変わらぬ大きさで、村長の家らしくない。この村には水車小屋も見られないし、鍛冶屋も存在しないようだ。領主が滞在する為の「マナーハウス」と呼ばれる公民館的な建物もない。宿屋も当然ない。小屋のような住居しかないのだ。
「ようこそ、冒険者ギルドから派遣していただいた冒険者の方ですかな」
「ルーンの冒険者ギルドから派遣されて参りましたメイといいます。この三人はパーティーのメンバーです。これが、ギルドからの紹介状です」
「拝見いたします」
ギルドの受付嬢からもらった村長への紹介状を渡すと、文面を確認し、さっそく依頼を熟すことになった。
「ゴブリンの巣の場所はお判りでしょうか」
「はい。村のものを案内でつけますので、その者が存じております」
「ゴブリンの数は?」
「二十匹ほどでしょうか。もしかすると、大型種か上位種がいるかもしれませんが、村には現れたことがありません。足跡からそう判断しています」
「魔狼は連れているか?」
「いえ、狼の群れは森に存在しますが、ゴブリンとはかかわりがないようです。家畜の被害がないわけではないですが、ゴブリンよりはずっと対処できるので、今回はゴブリン狩りをお願いしたいのです」
パーティーメンバーから次々と為される質問に、戸惑うことなく返事をする村長を見て、疑惑が半々ほどとなる。つまり、あまりにも慣れているのでスラスラと言葉が並ぶのか、真実を伝えているのかが今一つ判断できない。
彼女の頭の中には、これはあの盗賊に偽装した連合王国兵の駐屯地ではないかという疑問だ。生活臭が皆無な村で、子供も年寄りの姿も見えないような村が存在するわけがない。ギルドを出る前に、村についてもう少し詳しく調べるべきであったかと思うのだが、もしかすると、知らぬ間に住民が入れ替わっているだけなのかもしれない。
村長は使いのものを出すと、しばらくしてかなり体格のいい中年の男性がやってきた。村長曰く、村の自警団の団長を務めている者で、ゴブリンの討伐中に森の中で巣を見つけたのだという。村の男衆では討伐が難しいということで、村に近づくゴブリンを自警団が討伐し、巣の駆除は冒険者に任せたいという事なのであった。
「よろしく。では行こうか」
言葉少なに挨拶すると、先頭に立って村長宅を出て行く。村長に挨拶をして急いで後追う。
「なんか怪しいわね」
「……あなたも気が付いたのね」
「門番もそうだし、村長の家に飾ってあった武器も同じものだったわ」
彼女が違和感を感じた理由、そしてそれが確信に変わったわけは……
「なぜ、王国の農村でこんなにも『ビル』が揃っているのかしらね。それも、どう見ても同一規格のもので、手入れも十分じゃない」
『ビル』というのは連合王国で歩兵が装備する『矛』の名称。隠すつもりもないのかと彼女は思うのである。
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