第95話-2 彼女は男装し王都を調査する
翌日、『猫』が昼前に戻ってきた。レヴナントを一晩中追跡し、最終的に朝、出勤するまで跡をつけたという。
『レヴナントの所属する運送業者を特定しました』
「その業者をニース商会経由で調査してもらいましょうか」
「ええ、取引先の選定という事で事業所の場所や馬車の台数……所属する人数や主な取引先なども調べてもらいましょう」
そこから、芋づる式で確保できればいいのだが、そうはいかないだろう。『猫』は報告を終えると運送業者へと戻っていき、彼女と伯姪はニース商会へと向かう。
既に、事態を理解している会頭である辺境伯令息は、二人を迎え入れ、運送業者についての情報を話し始めた。
「怪しい業者ではあったんだ。事業規模が大きい割に、実際の取引先があまりに少ないんだよ」
「つまり、本業以外で儲けているとしか思えないんでしょうか」
「そう、その通り。明らかに物を動かしていないのにそれなりに運営できているとか明らかにおかしいもんね」
それはそうだろう。人を攫って定期的に王都を経由して船で運ぶためのダミーの業者なのだから。本来は、正規の業者の中でそういった仕事をさせるメンバーを加えれば問題なかったのだろうが、協力者を得ることができなかった結果なのだろう。
「こういうのって、騎士団は把握していないのかしら」
「事件性のあることは起こしていないからね。ギルドに所属していて会員として払うものを払っていれば、騎士団としても簡単には手出しができない。そういう意味で、王都や王国でなく、ギルドが運送業者を管理しているというのは、問題かもしれない」
戦争で物資を運ぶ際も運送業者のギルドが間に入り、王国と業者の仕事を仲介するのだが、戦争の遂行にそぐわないことも多いのだという。
「徴用できないからね。伏してお願いするしかないみたいなんだよね」
職業別のギルドというのはそういうものなのだろう。王都であったとしても、必ずしも王国に協力することをよしとするものばかりではないのだ。
「少しその業者に関してはこちらでもそれらしき存在を確認する。王都内では攫った人間を隠しておくのも難しいだろうしね。馬車の行く先をそれぞれ確認して、王都外の拠点も探してみるよ」
「お願いします」
ニース商会の調査の時間が必要であり、今日の段階で何か即できるとも思えない。二人は運送業者のある場所を確認しに行き、子爵家に戻ることにした。
その運送業者は山手地区の東門に近い場所に居を構えている中々に大きな規模の運送業者であった。
「随分と儲かっているのね。馬車も多いし」
「でも、取引先がそれほどないって、明らかに怪しいじゃない?」
「少ない取引先でも大口という場合もあるから一概には言えないわね。それでも、この時間に沢山の馬車が仕事を持て余しているのは解せないわ。たまたまなのだとすれば、営業努力不足でしょうね」
馬車を置いておくだけでも、馬の餌代は発生するのだ。人もおらず馬車だけが商会に置かれているのは周りの運送業者が忙しげに荷下ろしや馬車の運行を行っていることと酷く対照的であった。
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数日後、令息が子爵家を訪れた。理由は、婚約者への訪問という事になっているが、実際はあの運送業者の調査が終了したことの報告にである。子爵も帰宅しており、彼女と伯姪、子爵と令息で話を進めている。
「怪しい倉庫を王都近郊の村で見つけた。恐らく、村も関わっていると思うよ」
何もない場所に建物を建てるわけにもいかず、恐らくは村の幹部を買収でもして、名目上は倉庫として建てさせた奴隷置き場が存在するのだろう。
「内偵してもらえるだろうか」
「もちろん行きます。場所は、王都の東でしょうか」
「そうだね。馬なら半日と掛からないと思うよ」
「でも、馬で行けば、相手に見つかるな」
子爵が言う通りだろう。ならば、走っていくしかない……かもしれない。
「乗合馬車は出ていないのでしょうか」
「ない。商人の馬車に乗せてもらうのも難しいだろう。そこに住む人間以外立ち寄ること自体ない村だからね」
ここは、走っていくしかないだろう。
「私も付き合うわよ。それと、あの子を呼びましょうか」
