第95話-1 彼女は男装し王都を調査する

枯黒病の流行した時代を経て人口が激減した諸国に、サラセンを封じ込める余力がなかったのは仕方がないのだろう。とはいえ、小さくなったパイの奪い合いが様々な戦争の原因となったことは否めない。また、サラセンの伸長は長い間内海を自分たちの影響下に置いていた法国の商人の力を奪う事になり、外海を利用した貿易を目指す「冒険商人」の時代を生み出すことになる。


 冒険商人と言えば聞こえはいいが、要は海賊を兼任する外洋船に乗った武装商船のことである。海の上の傭兵とでも言えばいいだろうか。


 故に、その発想を持つ人間が王都に潜伏し、組織的に人攫いを行うということは、何ら不思議なことではない。むしろ、偶然に遭遇する海の上の商船を攻撃するより、無防備な王都の婦女子や農村の若い女性を攫う方が遥かに確実で効率がいい。それが、彼らの発想なのだろうと思う。





『彼女』と伯姪は王都の子爵家の屋敷に戻ると、その日の夜から山手中心に宵闇の中、人攫いのレヴナントを探し求め二人で歩くのである。一見、見た目の良い貴族か富裕な商人の子息と令嬢。攫って売れば、使用人としてそれなりの値段が付くと思われる。あまり小さな子供では途中で死ぬ可能性もあるので、成人まぢかくらいの少年少女に価値があるのだ。


 『猫』に関しては別行動で、墓地周辺から山手の商会・運送ギルドなどに入り込み、魔力を持つ死体を探しているのであるが、今のところ、該当する存在を見つけ出すことはできていない。


「王都の中にいないとかかしらね」

「王都の外にアジトがあってそこでまとめておく。王都に運び込んで船に乗せ替えて一気に川を下って、そのまま……ってことなのかもね」

「戻ってきたレヴナントはどこにいるか、皆目見当がつかないわ」

「でもさ、『伯爵』曰く元々の生活圏での行動を繰り返すって言ってたわよね。もしかして、行きつけの店で飲んでるとかじゃないの?」

「……そこで……女性と接触する。魔力を吸収する……」

「じゃないかな。酒場とかで女性が対応している店ね」

「二人では入り込めないじゃない」


 女性が接客してくれて、恐らくは二階で……というような店に、二人で入店するのは無理だろう。無理だ。


「『伯爵』のところのレヴナントの子の中に、心当たりのあるのがいるかもしれないわね」

「対象を変更して、下町の酒場で女性がいる店にしましょうか」

『承知しました主』


『猫』は一足先に、一通り店を回ることにしたようで、彼女と伯姪は一旦『伯爵』の館に行ってみることにした。





 既に、レヴナント娘たちは街角に立ち始めており、館には『伯爵』しかいなかった。


『……なるほどね。残念ながら、あの男の知り合いの子は既にいないんだ。満足しちゃったみたいでね』


 男の知り合いであった娘は既に存在しない。ここでは情報を取ることはできないのだろうかとがっかりしてしまう。


『そこまでじゃないだろ。あの男はそうだね、仕事の仲間とよく飲んでいたみたいでね。運送業者の行きつけの店を探せば……案外いるんじゃないかな』

「生前の行動を繰り返すとすればですね」

「いまだにギルドで働いているんじゃないの。最近顔色悪いな! みたいな感じでさ」


 レヴナントとなる前から人攫いをしていて、それが先なのだとすれば、今まで通りに人攫い仲間の運送業者たちと飲みに行っているのかもしれないと思いいたる。


『そういうことだね。二三心当たりはあるから、教えてあげるよ』


『伯爵』は墓地に近く尚且つ下町の娼館を備えた酒場を教えてくれたのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




『主、やはりこちらに来られましたか』

「教えてもらったのよ。レヴナントの男はいるのかしら」

『仕事仲間数人と入っていきました。このまま尾行します』


 何の事は無い、既に『猫』がレヴナントの男を娼館で捕捉していたのである。


「考えてみたら、そういう場所は限られているものね」

「所詮、私たちは小娘だからしょうがないのよ。知るわけないじゃない、娼館の客の行動とか」


 彼女たちと同世代の娘でも立派に娼婦として勤めているものも……いるのだろうが、彼女たちの守備範囲外の事柄なのである。とはいえ、ほんの少女を相手にする大人の男はどうなのかと思わないでもない。


「そう考えると、『伯爵』の使用人たちはそこそこ大人の女性が多いじゃない」

「ある程度経験を積んで街娼になるのでしょうね。いきなりお客の相手をするというのは敷居が高いもの」


 親に売られたか攫われたかなのかもしれないが、王都の営業許可のある店に関しては、不当な方法で働かせている女性がいる事が無いように定期的に検査はされているので、「年季奉公」という名の金銭奴隷しか存在しないことになっている。


 とはいえ、攫われた者と知らずに第三者が借金を肩代わりした場合、それは攫われた者であったとしても借金は残るので、結局働かざるを得ないのは変わらないのである。一人二人なら可能性的にあるものの、ほとんどの娼婦が無理やり金銭奴隷とされた者ばかりの店は、流石に調査が入るのではあるが。


「今日は一旦引き上げましょうか。飲んでいるという事は、今日は仕事ではないという事よね」


 ということで、その日は『猫』に任せ、一旦二人は子爵邸に引き上げたのである。


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