第105話-2 彼女は護衛の依頼を受けベルモントに向かう

 昼前にアベルに到着。ルーンで乗せていた日用品やし好品を降ろし、船で運ばれてきた荷物を積載する。全部の荷馬車の荷物を降ろすのではなく、この先のベルモントや郊外の村にも荷を下ろすので半分といったところであろうか。


『あー ワインとかだな。それと織物関係か』


 ワインの樽に木箱に入った毛織物がかなりの数。そして絹製品にレース織であろうか。この後、ルーンから王都に運ばれ、商会からクチュリエの手に渡り王都の夜会で貴族の御婦人方が身に着ける時には仕入れの数倍の価格になっているのだろう。


『魔装布も高額で売れそうだけどな』

「駄目に決まってるでしょ。身の安全にかかわるじゃない」

『それもそうか』


 荷物の積み下ろしを見ながらしばしの昼食を交代でとる。


「あー 緊張したけど何もなかったね!」

「……これからが本番。今までのは安物、今載せているのが宝物。この先が危険なのは明らか」


 赤目銀髪が窘める。もしかして、狩人のお父さんは兼業だったのかもしれない。海賊も山賊も商品の仕入れ方は同じだろう。


 昼過ぎに出発し今晩の宿泊先であり、第二の依頼であるクラーケン討伐があるのはベルモントの漁村である。漁村というほど小さくはないのだが、少し大きめの街といった規模なのだそうで、防衛の設備も存在するようだ。


 海沿いの街道はアベルほど交通量もなく、幅も狭く見通しが悪い。見通しの悪い勾配のある坂を上ると、そこにはいつか見たことのある『荷車』が道を塞ぐように止めてあった。


「全員警戒」

「「「はい!!」」」


 魔力の反応はないので、恐らくは山賊かそれに扮した連合王国の兵士だろう。背後に四人、前方に四人、そして、側面に四人の分隊規模であろうか。


『汚しているが良い装備だ』


 普通、山賊というのは身に着けている鎧がボロボロで性能を維持できるレベルのコンディションでなかったりする場合が多い。あくまでも「山賊だよー」とアピールする為の装備なのだ。


 ところが、この山賊は金具などしっかり整備されており、傷んでいる様子が無いことから、偽装兵である可能性がとても高い。


『金属の部分は油を塗布して磨かないと、すぐに錆びますから。どう考えても、まともな山賊とは言えません』


 『猫』の示すまともな山賊とは何かに疑問の余地はあるものの、それはその通りであろうと彼女も理解を示す。


 弓を構えている者がそれぞれ一人、そして、槍持ちが二人にリーダー一人の四人組が三セット。とても山賊の編成ではない。


「大人しく荷を渡せば命だけは助けてやる!! 命だけはな!!」


 つまり、殺さないだけで奴隷にでもするつもりなのだろう。御者たちは平然としているが商人は顔面蒼白である。仕方がないので彼女が答える。


「そんなにおめかししてどこに行くつもりなのかしら、出稼ぎも大変ね。首だけでも祖国に帰してあげたいのだけれど、申し訳ないけれどもそれは無理そうね。御存知かしら、正々堂々の戦いでない場合、降伏しても捕虜にはならないのよ」


 思わぬ返答にざわつく山賊たち。少女にそんな反論をするとは思われなかったのだろう。


「威勢のいい娘だな。お前さんたちは顔が悪くないから、高く売れそうだ。お前ら、殺すなよ。味見は……してもいいぞ!」

「「「「おー!!」」」


 味見って何? と赤目銀髪は口にするが、さっさとその指揮官らしき男の右目に一矢を、二の矢を左目に射込む。があっと断末魔の叫びをあげ後ろ向きに倒れ込む男に躊躇したものの、他の男たちは弓を射かけ槍を構えて突進してくる。


「お願い」

『承知しました』


 後方の四人に油球を投擲し火だるまにしつつ側面から前方に向かい『猫』が前進してくる槍持ちの脛を次々に切り裂いていく。


「な、ガアァ!!」

「い、いってえ!!」


 倒れる槍兵に向かい、青目蒼髪と赤目蒼髪が槍を構え進み出ると頭に向け魔力を注ぎ込んだ穂先を二度三度と突き刺す。赤目銀髪に一歩遅れた反応であったが、まずまずの動きだ。


 その間に、後方の火だるまに止めを刺すと、側面の弓兵に指揮官らしき剣を構えた兵士を一刀両断する。その時点で、前方の槍兵二人は蒼髪ペアに殺されており、生き残りの弓兵が手を挙げている。


