第96話-2 彼女はレヴナントの人攫いと対峙する

 その部屋は、二つの部屋の間に作られた1mほどの壁と壁に挟まれた空間であり、隠し部屋であった。木箱や棚に様々な書類が綴じられて保管されている。


『いろいろありそうだな』

「片端から魔法袋に入れてしまいましょうか」


 レヴナント男略してレヴオが静かなのは、口に布を噛ませているからだ。手足をもがれても何ら問題ないのは死体を使ったゴーレムだからだろうか。


『しっかし、随分とたくさん契約書みたいなものがあるな。あとは……』

「会頭の机の中身もみないただいていきましょうか」

『わからなくなると困るから、この箱にまとめるか。何だか強盗みたいだな』

「強盗? 強制捜査よ、許可はないから無許可強制調査になるのかしら」


 身体強化した上で魔法袋にどんどん中身を放り込み、最終的にはレヴオをどうするかだけになる。


『燃やす……とか?』

『咥えて参りましょうか主』

 

『猫』の提案が無難だと判断し、彼女は商会を後にする。大きくなった『猫』に少々驚く伯姪だが、半妖精であることは伝えてあるので、大きく騒ぐことはない。


「証拠は見つかった?」

「ある書類全部持ってきたわ。商会の会頭の部屋とその隠し部屋の書類を全部持ち出したの。あとは、騎士団に調査はお任せすることにするわ」

「相変わらず、大雑把だね。でも、選ぶ時間もないから、それでいいか。で、その咥えられてるのは例のアンデッド?」


 虎髭の中年の男の胴体と頭(かなりズタズタ)を横目に、伯姪がきく。


「殺すのは簡単なのだけれど、反省と後悔が不足しているのその男」

「まあ、こういうのはそうだよね。死んでも馬鹿は治らないからね」


 ウーウー煩いので、『猫』が地面にたたきつけ踏みつける。とはいえ、痛みは余り感じない存在なので顔が地面を向いているというだけではある。


「どうしようかしら」

「『伯爵』に返したら? それと、聞き出せることは何でも聞き出したいじゃない」

「レヴナントの子たちの憂さ晴らしになるなら、サンドバックにするのもいいかとは思っているのよ」

「学院の生徒の稽古用にどうかな。鎧を着せて木人代わりにさ」

「……いいわね。悪人の顔になれる必要もあるのだから。容赦なく叩きのめす練習になるわね」

「叫んだりするしね。いいと思うわ。死人だから殺人にはならないからね」


 度胸を付けるために死人を使った試し斬りをしたりすることもある。ゴブリンや猪は散々殺しているが、人間に類するものは経験がない者が大半だ。しばらく魔力を与えて、学院の備品として活用するののありだろう。


「あなたは子爵邸にそれを持って帰ってちょうだい。『猫』に運ばせるわ」

「あなたはどうするの?」

「先に騎士団本部に証拠を提出して、馬を借りる相談だけ済ませておきたいの。明日には気が付かれるから、奴隷用の人を倉庫から移動させるのは明日の晩でしょう? 明日ある程度、決着をつけたいのよ」

「……わかったわ」


 彼女と伯姪は別れ、彼女は騎士団本部へと向かう。


 騎士団本部は不夜城であり、夜番の騎士たちも詰めている。正門に詰めている騎士は、彼女と面識がある者であった。


「こんばんはアリー。急ぎの用事みたいだね」

「騎士団から冒険者ギルド経由で受けていた通り魔の件、証拠の書類を回収してまいりました。どこか、その書類を並べる会議室のような場所をお願いしたいのですが」

「……わかった。小隊長を呼んでくるのでちょっと待っててもらえるか」


 数分ほど正門前の詰め所で待機していると、レンヌに同行した際の護衛隊の小隊長と、隊長が姿を現した。


「早速、証拠を押さえたか」

「レンヌと同じ手口ですが、今回は王都外の村に攫った人を置いているようです。活動拠点の商会に侵入し、実行犯の一味のレヴナントを捕縛、隠し部屋にあった人身売買の取引書類と思わしきもの一式を回収しております」

