第89話-1 彼女はレヴナントの出る場所を訪れる
王都の墓地は、下町地区の冒険者ギルドの更に城壁側に移動した場所に存在する。下町と所謂スラムの境目に位置する。城壁近くで尚且つ、人気も少ない場所に夜に歩いていくのは……少々気が引けるのである。
『主、魔力を持つ者が何人か見受けられました。外見上は街娼の姿をしている者たちです』
「街娼が人を襲ったなら、そういう事件になるでしょうけれど……妙ね」
彼女の受けた依頼は「王都の墓地の傍で人が襲われる事件」であり、剣のような武具でなく、人間離れした腕力による襲撃であることから、レヴナントなのではないかという推測だ。
『彼女たちは……普通に客を取っていました』
「襲いもせず」
『ええ。その後追跡していたのですが……』
とある建物のなかに入ると、忽然と姿を消したのだそうだ。
「魔力に対する結界でも張っているのかしら」
『管理しているやつがいるってことか。それなりに腕の立つ魔術師なんだろうな』
『ならば、ヴァンパイアに操られている可能性も否定できませんね』
「何のためかしらね。そもそも、ヴァンパイア……吸血鬼が何故そんなことをするのか分からないわ」
『まあ、関わらないようにした方が良いだろうな。ああいう手合いは浮世離れしているだろうし、交渉材料がなきゃそもそも会話もしないだろう』
高位の魔術師かそれに類する高貴な出身者が多いという。そして、数百年は生き永らえているものであることから、思考が少々常軌を逸している可能性もあるのだという。
『研究馬鹿が何百年も生きていたらどうなるって話だ』
「馬鹿に磨きがかかるわね」
『周りには同じような従僕しかいない。それもレヴナントか下位の吸血鬼だろ?だから、まともそうにみえても、全く信用できないだろうな。ああ、金もあるし、ひっそりと商会か不動産の貸付でもしてるだろうから、買収もできないだろうな』
ほとんどは下僕に商売を委ねているだろうし、商会で働くものも幹部以外は一般人なので、おかしいと思われることもないのだという。王都に潜み、共存するアンデッドの商会……ニース商会は気が付いているのだろうか。
『王都に関係がある商会というよりも、帝国や法国の商会の支店として存在しているみたいだな。だから、会頭は数年に一度しか姿を見せなくても言い訳ができるって感じだろうな』
「……情報通ね」
『俺が現役魔術師の頃にも何度か接触したことがある。カナンの資材を調達するときなんかには信用できる取引相手だったからな』
法国の商会の中でも、信用度の高い商会は幹部がヴァンパイアであることも多いのだと言われている。幹部に直接会ったことは『魔剣』でも偶然に一度だけというのだが。
「見てわかる者なの」
『ああ。いくつか特徴があるが、まあ、神に祝福されない存在だからな……』
曰く、影がないもしくは非常に薄い、鏡に映らない、聖別された銀に触れる事ができないなど色々特徴があるのだという。
『外で昼日中に会う事なんて絶対ねぇから、その辺気にならないんだ。室内で鏡の無い部屋で挨拶するくらいだからな。見た目は王族みたいだな……ファッションセンスが古臭いとか、言い回しが古臭いとかまあ色々特徴的ではある』
寝ている間に時代が変わることもあり、「のじゃロリ」のようになってしまうのだろう。のじゃロリってなんだよ。
「吸血鬼が出てきたら……」
『できる範囲で交渉だな。存在は秘匿するので、飼い犬のしつけをきちんとしてくれということぐらいか』
「聖別された銀の装備が必要?」
『魔剣』はしばらく考えたうえで答える。
『いや、俺が変化すれば問題ないし、そもそもお前の魔力を通した攻撃はきちんと通じる。ただ、再生するんだあいつら』
「傷口を焼いてもダメかしら」
『トロルならそれでいけるけどな。あと、姿を消すことや変化も可能だから、ある意味腕力馬鹿の魔物とは異なる』
「倒す方法はないのかしら」
『寝所にある棺桶の中で眠っているところで、心臓にイチイの木でできた杭を叩き込む……とかだった気がする』
彼女は『なぜ棺桶で寝ているのか』と疑問に思うのだが、彼らの魔力を回復させるには自分の故郷の土を必要とするのだという。その土を敷き詰めた棺桶のなかで休息することが吸血鬼には必要なのだという。
「地霊から魔力を回復させるという事なの?」
『血液を吸う事でも勿論回復するが、主に精神的なものだろうな。おそらくは』
自分をこの世に引き留めておくものとして、故郷の土がシンボルとなっているのではないかと『魔剣』は推測する。それを失うと、生前の記憶や感情的なものを失い、完全に魔物となってしまうのだろうと。
「確かに、人にとって生まれ故郷は大切よね」
『その為に、子爵家の仕事もあるわけだしな。リリアルに住まう孤児たちだって自分の居場所を築くという意味では同じだろうな』
吸血鬼が狂っていなければいいなと、彼女は思いつつ、その為の装備を考えるのである。
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