第106話-2 彼女と『チーム・アリー』はクラーケンと対峙する

 二隻の漁船に乗り、彼女たち『チーム・アリー』は沖の岩礁に向かう。青い海のそこが黒々と見える一帯が岩礁なのだろうか。魚が水面に群れを成して撥ねているのはクラーケンに囲い込まれているからだろうか。クジラがイワシの群れ等を追いかけるとみられる現象だ。


 すると、跳ね上がる魚の群れのなかから、何本かの触手が伸びているのが見てとれる。


「あそこに寄せなさい」

「お、おう、ま、任せておけ!!」


 一瞬躊躇したものの、一本マストの小さな漁船が暗礁の黒々とした海をさらに黒々とさせている水面に向かい進んでいく。水面から伸びる触手の数が増え、やがてヌメヌメと光る灰色がかった胴体の一部が水面に顔を出す。


「ひ、ひいぃぃぃぃ……」


 悲鳴を無理やり押し殺す漁師、緊張が高まる学院生たち。


「結界展開、水面に移動開始」

「「「は、はい!!」」」


 今回、漁船を囮にクラーケンをおびき寄せ、船を沈めにかかるタイミングで結界を展開して触手の纏わりつきを阻止しつつ、『アコナ』の毒をできる限り叩き込むことで仕留めようという作戦なのだ。


 予想通り、クラーケンは彼女たちの漁船にしがみつき、乗っている人間を叩き落し捕食しようとする。彼女は身体強化を使い漁師を抱き寄せ、大きく暗礁の外側へと投げ飛ばす。ギルマスの船はそこに待機しているので、拾いあげてもらう。


 ギルマスの船に乗っていた槍組は、恐る恐るスケート初心者のように『水馬』を使い穏やかではあるが波のある海面をクラーケンに向けて前進する。


 船を沈めても餌が手に入らなかったクラーケンが逃げるのを避けるため、彼女が単身前進する。そして……


「先生!!」

「……危険。支援する……」


 しかし、彼女は正六面体の結界を形成、『水馬』・身体強化・そして剣への魔力付与と同時に九つの魔力を発生させ、クラーケンの触手に絡めとられながらもその攻撃を全く受けず、逆に触手に無数の切り傷を負わせている。引き寄せることも絡めとることもできず、傷だけが増えていく状況にクラーケンの肌の色が怒りで赤く変わっていく。


『はっ、茹で蛸だな!!』


 『魔剣』の軽口にあれはイカでもタコでもないのだけれどと内心反論しつつ、ようやく追いついた槍組二人の攻撃を確認する。


 二人は、結界の1面展開と『水馬』・身体強化・魔力付与の同時展開が一杯なので、近づきすぎて絡めとられないようにと声を掛ける。


 その間に、一本、また一本と赤目銀髪の矢が胴体に突き刺さっていく。触手の伸びる範囲外の中空に結界の床を築き、高い位置からのうち降ろしの射撃。魔力強者のみが選べる射点である。


 彼女に斬りつけられた場所からも毒は侵入しており、さらに、次々と胴体部分に毒矢が突き刺さることで、クラーケンは体の異常を感じているようだが、興奮した状態が攻撃をやめ逃走するという選択肢を拒否してしまう。防衛本能である危機に対する興奮がかえってあだとなっているのだが、魔物なので当然だろう。





 やがて十分も経つと、クラーケンの反応がほぼなくなり、何度かの深い刺突で完全に動きを止める事になる。


「このクラーケン、魔法袋に入るかしら?」


 彼女のもつ中サイズのものでは微妙だという『魔剣』の判断。結論として、二艘の船で縄をかけ牽引し引き上げることにした。船を風まかせにするというのも微妙なので……


「船の後尾について、『水馬』で船を押すのはどうかしら?」

「「「それは楽しそう!!」」」


 ということになりました。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 港はクラーケンを引き上げるということで、大盛り上がりとなっている。討伐ができたとしても、多数の船が破壊され、それと同時に犠牲者も出るのが当然の「天災」のような魔物なのだ。それでも、漁場を守るため生存競争として数十年に一度は起こる事件事故なのだが、今回は完全勝利なのだから、お祭り騒ぎになるのも当然だろう。


「あんたたち、ほんとに『妖精騎士』なんだね。ほら、幸せとか幸運とかもたらせてくれるってやつかい?」


 宿の女将が軽食と飲み物をサーブしながら浜に引き上げられる薄灰色の巨大なクラーケンを見ながら彼女たちを称賛する。称賛だよね?


「今回は『毒』を使ったので容易だったかもしれません」

「……毒……じゃあ、食べられないのかい?」


 女将は困惑気味に言葉にする。彼女は、傷口の周りを大きめに切り取り捨てることと、十分に熱を通せば毒は分解されるので問題ないことを告げる。


「はぁ、何だ心配しちまったよ。お宝がどぶに捨てられることにならずに済んでホッとしたね。でも、あたしが知ってる範囲では、こんなに大きなクラーケンを引き上げるのは初めてだね。大体、ちぎれた触手だけとか、後は打ち上げられた死体くらいしか見たことも聞いたこともないね」


 はっ、と彼女はまたやりすぎてしまったかと後悔するのである。この後、姉につき従いルーンの夜会で社交の手伝いをすることも考えると、その話でルーンの街も話題と食材を提供する形になるのだろう。


「まあ、あんたたちが本物の冒険者であるってわかって良かったよ。今日から出立まで、宿代と食事代は街が負担するから好きなだけ使っておくれ。それと、風呂を用意してあるから、これを食べ終わったら体を洗って着替えておくれ。夜はお祝いの会があるからね。主賓のアンタラは絶対参加だよ!!」


 がははと笑いながら、女将は宿へと戻っていった。





 その晩は、漁師ギルドのギルマス主催の『妖精騎士感謝祭』が宿の酒場で大々的にとりおこなわれたのである。店頭では入りきれないもしくは、ギルドのメンバーである漁師の妻子にとれたてクラーケンの串焼きが振舞われ、ワイワイと楽し気に人が集まっている。夏至祭りのような雰囲気だ。


 中では、主賓を囲んで……といってもほとんど未成年の冒険者なので、果実酒での献杯となっているのは配慮だろうか。


『酒か、たまには飲んでみてぇな』

「……錆びるわよ……」


 『魔剣』も魔物らしい魔物を久しぶりに討伐したので、テンションが高めなのは仕方ないだろう。とはいえ、少女と呼ばれて何らおかしくない娘の三人を、おっさんが囲んでいるのもとても見苦しい風景ではある。漁師のおじさん達に罪はないのだが、絵面が罪なのである。


「はあぁ。クラーケンが食べちまって取れなくなった魚の分、一気に取り返せたって大喜びするのは構わないけど、この子たちは疲れてるんだから、ひと騒ぎしたら解散しなよ!!」

「「「「お、おう……」」」」


 どうやら、宿の酒場での飲み会はそれなりの時間で終了し、あとはそれぞれの家に分かれての宴会が続きそうなのだという。女将も料理を作り続けるのがしんどそうだと彼女は思ったりするのであった。


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