第93話-1 彼女は宮中伯に『伯爵』を紹介する
「まさに、『魔人』というところだな。危険はないのだろうね」
「『吸血鬼』ではありませんので、アルマン様を襲う理由もありませんし、あくまでも協力者としてご挨拶するという事だと認識しております」
「騎士団長とお前も立ち会うのだから、そこまで心配はないだろうな」
騎士団長は濃青レベルの実力者であるし、彼女も近いものがある。宮中伯を利用して自分の存在を認めさせた方が『伯爵』の求めるスローライフには効果があるだろう。
「帝国貴族としての爵位をお持ちですし、既に、王都の夜会などには数年前から出席されているようです」
帝国の商会のオーナーという形で、既に王国で知己を得ている存在もそれなりにいるようなのである。
「……帝国はここ二百年ほどで旧来の騎士が没落して、爵位を売りに出しているものが多いのだ。都市に住む富裕な商人や運営者が爵位を買い取っている事も多い。そうやって、手に入れたのであろうな」
帝国自由都市という、関税特権を有する都市が独立しているものが少なくないのが帝国の国内事情だ。王国が王家中心にまとまり、王都を中心とした経済圏でまとまりつつあるのに比べ、帝国はそれぞれの都市や領主が独自に活動をしており、法国・連合王国含めて周辺国と経済的につながりを個々に有している。
帝国は皇帝を有しているが、様々な関係で統一的な行動がとれない集合なのだろう。
「お前からみた『伯爵』はどのような人物なのだ」
「取引ができる相手ですが、基本的には自分の生存圏を守ること以上のかかわりは持てないと思われます」
「どのような取引を提案したのだ?」
彼女はレヴナントを無暗に増やさないことと、定期的に情報交換をする事を提案し、その見返りに彼女の作成したポーションを与えることにした旨を伝える。
「……血ではなく『魔力』を摂取するということか」
「魔力もしくは生命力でしょうか。ゴーレムに人間の魂を封印したような存在だと説明されました。ゴーレムを動かすために、体外から魔力を定期的に摂取する必要があり、ポーションはその一形態だという事です」
「他にはどのような方法があるというのだ?」
彼女は、街娼のレヴナントがいる事から、性交もしくはそれに類する行為によって魔力・生命力を得ているのではないかと説明する。
「なら、夢魔のようなものか」
「淫魔と言われるものでしょうか」
「まあ、生身の人間でもそういう存在は王都にも少なくない。宮廷にもいないでもないしな。レヴナントはゴーレムのようなものか……興味深いな」
レヴナントはサラセンではグールと呼ばれる、死んだ肉体に悪霊がとりついたものという存在に近しいと考えられていた。『伯爵』のそれは、死者の魂を一旦、なんらかの魔術的処理をして別の器に移し、肉体をゴーレム化した後、魂を戻すという形で形成される。
グール的レヴナントが、魔力により肉体を操作され仮初の精神を悪霊が操作することで、人を無暗に襲ったり、悪霊自体の変質でさらに過激な破壊衝動をみせるのとは一線を画している。
「『伯爵』自身が相当高度な魔術を扱える存在であったのだろうな」
「はい、そうだと思われます」
「だが、永遠の命を得て望むものは、住処の平安というのはいささか夢がない」
「小さなことで満足できるのは、幸せなことだと思います。それで満足していただけるなら、敢えて敵に回すようなことはされず、協力者としてこちらに味方していただいた方がよろしいかと」
宮中伯は「少々見極めてから……戦略的パートナーが妥当だろう」と述べた。宮中伯は現状、リリアル学院の院長を務めており、彼女にとっては上司であるのだが、男爵叙爵後も、後見として学院含めて見ていくことになっている。実際は、王妃様の代理人なのだが。
「学院生も随分と成長しているようで何よりだ」
「今回の調査にはある程度経験のあるもの以外、参加させられませんが」
自力で脱出できるレベルの生徒は茶目栗毛と赤毛娘くらいであろうか。体の小さい赤毛娘は少々荷が重たいだろう。
「調査の件、騎士団長にも報告して、『伯爵』との顔合わせに関しても打診をしてもらおうか」
「承知いたしました」
宮中伯は、騎士団長あての手紙を作成すると彼女に手渡し、話を進めるよう指示をだした。
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「ああ、あの伯爵はそんな存在なのか」
「……御存知でしたか」
「まあな。そりゃ、王都に出入りする外国の貴族なんかはチェックしているさ。飄々として中々面白い御仁だがな」
騎士団長は仕事柄、公式行事等で接客することもあるようなのである。実際、直接会話をして人となりを探る仕事なのであろう。
「何度か夜会で見かけて、挨拶もしたな。衣装が独特なのは……生粋の帝国貴族ではないからだろうな」
「お話では、御神子教に宗旨替えされる前は、神子正教徒であったと伺っていますから、出身がそちらの方なのでしょう」
「……海峡の西帝国は古の帝国の生き残りだしな。王国でも一時期、あの国の文化がはやったこともあるみたいだぞ」
三百年ほど前、ランドル辺境伯家の人間が西帝国の皇帝になったことがあるのだという。その時代は交流が深く、海峡の王都から衣類や家具などが持ち込まれたという。……聖征を西帝国に行ったことで占領したからなのだが。
「今ではサラセンの帝都になっているがな」
因みに、サラセンと王国は比較的良好な関係を築いている。法国と帝国が同盟し、内海エリアで王国と戦争をした際、敵の敵は味方とばかりに王国はサラセンと同盟を結んだ。いまだ、関係は良好なのである。
「とはいえ、サラセンに滅ぼされた公子の成れの果てとはな……。悪い人ではないだろうが、様子見は続ける。宮中伯の方針に騎士団は概ね賛同する。窓口は、妖精騎士殿で問題ない」
騎士団としてもひも付きにしたいが、レヴナントを駆使する『伯爵』と表立って関係を持つのはまずいということなのだろう。つまり、王家としても王都としても騎士団としても「黙認」というかたちで、彼女を通じて関係を持つということだ。
何かあれば、彼女は身一つで逃げ出すことも可能なのだが、子爵家はともかく、リリアルの関係者が困るというか……処刑されかねないので、慎重に関係を保たねばならないだろう。
とはいえ、「妖精騎士」として著名な彼女を公に弾劾するには、それなりの否定的事実が必要であり、彼女を貶めるのは容易ではない。また、王家を支える非正規の組織としてリリアルを育てる目的からすれば、この役割は妥当なのであるから、そこまで心配することはない。
「この話は当然、上層部のみの情報共有なのでしょうね」
「まあな。騎士団には冒険者ギルド経由で調査依頼中なので、特に事案となる事がなければ関与しないようには指示を出しているから問題ないだろう。何か不都合があれば、直接、俺に連絡をくれればいい」
「承知いたしました」
騎士団長は既に『伯爵』と面識があるので、特に気にしているようではないのであった。
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