第94話-2 彼女は『魔装ビスチェ』を装着する
王都内での探索、あまりドレス姿や冒険者姿では活動しにくい。故に、彼女は今回、思い切って男装することにする。伯姪は……身体的に無理であるので、彼女が男役、伯姪がその連れの女性という態で活動を行う予定だ。
「でも、身長が……微妙なのよね」
『ヒールのあるブーツで多少は誤魔化せるだろう』
『そういえば、良い着込みができたようです主』
ミスリルの付与した糸で編んだ縄で織った布を用いた簡易魔装鎧の試作品が完成したという。その装備はビスチェの形をした布でできた胴衣であった。
「魔装鎧の生地自体は、それなりに織れるんだがの」
老土夫曰く、糸さえあれば生地自体は1週間ほどで全員分織りあがるのだそうだ。だが、しかし……
「糸を撚るのに限界があるのでな。半年くらいは様子を見てもらおうかの」
「急ぐ装備ではないので、ある程度依頼を受ける人間からパーティー単位で作成しましょうか」
一巻(約90cm×22m)で上下で3人分の魔装鎧用の生地が取れるのだという。
「一月一巻き分くらいじゃろうな。あやつも魔力はともかく、集中力に限界があるんで、あまり根を詰めさせるのも問題じゃろ」
一日何時間も糸を撚り続けるのは、いくら機械の補助があるとはいえ、中々難しいだろう。午後の時間だけでもかなりきつい労働だ。癖毛は就寝前の自由時間も糸を撚り続けているという。
「まあ、自分の貢献できることが見つかって嬉しいというのと、目に見えて魔力の操作が上手くなれば、続けたくもなるもんだろうな」
「それほどですか?」
「鍛冶をするに必要なコントロールはできるようになったな。とはいえ、魔術の場合とは出力が異なるから、魔術も上達しているとは言いがたい」
魔力を少しずつ一定量流し込むことは慣れたという事であり、発動させたり火力を調整するようなことが難しいのだという。
「今回は、お前さん方二人分の胴衣を作成した。鎧下のようにも使えるし、普通の衣装の下にも上にも着ることができる。先ずは試着してみてくれるか」
老土夫に進められ、二人は薄手のシャツの上に胴衣を着用してみることにした。ビスチェというかベスト、ジレという感じだろうか、色合いがミスリル色なのでかなり派手な感じがする。
「上に何らかの布を被せて普通の衣装っぽくするほうがいいんじゃないかしら」
「これなら、普通の素材採取とかに着用しても問題ないのではないかしら。それに、ガントレットタイプの肘までの手袋も欲しいわね」
「それも考えているが、魔力を通して硬化すると、剣なんかを握る感覚がかなり変わるので、手のひらの部分だけ革素材にするとか考えとる」
確かに、手のひらの部分は魔力の有無で硬化すると握った感じが変わって戸惑うかもしれない。
魔力を通すと、しっかりと硬化しメイルのようになる。鎖と違い輪にした鋼のリングを一つ一つつなげるわけではないので、刺突剣で輪が壊され体に突き刺さることは避けられそうである。
「どのくらいの強度なのかしら」
「同じ厚みの鋼のプレート並じゃな」
「……かなりの厚みね。2mmはあるかしら……」
フルプレートの正面で1.6mm、可動部は1mmを切る場所も多い。つまり、布の重さでフルプレート並の強度を出せているという事なのだ。
「実際試してみたのかしら」
「ああ、馬鹿弟子に着させてな。他の男にも着させてみたが、魔力の消費は瞬間的ならほとんど問題がないし、1時間程度なら中程度の魔力持ちなら問題なく硬化させられる」
「なら、問題なさそうじゃない。実際、斬り合いなんて十分程度だからね」
伯姪も自分の使い出を考えると問題なさそうだとほっとした顔だ。
「よければ、剣で突いてみてもらえないかしら」
「あなたなら、鎧がだめでも体の身体強化で問題なさそうね」
「致命傷にならないように肩の付け根辺りでお願いするわ」
「……そこだって太い血管があるから、普通に急所だよ!!」
伯姪は愛用の曲剣を構え、向かい合って立った『彼女』の魔装鎧の肩口に切っ先を突き刺す。
「うん、メイルっぽい刺突感ね。ザリッって感じで刺さらない」
「衝撃も金属の鎖より柔らかいわね。面で吸収してるからかしらね」
プレートの良いところは板全体で衝撃を捉えることにある。メイルは刺突に弱いだけでなく、鈍器による打撃の衝撃も貫通させてしまう。
「どうだ。メイスやハルバードの打撃もかなり吸収する。まあ、頭巾とかまで作れると、さらに安全性が高まる。とりあえず、首周り用にスカーフはリリアルの共有の物を作ろうかと思う」
「魔力を通せば、その布、簡易的な打撃武器になるんじゃない」
「……暗器のようにね。いい発想だわ」
布を湿らせて真冬に外に放置すると凍り付いて板のようになる。それを瞬時に発生させられるという事だ。
「ならば、幅を細目にして二つ折りで幅広の剣くらいになる幅で作るかの」
ということで、首周りに巻くスカーフのような魔装鎧も作成することになった。ビスチェ魔装鎧は二人の衣装の下に着こむとして、スカーフの用意が間に合うかどうか気になるところだが、それらしく見えるようにするには少々時間がかかりそうという事で、今回は見送ることになりそうなのだ。
「上手く使うと、盾にもなるわよね……」
「魔装布とでも言えばいいのかな。夢が広がるじゃない。例えば……馬車の幌で使えば、矢を通さないなんてことも可能なんじゃないかしら」
「それ採用じゃ!!」
「ずいぶんたくさんの布が必要になりそうね。先ずは防具から優先させてもらえるかしら」
老土夫が興奮しているものの、実際、糸を紡げるのは癖毛だけなのであるから、早々沢山の装備は一遍に揃わないのである。
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リリアル学院での仕事をある程度片付けた翌週、「一人分のスカーフだけは用意できたので持ってけ」と渡された『魔装布』製スカーフを男装した『彼女』が首に巻く。
「なんだか、普通ね」
「そうでなければ装備でばれてしまうじゃない。リバーシブルとかにすべきかもしれないわね」
これで、フードやスカーフ、マントを魔装布に変えると、フルプレート以上の硬さが出せるのではないかと思われる。魔力が続く限りにおいてはだが。
「どうじゃ、着用感は」
「悪くないわ。普通にコルセットだと思って装着できるし」
「私もです。胴衣として問題ない使用感です」
「仕立てはやはり本職にお願いするかの。鍛冶屋では仕立てをうまくすることはできそうもない」
今回は、彼女の祖母の顔なじみの仕立て屋に依頼をしたのだそうだ。
「当面そこで頼むとして、仕立て屋がリリアルにいると良いかもしれねえな。制服とか必要になるんじゃねえのかそのうち」
「……そうですね。今後の課題にします」
リリアルの使用人枠のなかで仕立て職人を目指す子がいても悪くないのではないかと彼女は思う。どの道、職人の最初は下働きで試されるのだ。関係のない雑事をきちんとこなせるという信頼を築いてから、簡単な下職から仕事を任せて貰えるようになる。
「どんな仕事でも一人前になるには十年はかかる。心当たりを当たっておくなら今のうちじゃろな」
「ええ、本当に」
目先の事件の解決だけでなく、王都の都市計画に組み込まれることがほぼ確実なリリアルの職人育成もタイムスケジュールにしなければと彼女は頭の片隅に置いておくのである。
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