第93話-2 彼女は宮中伯に『伯爵』を紹介する

 数日後、あらかじめ騎士団本部の奥まった部屋に集まることになった面々。『伯爵』はレヴナントの使用人二人を伴いやってきた。外見は、可愛らしい雰囲気の女中さんといった風情である。顔色は悪いが。


 王都側は宮中伯アルマン、騎士団長、子爵である『彼女』の父、そして彼女と辺境伯三男である商会会頭である。


「お呼びだてして申し訳ありませんでした」


 同じ「伯爵」として、騎士団長が簡単に話を始める。それぞれが自己紹介をし、『伯爵』はニコニコと話を聞いている。物見遊山であるかのようにも感じられるほどリラックスしているのである。


「まずは、『伯爵』殿の王都に至るまでの経緯について簡単で構わないので話していただけるだろうか」

『構いませんよ。記録していただくことも問題ありません、王都には長く住みたいと思っているのでね』


『伯爵』が公子であった時代、サラセンに西帝国は浸食され崩壊する。その矛先は旧西帝国の領土であった半島、そして、彼の治めていた国にまで及んできた。


『サラセンに人質として赴いたことがあるよ。その中で父と兄が死んでね、弟と二人で争って祖国に戻り、私が位を継いだ。けどね……』


 彼の父は森国王を兼ねた当時の帝国皇帝から『龍騎士団』の騎士に任ぜられ、サラセンとの戦いの正面に立っていた。とはいえ、硬軟両方を混ぜた父公の姿勢は強硬派の支持を得ることができず、策略に遭い敗死している。


『だからね、思い切り殺伐とした戦いをしたんだよ。私の希望ではない。そう、あの国の支配層である貴族も、その下の民衆も願った。『聖征』だといってね』


 彼が公位に就いた時、森国王は原国王が兼ねる時代となっていた。とはいえ、正面に立つのは相変わらず『伯爵』の領地であったのだが。王位がころころと変わったり、幼児の王であったことも公子の負担を重くした。何より、政敵が摂政となり、さらに国王となったことも立場を難しいものとした。


『まあ、ほら、口だけは応援してくれるんだけど、数倍の敵に対してこちらはできる事っていえばさ……』


 残酷な戦いをし、敵にも味方にも厭戦気分を高める事くらいしかなかった。焦土作戦を敢行し、彼の領地は荒れた。さらに、サラセン軍にも所謂「撫で斬り」を行い、その死体は木の杭に刺し敵の行軍路に並べ立てた。


『アイデアは私だが……実行したのは兵であり民だ。まあ、その前にも帝国内で聖征を行って『原神子』の信者を同じ民が虐殺したり、殺伐とした時代だったんだよ。狂気の時代とでも言えばいいかな』


 王国が百年戦争を戦い終えてから数世代が立ち、戦争自体は行われているものの、内戦・侵略されることは既に歴史的な存在である。ニース辺境伯の先代である前伯の感覚をさらに鋭敏にさせたものなのだろうか。


『何度か押し返したんだけど、数にはかなわなくってさ。結局、サラセンに帰依した弟を旗頭にしたサラセンに押されて森国に逃げたんだが幽閉同然の身になって……考えた……』


『伯爵』はその十数年の幽閉期間中に様々な形で『延命』する方法を考えたのだという。普通の寿命では、到底国土を奪還することができそうにもなかったからなのだという。


『遥か東の国に伝わる不老長寿の方法も……単に腐敗を防ぐ技術でしかなかったし、むしろ、普通に狂い死にすることになるからさ』

「秘密を解き明かしたと……」

『偶然ね。でも、自分以外ではちょっと完全には再現できないんだよ。何しろ、神の御業に近いものだからね』


 経典に出てくるものたちは、とても長生きであったことを思い出したのだという。数百年の寿命を持つ者がいたことを。百歳過ぎても子を成してさえいる。


『その力って、何だろうかと思って色々実験してみた。御神子教ではその昔異端として消されていった教えが、西の帝国のあった地域では……残されていたからね』


 自分たちの理解できない「神の御業」と思われる現象を再現する者を、教皇たちは「異端」として弾圧してきた。その理由は、自分たちの教えの支配を安定させるためであったのだろう。奇跡は教皇の元に発生しなければならない。神の代理人であるのだから。神子正教は異端に寛容であったから、法国の教皇の支配下にならない国々では、御神子の絵姿など普通に崇拝されていたりする。