「そうか。内偵を進めていたが……魔力でレヴナントを追跡できる分、お前には負けたってことだな」

「そのようです」

「では、大き目の会議室に案内する。騎士団長には先触れを俺から出しておく。これからの予定はどうするんだ」


 一旦、明日の日中リリアルに戻り、明日の夜、人攫いの倉庫のある村を強襲する予定であることを告げる。


「騎士団で人を出す必要はあるか?」

「朝に、馬車と治療士と護送する為の騎士の小隊を派遣していただけますでしょうか。村の責任者、組織の人間、助け出した人を王都に運ぶ必要がありますので」

「ああ、では、侵入自体は依頼の範疇で受けるわけだな」

「そのつもりです。一応、事件を起こしていたであろう犯人であるレヴナントは無力化しているのですが、少々話せる状態ではないので、こちらである程度回復させてからお渡しするつもりです」

「いや、騎士団ではアンデッドは扱えないし、魔術師も門外漢だから、そちらでいいように情報を聞き出してくれる方が良いな」

「承知しました」


 会議室への案内の道すがら、簡単に話を進めておく。会議室は五十人は座れそうな広さの場所であり、実際、それだけのテーブルと椅子が食堂のように並んでいる。


「ここでいいか」

「では、机の上に順に並べていきますので、手分けして内容を確認していただけますでしょうか」

「おい、夜番で仮眠中の騎士を全員起こしてくれ。それと、筆記具だ。内容を仕分けしながら、大事なものは付箋を付けていくぞ」

「「「はい!!」」


 隊長の命令一下、数人の騎士がその場を離れていく。彼女は次から次へと書類の入った木箱を並べていく。その数は約二十といったところだ。


「この箱は会頭の机の引き出しの中身全てです」

「……お前がいると、がさ入れらくでいいな……」

「冒険者ギルドに依頼をいただければ、応援を出しますのでよろしくお願いします」


 魔法袋を持っている騎士が少ないのは、容量的に大きなものを扱えるほど、魔力を持っていないからでもある。近衛や魔導騎士には身体強化以上の魔力を使えるものがいて、魔法袋はある程度使われているのだが、騎士団の場合、必要な時は王宮魔術師に頼んでいるのだという。


「それでも、この数分の一だな。一人でこれだけというのはあまりいない」


 魔力量だけなら癖毛や黒目黒髪も大きいので、そういう場所に連れて行くのもありだろうし、大型の魔法袋を学院で用意することも検討していいだろう。


「では、この時間では明日の朝になるでしょうが、東の村への騎士団派遣の件お願いします」

「間違いなく。俺が指揮するから、安心してくれ」

「……ありがとうございます」


 真夜中過ぎでも元気のよい元護衛隊長……騎士団って大変だと彼女は思いつつ、子爵家への帰路を急ぐのであった。





『さて、明日も夜更かしだな』

「実質今日ね。少し遅く起きて、午後に移動して準備して明るい間に、東の村まで移動して周囲を確認しておきたいわね」


 数時間は寝ないと、二日徹夜になりかねないので朝寝をしようと考える。明日は馬車でリリアルに戻り、茶目栗毛と伯姪の三人で再び、夕方暗くなる前に、目的の場所まで移動しなければならないだろう。


『夜逃げの準備で大わらわだろうぜ』

「いえ、村にいるのは使い捨ての下っ端でしょうから、実際は商会にいる幹部を捕捉してくれるかどうかの方が心配ね」

『さっきの話で、密偵は屋敷に張り付くだろうし、拠点さえ潰せばしばらくは人攫いもできねぇだろうから……一息つけるだろうさ』


 王国の敵と通じている王都の民は、果たして彼女が守るべき対象なのかどうかということを少々考えたりすることはない。


「明日は、村の責任者以外捕虜はとらなくていいわよね」

『ヌーベの山賊が村に潜んでいると思えばいいんじゃねえの。撫で斬りで問題ないだろうさ。村人含めてな』

「……そこは騎士団の判断に委ねましょう。皆が密告し合うでしょうけど……仕方ないわね」


 村人がまるっと入れ替わるかもしれないと彼女は考えるのであった。




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