第88話-2 彼女はレヴナントについて調べる

 祖母と伯姪に学院の運営を委ねると、彼女は王都に入り子爵家に滞在することにした。最初に、ニース商会にいる姉の元に顔を出す。噂好きの姉は死に戻りの話に関してもいくつか具体的な噂を持っていた。


「やっぱり、話が来たんだね」

「騎士団のやりたがらない仕事が回ってくるのよね」

「人の嫌がる仕事をすすんでするのは感心感心」


 彼女の姉も人の嫌がる仕事を進んでする。人が嫌がることをする……という意味なのだが。つまり、嫌がらせがライフワークなのは貴族のたしなみと言える。


「まあ、場所が場所だからね」

「……どういう意味なの?」

「ほら、あの辺はさ、街娼の娘たちが多いじゃない。その中で、死んだ娘を抱いたとか……そんな怪談じみた話があるんだよ」


 墓地の周辺は人気が少ないので、そういう商売をする女性が客引きをしやすいのだという。夜、人が寄り付かないところで客待ちをするということなのだろう。


「まあ、あの辺は家賃も安いしね。治安も悪いけどさ」

「死んだ娘を抱いた話というのが気になるのだけれど」

「ああ、そんな大した話じゃないよ」


 姉は断って話を続ける。曰く、体温がとても低かったとか、行為の最中にひんやりとしたままだったとか……そういうことから、『死人のようだった』という感想を持つのだという。


「……外で長時間待っていれば体も冷えるのではないかしら」

「そうだね。恋人同士ならともかく、時間を掛けずに済ませるとすると、女の子も体が温まる前に終わるかもね。まあ、その辺りの事情は詳しくわからないから何とも言えないんだけどさ」


 とはいえ、少なくともあのあたりにいる街娼の娘に当たっていけば、なんらかの手がかりがつかめるだろうと彼女は考えたのである。


「でもさ、夜、調査の依頼とは言えあの辺歩きまわるのは良くないんじゃないかな」

「従僕を二人ともなって行くから、街娼と間違えられる事は無いと思うわ」

「……そういう事じゃないんだけどね。まあほら、間違えられる……と困るけどさ」


 十歳前後の街娼もいるのだから、彼女の外見の幼さはハンディにはならない。ならないのだが、何か言いたげな姉に思う事もある。


「可能な限り、商会でも情報を集めてもらえるかしら」

「そうだね。お父さんも気に掛けているみたいだし、子爵家の仕事の一部分だろうから、彼にも伝えて協力するよ。また何日かしたら、顔出してちょうだい」

「ええ。急ぎの時は、子爵家に使いを出してもらえるかしら」

「そのくらいならね。お姉ちゃん頑張るよ!!」


 姉はこの手の不思議な話が大好物なのだ。そして、無駄に行動力のある性格であり、下手をすると街娼の振りをして話しかけたりする可能性もある。所謂、潜入捜査的なものなのだが……


「絶対、街娼の振りして他の娘に話しかけたりしないでちょうだい」

「えー なんでかなー」

「結婚、ご破算にしたいのなら構わないけれど」

「大丈夫だよ! ラブラブだから!」

「なら、なお駄目じゃない。どこの世界に、自分の婚約者が街娼の真似事することを許可する男性がいるのよ。普通に、本職の人に協力してもらえばいい事じゃない」

「あはは、それもそうだね。お姉ちゃん、勘違いしちゃってたよ」


 姉の性格を考えると、自分が楽しむ方向に思い切りバイアスがかかるはずと思いくぎを刺したのだが、それが正しかったと彼女は確信した。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 子爵家に戻り、母に挨拶をする。父である子爵はまだ帰ってきておらず、執事に歩人と茶目栗毛を紹介し、しばらく滞在時は従僕の仕事を与えるように頼んでおくのである。


「あらあら、こちらの新人さんも可愛らしい男の子ね。リリアルの生徒さんかしら?」

「はい。孤児院出身ですが、孤児院に入る前は教育を受けていたものなので、商人や騎士の仕事に対する造詣が深い者です。ですので、貴族の使用人として育てて行ければと考えています」

「未来の男爵家の家令というところかしらね。お父様も心配していたのよ。セバスも優秀なのでしょうけれど、歩人であることがマイナスになる場合もあるからとね」


 母の危惧もその通りだろう。対外的にはいつまでも子供の外見のおっさんが対応するのは、貴族のメンツとして良くない。そういう意味では、茶目栗毛は性格的にも能力的にも貴族の使用人として育成可能な人材だ。