伯姪の言うのはおそらく茶目栗毛のことだろう。
「一度学院に戻って準備しましょうか。あなたもドレスで行くわけにはいかないでしょう?」
リリアルに戻り、騎士団に相談することもありかもしれない。巡回のついでに馬に乗せてもらうのである。
「……いいんじゃない? 騎士団に相談しましょう」
「そうと決まれば、明日の午前中に騎士団本部に相談して学院に戻りましょう」
「多分、巡回の馬に乗せてくれるんじゃない?」
「それなら、早く帰れそうね」
騎士団の巡回する騎士の後ろに乗せてもらうのは何度かある。そして、潜入してどこまでやるかである。
「証拠と証人を確保して、運送業者全体への立ち入り調査を行えるようにするということろが既定路線かしら」
証拠の隠滅をさせないためには……業者の事務所に潜入する必要があるだろう。手順としては、業者への潜入と証拠の確保、奴隷倉庫の救出、最後に奴隷売買ルートに関わる人間の捕縛ということになるだろう。
「拠点を潰してしまえば、しばらくは身動きが取れなくなるでしょうし、関わった人間が残ったとしても、組織に残してもらえるとは思えないから、最初に事業所で証拠を押さえましょう」
「もしかすると、レヴナント男が店番しているんじゃない?」
『猫』の報告曰く、レヴナント男は商会の事務所で寝泊まりをしてるようなので、忍び込めば遭遇戦となる可能性が高い。とはいえ、たった一人なのだから、彼女と『猫』で十分対応できるだろう。
「なら、さっさと証拠を押さえてしまいましょう。今から行くわよ!!」
伯姪は忍び込むのは苦手なはずなのだが、どうしようというのだろうか。
山手の業者の事務所に到着すると、そこには監視中の『猫』が佇んでいた。
「お疲れ様」
『主、レヴナントは二階の事務所と思わしき所に詰めております』
「当然、寝ずの番よね」
『寝る必要性がなさそうですから。いかがなさいますか』
猫の問いに、「ついてきなさい」と月明かりの中、『彼女』は運送業者の社屋に向かい走り出したのである。
伯姪を事務所の表に残し、彼女と『猫』は身体強化を使い壁を登る。そして、窓の一部を『猫』の魔力を通した爪で斬り落とし室内に入る。
『主、気付かれております』
いうまでもなく、レヴナントは魔力の流れに敏感であり、身体強化や窓を斬り落とすのに使った魔力を見逃すはずもない。奇襲はなく、強襲あるのみだ。廊下に対して階段フロアがあり、三つドアが並んでいる。恐らくは、最奥の部屋が会頭室であり、当然レヴナントの気配もそこからする。
いまさら隠蔽を行う必要性はないので、スイスイと歩みを進めると目的のドアをノックし「失礼」とばかりに室内に入る。そこには背後の窓から入る月明かりでシルエットしか見えないが大柄な男が机の奥の椅子に座っていた。
「あなたがレヴナントのロクデナシ人攫いかしら」
『なんだ、やっぱり女か。魔力が良い感じで流れ出てるじゃねえか。あれか、魔術師か? まだしょんべん臭そうなガキだが、美人だな。高く売れそうだ』
虎髭を蓄えた中年の筋肉質の男。何故、こんなものを不死者にしたのか、
『伯爵』に小一時間問い詰めたいと彼女は思った。その顔はニヤついているように見えるのだが、眼は明らかに死人の目である。瞳孔が開きっぱなしの恐ろし気な眼差しをしている。普通の少女なら、夜遅く暗闇の中にこんなものが待ち構えていれば怖気づいてしまうことだろう。
『主、仕留めましょうか』
「いえ、少し話して情報を聞き出すわ。あなた、最大化して仕留めてちょうだい。合図を待って」
『承知いたしました』
最近、彼女の魔力の増加に合わせて『猫』の存在も変わってきている。その昔、小型犬ほどの大きさまで大きくなれたのだが、今ならどの程度まで大きくなれるのかこの機会に確かめたいと考えていた。何事もぶっつけ本番体質である。
「あなた、何が楽しくて人攫いなんてしているの。せっかく不死者になったのだから、もう少しその力を上手に使えるのではないかしら」
彼女の問いに、レヴナントの男は答える。
「今も昔も、女を嬲って泣かせるくらい面白れぇことはねえんだよ!!!」
そう大声で返事をすると、手元の金属の盃を彼女に投げつけたのだった。
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