第92話-1 彼女はリリアルの紋章を考える

『あの花……毒薬の原料なんだ……』

「あなた、知っていたの?」


 公子もとい、伯爵の仮の邸宅からの帰り道、『魔剣』は何やら先ほど話の出た『アコナ』の花について思うところがあるのだという。


『騎士の兜に似ているんで、まあ、咲いているのを見て……思うところがあるわけだよ』

「あなた、魔術師だったのではないかしら」


『魔剣』は、騎士の娘とその夫のことを思い出すと言いたかったのだが、それはそれで恥ずかしいので別の答えをすることにした。


『王家の紋章と少し似たデザインでだな、あの花を紋章にしてリリアル学院のものをデザインするってのはどうかな』


 その花の花ことばには『騎士道』にちなんだものが多いのは、その花の見た目によるものだろうことは相違ない。


「認められるかどうかはともかく、一度宮中伯様に伺いを立ててみましょう」

『あれば、その紋章に人が集まるようになる。これから所帯がおおきくなるのだから、そういうのって大事だぜ』


 確かに、施療院で渡す薬にリリアルの紋章が入っていたり、学院生が出かける際に、目印になる紋章を服のどこかにつけておくとか……意味があるだろう。なにしろ、できたばかりの学院で何をやっているのかわからないのだから、自分たちの存在をアピールすることも必要だ。


 それが、王妃様をはじめとする王家の支援を賜ったものであり、孤児の自立の為の学院、その行いが貧しい人の為に役に立っていると知らしめることにつながれば、より活動しやすくなるだろう。


――― もちろん、邪魔されることも増えるだろうが、それは問題ではない。


『集団をまとめるのに、そういう「印」っていうのは大事なんだぜ。騎士団でも旗持は名誉ある仕事だし、貴族の騎士でも旗印を認められているのはある程度まとまった戦力を持つ騎士の集団をもつ貴族だけだしな』


 つまり、子爵男爵家では持ちえないということになる。リリアルは『学院』なので、男爵家でも問題なく扱えるのだろうか。


『名前と顔が売れて、それに伴い責任も増えているわけだから、いっそ、もっと自分たちの存在をアピールすりゃいいんじゃねえの?』

「そうね。あの子たちにとって、『旗印』は必要よね。背負うものがある方が、人は頑張れるでしょうから」


 彼女の今までのことを考えると、良い意味でも悪い意味でも「子爵家」というのは姉が継ぐと決まっていたとしても背負うものであったのだろう。でなければ、もう少し貴族の娘らしい気楽な人生もあったと思われる。父に従い、夫に従い、老いては子に従う……そんな女性は多い。


『まあ、薬師として自活できる手段を持つと考える貴族の女はすくねえだろうな』

「帳簿だって契約関係の法律だってそうでしょうね。とはいえ、お飾りの妻になるつもりはなかったのよ。むしろ、私が嫁ぐことで出来の悪い跡取り息子の尻を叩いてほしいくらいの嫁ぎ先を望んでいたのですもの」

『……もう少し、婚約者とか結婚に夢持とうぜ……』


『魔剣』の言いたいことはよくわかる。母と姉も同じようなことを言っていたが、彼女の意思を知ると何も言わなくなった。祖母は認めてくれ、父は何も言わず「好きにしたらいい」と許してくれた。


「まずは……おそろいのスカーフでも作りましょう。あの糸で織ったものが良いわ」

『一番最初にだな。刺繍は、プロに頼めばいいだろう。今後、頼むことも増えるだろうからな』


 自分で……と一瞬考えた彼女はその通りと思い、ニース商会経由で刺繍職人を頼むことにしたのだった。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 子爵である父に、最初に『伯爵』の存在を伝える。都下にそのようなものが潜んでいることに驚いたものの、確かに、街娼を虐待する事件はここのところ鳴りを潜めているという事に思い至る。


「以前は、街娼の殺人がよくあったものだよ。その、惨い殺され方をした娘も何人もいたしね」


 客に殺されたのか、地元の顔役に逆らった見せしめなのか、街娼同士の争いなのか……魔物によるものなのかはわからないが、毎週のように街娼の死体が墓地周辺にみられたのだそうだ。


「街娼の保護をして……何をしたいのだろうな」

「自分の生活圏を守るための、女性に対して……優しいというところでしょうか」


 死にかけた女性をレヴナントとして生き永らえさせ、満足したならそのまま静かに見送るということなのだと彼女は理解している。


「今後どうなるかはわからないが、騎士団と宮中伯に報告して、その結果にどう対応するかだ。お前の仕事は報告するまでだな」

「はい。とはいえ、街娼の情報網は活用できますので、できれば穏便に共存するのが望ましいと思います」


 子爵は「魔物とはいえ、知性があるなら交渉の余地はあるだろう」と答える。『伯爵』は死後百年、恐らくは連合王国との戦争と同時代に生きた者なのかもしれないと彼女は思い至る。


 王都に現れたのは数年前の事のようで、その間の約百年をどう過ごしてきたのだろうかと思わぬでもない。


「機会があれば、私も御挨拶させていただこう。あまり多くの者と会うのもどうかと思うのだが、これでも王都にそれなりの責任を持つ者だからな」

「……では、こういう提案はいかがでしょうか」


 彼女は、スラム街化している墓地周辺の再開発を検討するための意見を『伯爵』に聞くという名目で食事に誘う……というものだ。彼はあの取り残されたような古びた場所が……ある程度気に入っているのだろう。生きた時代の空気を残しているとでも言うのか。


「食事はとれるのだろうか」

「確認しないと何とも言えませんが、ワインのポーション割などを飲みながら会話をするという態で会えばよろしいかと思います」


 食事に手を付けねばそれはそれでよし、会食の形式でポーション入りワインを飲めばいいのだから問題ないだろう。


「ポーションは私の作ったものを差し入れさせていただきますのでご安心ください」


 魔力を吸収するため、彼女の魔力を込めたポーションを気に入ってくれている事を説明する。


「なるほど、では……私も久しぶりに作ってみようか」

「……お父様もお作りに?」

「ああ、母に仕込まれてね。魔力の練成の為に子爵になる前まで、良く作ったものだよ。お金になるし、割の良い仕事だったね」


 若い頃は飲み代を稼ぐためにもポーション作りをしたこともあるそうなのだ。どうやら、子爵家はポーション作りで資金作りをする家系なのかもしれない。


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