第90話-2 彼女は街娼に話しかける
翌朝、『猫』の報告を聞き、特に街娼レヴナントは事件を起こすことなく、客をとり、自分たちの住んでいるだろう邸宅に戻っていったことを確認する。歩人と茶目栗毛は子爵家の使用人に加わり仕事をさせられている。見習い期間中と言う扱いなので仕方がない。
『あの屋敷から出てきたレヴナントは全員街娼でした。それに、特に事件を起こすようなこともありませんでした』
『気づかれたってこともないよな。まあ、頭を使う奴なら粗暴犯のような事件を起こすわけねえからな』
「そうね。街娼のグループとは別の集団なのでしょうね。彼女は……彼女たちは一体何のために死んでも街娼を続けているのかしら」
『魔剣』曰く、魔力を生者から吸い取る行為なのではないかという。サキュバス……淫魔と呼ばれる男性の精液を吸い取る魔物が存在するようだが、レヴナントの女性も性行為で男性から魔力もしくは生命力を奪って生活しているのではないかというのである。
『病気になる心配も、食事の心配もないからな。まあ、生きているより死んでからの方が幸せなんじゃねえの。暴力振るわれそうになれば、実力がものをいうだろ?』
確かに、生身の人間と比較してレヴナントの身体能力は相当高い。魔力による身体強化に匹敵するから、少女でも騎士団員くらいには対抗できる。
『レヴナントは生前の行動を踏襲すると言いますから、街娼が街角に立ち続けること自体はおかしくはないかもしれません。とはいえ、レヴナントを作った者がいるなら、何故、彼女たちに街娼を続けさせているのか理由が気になるところです』
事件の当事者・関係者なのか、その知り合いなのか、無関係なのか、その創造者を訪ねてみる必要があるのかもしれない。
「昨日の彼女以外のレヴナントの娘に話を聞いて、主人であるだろう魔物に会ってみた方が良いかもしれないわね」
『なら、今夜は単独行動だな。あいつらがいればおかしなことになるだろ?』
従者を連れた街娼希望の娘などいるはずがないから当然ではある。
『魔剣』と『猫』のバックアップで何とかあの邸宅に入って、館の今の主人と対面したいものである。
「そういえば……あの館は一応、帝国に本店のある商会の持ち物で、登録上は倉庫となっているようね」
『その商会の実態は、ニース商会に探ってもらう方が良いでしょう』
「そうね。手紙を書くことにするわ」
とはいえ、裏どりには時間が掛かるだろうから、捜査を先に進める。というよりは、さっさと街娼に紹介してもらおうと彼女は決めたのである。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
『へぇ、あんたも仲間になりたいんだ』
「そうなのよ。食べていくのも大変だからさ……あなたたちの親方に紹介してもらえるかしら」
『ああ、いいよ。あんた別嬪だし、多分、プリンスも気に入ると思うよ』
彼女は『プリンス』と聞いて少し気になるのである。プリンスとは王族の男性を意味することばだが、いわゆる王子様だけではない。
彼女は別のレヴナントの娘に声を掛け、彼女らの主に紹介してもらうことにした。少々古ぼけた……母の若い頃のドレスを借りて、慣れない少々濃いめの化粧を施した。如何にも「駆け出しの街娼」といった風情だ。
勿論、声を掛けられたくないので、目的の相手に会うまでは気配を隠蔽して移動してきたので、特に問題はなかった。
早速、彼女は客待ちを切り上げ、アジトである邸宅に戻ってくれるという。
『ちょっと気難しいところがある人だけど、優しい方だから安心しなよ』
「……わかりました……」
先を歩くレヴナントの娘が話しかけてくる。彼女はちょっと小柄で愛嬌のある二十歳前後の女性である。着ている衣装は彼女のものと同じくらい古臭いドレスで、尚且つ少々着丈が長いので歩くのが大変そうだ。
とはいえ、月明かりもない薄暗い夜道をどんどん歩いていくのは、生身の人間ではないからなのだろうか。
邸宅の敷地の中は草もかなり生えており、手入れが行き届いているとは言い難い。それでも、廃屋ではなく人が住んでいる雰囲気が漂っている。
『あたしたち、ここにみんなで住まわせてもらってるから、あんたも一緒に住めるといいよね』
宿なしと思われたのであろうか……そんなことを言って安心させようとしてくれているようだ。玄関に入ると、ホールは灯りもなく当然人の気配もしない。豪華であっただろうシャンデリアもうっすらと汚れているのか、蜘蛛の巣もかかっている気がする。
『後についてきて、二階にいらっしゃるからさ』
ホールから二階に上がる階段を進んでいき、恐らくホールを見下ろすことのできる場所にある大きな部屋の前で立ち止まり、ノックをする。
『お待ちしていたよ、どうぞー』
中から男性の声がする。
『お待ちしていたって……どういうことだよ……まずいかもな……』
『魔剣』がぼやく。『猫』は当然屋敷の前で待機中であり、周辺を警戒している。もしもの場合、最近は虎ほどの大きさまでサイズを変えることができるようになったので、身体強化して踏み込む予定なのであるが、しばらくは彼女単独で向き合わねばならないだろう。
部屋の中に入ると、そこはいくつかのランプが灯されていた。
『プリンス、街で仲間に入れてほしいという娘がいたので連れてまいりました』
「うん、ありがとね。君は仕事に戻っていいよー」
カールを繰り返したような長髪……もしかしたら鬘かもしれない。ゆったりしたローブのような衣装を着け、髪は黒っぽいが瞳は赤い。そして、鼻の下に一文字の髭と三角形に整えた顎ひげを蓄えている。まるで……サラセンの君主のようだ。
『初めまして、名前を聞いてもいいかな』
「……アリーと……いいます……」
彼女は言葉を多少雑にすることにした。素の言い回しでは少なく見積もって大商人の娘のようになってしまう。
『アリーちゃんね。私はヴァラドという。今はなくなってしまった国の公子だったから、みなには「プリンス」と呼ばれているんだよ。君は好きなように呼ぶといいよ』
いやいや、プリンスかヴァラド様の二択じゃないと彼女は思うのである。
『それで、君は……仲間に入りたいって聞いたけれど……いいのかな?』
「帰る場所もありませんので、ここで雇っていただければと思っています」
肘をつき、右手をあごの下にあててしばらく彼女を見ていた公子は、ふん、と一息つくと彼女に話しかけた。
『うーん、アリーちゃんはさ、スッゴク魔力あるみたいだけど、それで街娼の仲間になりたいとか……嘘でしょ? 単刀直入に話を進めて貰ってもいいかな。お仲間も屋敷の外と中に……いるみたいだし、私としては揉める気はないのだよ。誤解があれば解いておきたいしね』
両の掌を上に向けると、公子は穏やかな口調でそう告げた。彼女は少々迷ったのだが、悪意を感じることもできず、また、案内してくれたレヴナントの少女も支配されているというよりは、喜んで仕えているといった感触であったので、率直に来訪の理由を告げることにした。
「私は、王都で起こっているレヴナントが人を襲う事件の調査の依頼を受けた冒険者です。とはいえ、こちらには街娼の女性しかおりませんし、襲ったものが彼女たちだとは思えません。但し、このままあなたの存在を知らぬふりをするわけにもいきませんので、お話を伺いにきました」
なるほどー と少々上ずったような声を上げる公子は、その件については自分も心当たりがあるのだというと、今までの経緯について話し始めたのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます