第87話-2 彼女は新たな不穏な噂を耳にする

 冒険者ギルドに顔を出し、依頼達成の書類を提出する。ギルマスに呼ばれ、彼女は指名依頼を受ける事になる。


「レヴナントの調査に関する指名依頼が来ている。受けてもらわんと困る」

「……内容を拝見します」


 宮中伯に掻い摘んで説明された内容なのだが、発生し始めた時期が……おそらく、代官の村で彼女がゴブリンの集団と対峙したころに遡るようだ。


「半年から一年ほど前の間で、墓地周辺で不審なものに襲われる事件が増えていると……騎士団の警邏には引っ掛からないのですか」

「警邏を避ける知恵はあるようだ」

「ゆえに、レヴナントなのですね」


 レヴナントは甦りし者というほどの意味であり、生前の記憶や思考を残している場合が多い。能力が維持されるのか、徐々に記憶が薄れていき死霊のようになるのかまでは判然としない。


「死体を火葬にしてしまえば、レヴナント化することはないんだが、それもな……」


 火葬という文化がその昔はあったのだが、現在は土葬が主流なのである。枯黒病が流行した時代は、死体が溢れ死体から発生する毒を防ぐため火葬を行う事もあったのだが、できる限り死体を残したまま埋葬するのが望ましい。御神子教の教えの影響でもある。


「現状は、墓地周辺は夜間通行禁止としているんだが、それでも完全に守られているわけでもないんで、襲われたり行方不明の事件は発生している」


 中には腕試し感覚で若者が数人で墓地を夜間訪れ、そのまま行方知れずになることもあるという。


「地下墳墓の捜索はなされたのでしょうか」

「いや。というよりも、見つけることができなかったというのが正しいだろうな」


 一通り騎士団と墓地の管理責任者である教会の者が確認して回ったのだが、それらしきものが潜んでいる事は無かったそうだ。


「白骨化した遺体ばかりで、生きているかのような死体は見当たらなかったんだというな」

「レヴナントに関して……少々調べてから調査に取り掛かります」

「承知した。まずは、依頼の受領書にサインを頼む」


 彼女に差し出された書面にあるのは、騎士団と宮中伯からの連名依頼であった。





「レヴナントね」

『俺が魔術師やってる頃にも、研究しているやつがいたな』

「……そこ、詳しくお願いしてもいいかしら」


『魔剣』曰く、召喚術師とか死霊術師と呼ばれる魔術師の類がいるのだそうだ。召喚術師は悪魔や魔法生物・精霊をこの世界に呼び寄せる術の研究。死霊術師は、死んだ人間の魂や肉体を操る研究であり、宮廷魔術師のような公職では禁呪扱いになっているものでもある。


『まあ、ほら、儀式の過程で生きた人間の生贄とか、心臓とか血液とか……要求し始めるしな。死霊術師なら、死にたてホヤホヤの死体なんて簡単に手に入らないから、生きている人間を殺してから始めたりする奴もいるから……不味いんだよなぁ』


 死んだ人間を生き返らせたい、人知を超えた存在を呼び出して未知の知識を得たいといった欲は理解できるのだが、その方法が許容できない内容である事が多いのだという。


『悪魔辺りだと、人間の魂と交換でって話になるから、まあほら、自分のでなく勝手に他人の魂を対価にする奴もいてだな……』

「それって……」

『発想は人攫いする奴らと同じだな。学院の奴らとか、いい取引材料にされかねねぇな。魔力が高く、若い未通の女……だからな』

「下衆いわね」


 自分を含め、学院の魔力持ちの者たちは、死霊術師にとっても召喚術師にとっても価値のある存在となることを彼女は認識したのである。


『それとだ、レヴナントを作り出す存在に……ヴァンパイアがいるのも忘れるな』

「あれって実在するのかしら。精神的な病ではなくって?」


 百年戦争時の英雄の一人が後年、自分の領地で少年を攫って虐殺したとされ、『吸血鬼』『ヴァンパイア』と称されたこともある。因みに、ヌーベ公もそう称されることもあるのだが、好戦的であることから血を好む=吸血鬼という蔑称に近い呼び名だと考えていたのであるが……


『新大陸やカナンの地に死人を使役する術があり、それを持ち込んだ可能性もある。死人を動かすというカラクリが俺には分からねぇけど、あると思って行動した方が良いだろう。あと、お前らは美味しいターゲットになるってこともだ』


 学院の生徒たちは魔術師の卵であって魔術師ではない。魔力はあるが使いこなすまで行かないので、捕らえられてレヴナントとなれば魔力を有さない者よりも強力な存在になりかねない。


「レヴナントに関しては……情報収集からね」

『文献だって限られてるだろうし、宮中伯やギルマスだって大したことは知らねえじゃねえか。一体、どうやって調べるんだよ』


 彼女の祖母は子爵家直系の子孫、そして、老土夫は王都の人間が知らないか忘れている情報も持っている可能性がある。まずは、その二人に相談するのが良いだろうと彼女は判断した。




 

 学院に戻り、まずは祖母に相談する。祖母は、子爵家の過去の記録の中に、蘇った死体に関しての記載があったという。


「レヴナントね。あれは、魔力で死体に悪霊を降ろしたものじゃなかったかい」

「……御存知なのですか?」

「動く死体人形のようなものだろ? 人間の魂をとどめることができないので、代わりにその辺にいる下級の精霊を人間の肉体に封じ込めるのさ」


 『魔剣』は彼女の祖母の話を聞きながら「『猫』ってその逆だよな」などと考えてしまう。死んだ肉体に人間の魂をとどめることができないので、別の魂を魔術で封じ込め、死体が動くようになるという事なのだろうか。


「そうすると、精霊に命じて死体を動かしているだけなのですね」

「まあ、最初は死体の周りに元の魂が存在するので、その干渉で元の人格に似た行動をとるみたいだけど、時間が経つと元の魂が天に召されるから、残った下級・低級の精霊の感情で動くようになるのさ」


 彼女は思う……それでは、ゴブリンのような行動をしかねないではないかと。下級・低級の精霊とは知能としては幼児並みであり、尚且つ自分の感情のままに振舞う。レヴナントが人を襲う理由は、自分の必要とする魔力を吸収する為なのかもしれない。


「魔物とは違うのでしょうか」

「人間の死体が魔術で動いているのが基本型で、その魂が動物に近い低級の精霊であることが多いのだから……死体自体を破壊するのが簡単だろうね」


 この場合はたして、「汚物は消毒だ!!」的解決法で良いのだろうかと……彼女は思うのである。


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