第106話-1 彼女と『チーム・アリー』はクラーケンと対峙する
一度、部屋に案内してもらい旅装を解く。その間に、女将は依頼人へと連絡をつけ、依頼人が到着したら呼び出してもらうことにした。もう夕食でもおかしくない時間となっていたので、依頼人が来る前に夕食を済ませてしまおうと四人は一階の食堂兼酒場に移動した。
酒場では連合王国の兵士が盗賊の振りをして荷馬車を襲っていたこと、運送ギルドの御者が手引きしていたことなどがHOTな話題となっていた。
『まあ、この漁港の船主の中にも共犯がいるんだがな』
「それは今回は難しいでしょうね。既に証拠が運び出されてしまっているようですもの」
四人は定食らしきものを頼み、勿論ノンアルコールの飲み物を頼む。女子三人でそれほど量を食べないので、食べ始める前に青目蒼髪にお裾分けをする。
「もっととってもいいわよ」
「いや、大丈夫です」
「残すと勿体ないじゃない?」
「先生が残された分は、俺が責任もって食べますから」
なんだか女子二人からジト目で見られている。『猫』が食べるから、食後の残は特に気にしていないのだが、食べたいのならそれでもかまわない。
「ドン引き……」
「……院長先生の唾液摂取……いかがわしい……」
「ば、ばっか、そんなつもりじゃねえよ!!」
彼女は当然切り分けて食べるので、皿の上の料理には唾液など付かないし、食べかけを勧めるつもりもないので、単に二人にからかわれているのだろう。
「なんか、今回の依頼でウキウキしすぎだよね」
「……気持ち悪い……」
「いや、それは一人前って認めて貰えたっつうの? やれてたし俺ら」
「そうね、躊躇せず、無心に仕留めていたと思うわ。初めてとは思えないほど落ち着いていたわね」
「ゴブリンにしか見えませんでしたし」
「「そうだね!!」」
三人とも、連合王国の偽装兵はゴブリンにしか見えなかったという。行為自体がゴブリン寄りであるのはその通りだと彼女も考える。
そうしていると、どうやら依頼主が現れたようで、女将が四人の席に一人の男性を連れて現れた。
「……は、初めまして、だ、男しゃ『アリーとお呼びください』……あ、アリー様!!」
いや、一冒険者に様付けはないだろう。明らかに周りからの視線を感じるので、席を進め話を聞くようにする。
「この町の漁師ギルドのギルド長を務めております……」
赤銅色の肌に薄くなった髪を短く刈り上げた「海の男」といった風体の初老の男性である。真面目そうであり、実際、真面目に職務に取り組んでいるのだろう。
「クラーケンが現れたのは何時頃ですか」
「半月ほど前でしょうか……」
それは大変な豊漁となったのだという。
「小魚がたくさん網にかかるようになりまして、加工したりルーンに送ったりそれは大変な盛況だったのです。ですが、沖に現れた馬小屋ほどもある大きなクラーケンに何隻かの船がやられてしまい、今では船を出すことができないほどです」
「陸には上がってこない?」
興味津々とばかりに赤目銀髪が話に加わる。
「魚を追っていてついでに船にちょっかいをだしたようで、港には近づくこともない。魚の集まる沖の漁場に潜んでいるのだと思うがな」
どうやら、暗礁が沖にあるそうで、そこが魚の群れる良い漁場なのだという。この街は小さな川の河口があり、川に流れ込む生き物の死骸や土砂に含まれる栄養素に魚が集まるのだという。
「魚が集まるからクラーケンも離れないという事でしょうか」
「は、はい。儂ら、仕事にならんのです」
クラーケンがやってきたのは歴史的には記録があるのだが、その時はルーンや他の街に出稼ぎに行って難を逃れたという。それに……
「あ、あのころはここは連合王国の領地だったので街が襲われる心配もなかったのでしょうが、いまは、盗賊も頻繁に表れるので出稼ぎは厳しいのです」
完全に王国の領地となって百年ほど。その前は連合王国の支配下にあったのであり、海から離れることができたのだろう。
「では、二隻に別れて討伐します。船が転覆するかもしれませんので、討伐が終わるまで自力で浮いていられる方に案内をお願いしておきたいのですが」
「そりゃ、儂らはなんも心配ねぇですけど、アリー様たちが……」
ギルマスの言葉を遮るように彼女は大丈夫と伝える。訳を聞こうとしたがそれは伝えられないと断ったのである。
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翌朝、日の出前に船に乗り沖の暗礁に向かう。魚の活動時間に合わせて目的地に移動する。既に四人は『水馬』を装備している。彼女と青目蒼髪、赤目の二人でそれぞれバディを組む。
「クラーケン相手に弓とか槍で戦えるのか?」
ギルマスが連れてきたもう一つの船の漁師が彼女に聞いてくる。
「海の上に出てくれていれば何とでもなります。潜られたら負けなので、船を襲わせることが必要なんです」
「……で、あんたらは水の上を走るとでも……『その通りです』……なっ、冗談いうな! おぼれても助けねぇからな。しがみついてきたら承知しねえぞ!!」
依頼人にしがみつく冒険者というのはダメだろうと彼女は思うのである。青目蒼髪は「先生に無礼だろ」とブツブツ言っているのだが、知らない人からしたら、自分の評価はそんなものなのだと宥める側に回る。
「クラーケンを討伐することで私たちの実績が喧伝されるでしょ? それでいいのよ」
「先生! また、お芝居の演目が増えてしまうだけでは?」
そうなのだ。最近は完全創作も増えているのだが、受けるのは実話に基づいた演目なのだ。今回のクラーケン討伐など、大道具さん大活躍の演目になるだろう。
さて、クラーケン狩りには奥の手がある。
「これ、毒の塗り薬ですか」
「素手で触らないでね。体に入れば自分が麻痺するから」
以前から考えていた『アコナ』の毒の使い方。傷薬を軟膏化するために蜜蝋を使用するのだが、それを『アコナ』の毒に用いて半固形にしたのだ。
「これを槍や矢の先に塗っておいて、刺突すると流石のクラーケンも動きが鈍るでしょう。そこで一気に止めを刺そうと思うの」
「……いけそう。あれは危険な毒だけど、効果はとてもあるはず」
「でも、肉が食べられなくなるけど……問題ないのかな」
傷の周りを破棄して、後は十分加熱することで毒性はほぼなくなる。生食さえしなければ問題ないだろう。
「……毒矢で必殺……」
「役割は槍で注意を引き付ける前衛の二人、その間にできる限り毒矢をクラーケンに叩き込んでちょうだい」
「先生は?」
「囮になるわ、任せておきなさい」
彼女は思わせぶりに笑うのである。
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