 久しぶりに自分の元の部屋に滞在する。必要な書物などは学院に持っていっているので、ここにあるものはベッドと机程度の物であり、あとはドレスの一部くらいである。


「少々、これからのことを整理しなければならないわね」

『主、一先ず、事件の発生しているエリアを一回りしてまいります』

「そう。お願いするわ。レヴナントがどの程度どこにいるか、わかる範囲で把握してもらえるかしら」

『承知いたしました』


『猫』は早速、夕闇迫る王都へと駆け出していった。


『お前も、あいつらも貴族の子女と従僕らしい装いを揃えねぇとだな』


『魔剣』の言うのも尤もかもしれない。街娼の娘たちは、貴族の古着のようなドレスを着ていることが多いので、肌の露出や上着を工夫することで、あまり違和感のない恰好ができる。


 従僕も「貴族の使用人」ということで、街娼たちにとっては悪くない客である。貴族に仕える者は見た目が良いことが条件であり、賃金もそれなりに貰っているので、金払いも悪くない。固定客になってくれればありがたいし、馴染みから……という夢もある。


『あいつらだとガキ過ぎるからな。あと五年は欲しいな』

「事件は五年も待ってくれないでしょうけれどね」


 今日のところは『猫』の調査待ちと考え、明日からの調査の為の準備を始める。どうやら、彼女の考えたのは……


「姉さんのお下がりのドレスを着ようかと思うの」

『ああ、型落ちで派手なドレスの調達先としてはこの上ねぇだろうな』


 彼女のドレスは一見地味だが、素材と仕立てにこだわったもので、祖母の流儀なのだ。目立たず、それでいて足元を見られないものを身に着けるという子爵家本流の装いだ。


 姉は、母の影響を強く受けており、また、彼女の性格と立ち位置からも流行を作る側という事からも素材はそこそこ、ある程度主張のはっきりしたドレスで、二度は着ないという条件から仕立てもそれなりのもの。高位貴族の娘とは、資金面で対抗できないので、いわゆるチープシックというか、ファストファッション的な装いである。


「姉さんの作る流行は、高位貴族や富裕層がターゲットではなく、下位貴族とそこそこ豊かな王都民の娘や若い婦人向け。だから、街娼の女性が身に着ける古着としては、全然おかしくないのよね」


 高位貴族・富裕層のものはオークションなどに出され、リメイクされて侍女である下位貴族や富裕層の娘が着ることになる。では、下位貴族の衣装はどうなるかというと、流石にリメイクするほどの質ではないので、そのまま着潰すか、古着屋に売られていくのである。


 とはいえ、貴族の婦人・娘の仕立てたドレスであるから、庶民からすれば十分に高級な素材と仕立てであり、そもそもとても高価なドレスである。庶民は貫頭衣とまではいかないが、装飾の無いワンピースが主流であるからだ。


 そんな中で、街娼は分かりやすくその手のドレスを着て街角に立つ。彼女がそのような服を着て街角に立つわけではないのだが、彼女の好みのドレスではあの場所ではかえって目立つのだ。地味すぎて。


『お前と姉の好みが全然違うのは、正直助かるよな』

「……地味で悪かったわね」

『いや、お前の姉は貴族の当主というよりは社交で生きていくタイプだろ。そりゃ、あの婆さんとはそりが合わない。お前は、まあ、あれだ、遊び好きの旦那の代わりに商会を切り盛りするような実務派の夫人って感じだろうか』

「お婆様はそこまでではなかったわね。お爺様も爵位こそお持ちではなかったのだけれど、優秀な官僚であったのだもの」


 彼女の父方の祖父は下位貴族の三男坊であったが、物腰柔らかで交渉に長けた男であった。それを先々代当主が認め婿として祖母とめあわせたのがそもそもの二人の出会いであったりする。


「私、思うのだけれども」

『何がだ』

「お爺様が早世されたのは、自分以外が気を使わなかったからではないかと思うのよね」

『……かもな……』


 祖父は数年前彼女が物心つく前に亡くなっている。父もまだ若く、正直不安な時期であったので子爵家としてはとても深刻な事態なのであった。とはいえ、祖父の策定した都市計画をきちんとなぞること数年、父も子爵家の役割が一人で担えるほどに成長した。


 祖父は、自分の死後を見越して、都市計画をOJTに見立てて父に委ねたのだと考えると、その物腰だけではなく心配りと思いやりの深い人だったのだと今になって思うのである。


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