『まあ、そんなことで、秘密は古い経典とかに残された手掛かりを試行錯誤して再現できたって事なんだよね』

「その方法で、レヴナントを育成できるという事か」

『その通り。とはいえ、私が調整する必要があるから、私自身のそれとはかなり異なるよ。不老不死ではあるけれど、まあ、死体をゴーレム化しているってところが違うかな』

「……血を吸う必要は……」

「厳密にはない。魔力かそれに類するものの中に、血液も含まれる。勿論、我が僕たちは血ではなく、男性の精液から魔力に類するものを吸収している」

「それが、『街娼』を僕としている理由なのですね」

『うーん、半分かな。彼女たちは悲惨な人生を送っていることが多いし、不死を願うものも少なくない。なんていうのかな、この世に未練があるというんだろうか』


 その中で、瀕死の者を選んで選択させるのだという。不死となり僕となるつもりがあるかと。勿論、街娼を続けることや周りの街娼を暴力や不当な仕打ちから守ることなどを約束した上でだ。


『まあ、半分くらいかな選ぶ子は。それ以外は死んでしまうからね』

「元々死にかけている者を不死として僕にしている。そして、生前同様の行為で活動させつつ、彼女たちの周囲の者を守るということですね」

『そうそう。まあ、そういう「取引」だよね。「彼女」にも説明したけど、魔力を摂取しなければ魂が消費されて普通に死ぬこともできる。だから、無理やり支配しているわけでもないんだ。協力者ってところだね』


 宮中伯・子爵・騎士団長である伯爵はうなずく。辺境伯子息は興味深く聞いている。


「今後も平和的な関係を築けるとすれば、お互いどのような関係を結べるのか、ここで取り決めをしておきたいものだ」


 宮中伯が言い、騎士団長も同意する。当初説明した内容で問題ないのかどうか、再確認である。


『彼女が窓口、定期的に面談して情報を提供する。見返りは……今日もいい味だね、君の魔力入りポーションティーは』

「……恐縮です」


 『伯爵』の紅茶は彼女のポーションを紅茶で割ったものを提供しているので、そういう返事が返ってくる。


「こちらとしては、今まで通り平穏に帝国貴族として、また帝国の商会の会頭として社交をする分には黙認するという事にするつもりだ」

『構わないよ。まあ、彼女はまだまだ先がある人物だから、この中ではポーション含めて最適な窓口だね。それに、魅力的な女性は大歓迎さ』

「……はあ、ありがとうございます」

「うん、できれば、あの地区の再開発は最後にしてもらえると助かるな。それと、君たちが捜査しているレヴナントなんだけどね。最近、王都に戻っているよ。それで、恐らくは……墓地と地下の下水道を使って搬出しているね」


 人攫いの動向……地下の下水道を利用し川を用いて王都の外に攫った人を持ち出しているということだろうか。


『樽に詰めてってのは……既に入手している情報だよね。王都に入ってくる荷馬車の中に、人の入った樽があるみたいだね。それと、棺桶に納めて墓地に持ち込んだ後、樽に詰めなおして地下墳墓の中にある秘密通路から下水道に入り、川で船に乗せ換えるということも……行っているみたいだよ』


 以前はスラムの女性を攫って墓地に連れ込んでいたのに失敗するようになり、最近は貴族街などで使用人が外出する際に馬車に連れ込んで拉致し、棺桶に納めて墓地に持ち込み、樽に詰め替え川から王都の外に連れ出すという行為を確立しているのだという。


「確かに、出に関しては厳しく監視しているのだが、入りに関してはそこまで厳密ではなかった。盲点だったな」

「仕方ないでしょう。五十万人の人口を支える食料は膨大ですから、全てを確認するのは無理です。相手も、その対応を見越しての策でしょうが」


 騎士団長が自嘲気味に述べるのを宮中伯がフォローする。とにかく、まずは実行犯のレヴナントと墓地の人攫い一味を捕縛するところから始めるべきだろうか。一網打尽にするにはかなりの規模になりそうだなと彼女は考えていた。


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