「先生! 殺りますか!!」


 赤目銀髪が叫びながら弓を構えている。彼女は一気に両手をあげている兵士に近づくと、脛を斬りつける。


「があぁぁ!! こうさんしてるじゃねえか」

「馬鹿ね、降伏する権限は指揮官にしかないのよ。その権限がある人間は三人とも死んでいるわ。つまり、合法的な降伏なんてあなたはもうできないの。おわかりかしら?」


 山賊に扮した兵士を殺すのに何ら問題がないことを告げる。その上で、彼女は交渉を開始する。


「あなた、この中に裏切り者がいると証言できるのなら、命はとらないであげるわ。どうするか考えなさい」


 兵士は数秒考えると謳い始めた。


「ぎょ、御者が俺たちとグルなんだ!! そ、そいつら連合王国から金貰って、馬車を襲わせる情報を流してるんだ」

「そう。それで、盗んだ商品や襲って捕まえた冒険者は連合王国に送ると

いうことね。どこから?」


 商業港のアベルには騎士団の分遣隊が駐屯しているので警備がそれなりに厳重だ。おそらくは……


「べ、ベルモントに協力者の漁師がいる。そいつが、別の港まで送ってそこから移動するんだ」


 どうやら、定期的にまとめて集荷するようで、今回は出荷後初仕事なので、捉えた冒険者や荷物は既にないのだという。


「う、嘘だ!! 俺たちは関係ねぇ!!」

「そいつが命欲しさに嘘ついてるんだ!!」


 御者が口々に喚き始めるので、目配せすると学院生三人が顔に水の球を当てて強制的に黙らせる。商人はおろおろがくがくしている。


「よろしいでしょうか」

「……あ、ああ、なんでしょう」

「兵士が嘘をついて御者を巻き込む理由はありますでしょうか?」

「……ございません」

「ですので、この場合、御者が黒でしょう。それで一先ず捕縛して、ベルモントに移送します。馬車は皆扱えますのでお任せください」

「あ、ああそうしていただけますか」


 御者を縛り猿轡をはめ馬車へとつなぐ。勿論、兵士もである。死体? 指揮官らしき男の死体を除き、すべて焼却する。なんだか、兵士が喚いているが騙して人を殺したり攫ったり奪っている時点で天の王国はお呼びではない。


「戦場で疫病対策に死体を燃やすのはある事でしょうに」


 幸い、油球の掛かった死体が四つあったので簡単に燃えるのだった。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 少々遅れたものの、夕刻前にはベルモントの街に到着。町の代官屋敷にある牢に、兵士と御者を放り込み、駐在する騎士に彼らを「連合王国の密偵」として引き渡す。恐らく、王都に連れていかれるか、王都の騎士団の隊長クラスが尋問に来ることになるだろう。


 兵士は大声で唸っていたのだが、彼女は殺さないと言っただけであって助けるとは一言も言っていない。拷問……尋問を受けた後、王都で公開処刑となるだろう。御者も同様だ。


「さて、どうしますか。我々はここでクラーケン討伐をしてからルーンに戻りますから。護衛を継続するならお時間いただきますけれども」

「ああ、代わりの御者の手配をしつつ、街で行商をしますので問題ございません。なにかあれば、商業ギルドの出張所にご伝言ください」


 行商人の中には商業ギルドの出張所の一部を借り、1週間程度商売をする者もいるのだそうで、今回、護衛を依頼した商人はルーンに連絡を取りつつ、出張所の宿泊スペースに泊り店を開くつもりであるという。


「日数的には伸びてしまいますが、御者の手配がかかるので仕方ありません」


 出張所からギルドに指定された宿屋兼酒場に移動する。ベルモントにはこの一軒しか宿屋はなく、またギルドの出張所を兼ねているのだという。宿屋に四人が入ると、女将さんらしき恰幅の良い初老の女性が声を掛けてくる。


「冒険者かい? 泊りなら四人部屋で一人銀貨四枚、食事つきなら五枚だよ」

「ルーンのギルドから依頼されて来ました。クラーケン退治の依頼を受けています」

「……お前さんたちが? クラーケンって店の前の馬小屋くらい大きいんだよ」


 10m四方ほど簡易な馬小屋を指さし女将がそう言う。確かに、彼女たちは明らかに子供なのだ……大人ならいいかというとそういう事でもないのだが。


「あの、『妖精騎士』がたった二人で連合王国の船を乗っ取った話って聞いたことありますか?」


 赤目蒼髪が女将に話しかける。女将が「お芝居の話だろ?」と答える。確かに、本人が戦っているところを目にしなければ、少女二人で船を制圧することができるなんて思わないだろう。


「えーと、ほとんどそのままの事実で、海の上を歩くこともできます。それも、女の子背負ってですね」

「ははは、冗談よしておくれ。人間が海の上を歩くなんて、御神子様でもあるまいし」

「……事実。目の前に本人がいるから、聞けばいい……」


 赤目銀髪が話を継ぎ、彼女が冒険者証を提示する。


「王都の冒険者ギルドから来ましたアリーです。『薄青』の冒険者をしています。クラーケンはどのあたりにいるのでしょうか。この後、早速依頼人と面談して打ち合わせをしたいのですか」


 女将はギルド受付も代行しており、アリーの人形のような顔と初めてみる『薄青』のプレートを何度も繰り返し見ているのであった。

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