第十幕『レヴナント』
第87話-1 彼女は新たな不穏な噂を耳にする
騎士団から冒険者ギルド経由で受けた依頼。特に宮中伯に報告する必要はないのだが、大猪を飼うことになったり、ゴブリンが脳を喰らう事で人間の能力をある程度吸収する可能性に関しての報告を行うことにしたのだ。
宮中伯は学院の院長であると同時に、彼女の父である子爵の上司でもある。つまり、王都圏の差配を行う役職者なのだ。その宮中伯から、人攫いの組織に関しての情報がもたらされる。
「御神子教の教皇領のあるビジョン……ですか」
王国内の南都の南に、御神子教皇領の飛び地としてビジョンという都市がある。一時期都市国家として独立していたのだが、周辺の王国に帰属しつつ王国から独立を継続し、いまでは御神子教皇の支配下に
収まっている紆余曲折のある都市である。
「ニースの人攫い商人、レンヌのご同類、遡っていくと、その場所に関係が深いという事が分かっている」
宮中伯からの情報。彼女たちでは手に入れることができない捜査情報も、王国の高級官僚、治安担当となればそれなりに集められるのだという。
「ヌーベとビジョンはそれほど近くないのですが」
「古帝国時代からの繋がりがあるみたいだね。王国以前からの付き合いという事で、王国と対立する、王国を混乱させる理由はあるね」
法国北部を帝国と争ったこともある王国からすると、法国も王国内で何らかの破壊工作を継続中という事なのだろう。
「浸透するとともに、王国の人間を売却して活動資金を得る。正直、やりたい放題にされていると言えるね」
「いまの騎士団や各領邦の領主では、阻止できない」
「うんそう。王都の騎士団は王家の直轄領以外にはいろいろ手続きが面倒で人攫い程度では立ち入れない。各領邦も同じだね。自分の領地の外では活動できないし、無条件で殺す処分もできない」
そこで、「正当防衛」にかこつけて組織に攫わせてから皆殺しを学院の戦力にやらせたいと……そんなところか。ヌーベの城塞での事件で味をしめたのかと思わないでもない。
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それとは別に、王都内で不審な事件が発生しているのだという。騎士団を中心に捜査を行っているようなのだが……
「『レヴナント』……ですか」
「ああ。騎士団では追跡しきれないのだよ。それに、魔術師なら近接戦闘で殺されかねない」
「高位の冒険者に依頼を出すのがよろしいかと思います」
「……だから、お前たちだろう」
彼女は自分が『濃赤』等級の冒険者であることを思い出した。一年足らずの間に高位冒険者とギリギリ見なされる『濃赤』等級まで昇格してしまったのは、学院設立と同程度に思いもよらないことなのであった。どうしてこうなった……
「これは、ギルドを通しての『指名依頼』扱いにするつもりなので、拒否するとペナルティがあるようだな。それに、解決すれば、『薄青』等級への昇格の条件を一つ満たすことになるのだそうだ」
冒険者として細々やっていくことなど既にできない等級まで昇格している彼女である。今さら赤でも青でも関係ないのだが、学院の評価を上げるためには冒険者としての階級を上げることは分かりやすい事なのかもしれない。
「どのような内容か、ご説明いただけますでしょうか」
「早速、本題だ」
宮中伯曰く、これは王都の治安のみならず都市計画にも関わる事なので、彼女の子爵家にも関係する問題なのだという。
「現在、王都の共同墓地となっている『サンイノス』の教会がある。人口増加に伴い死者を弔う数も増えて、墓地に埋めた死体から染み出る汚水で地下水が汚染され、井戸水の水質に問題のある場所も出ているのだ」
人口五十万の王都に加え、周辺村落の遺体も回収しているので、既に墓地の管理が行き届かなくなっているのだという。
「現在、王都の郊外、具体的には西の街道方面の森を切り開き墓地を移転させる工事が行われているのだが、墓地の移転は数年先の話となる」
宮中伯は頭脳が明晰故に、必要な情報をきちんと提示する話し方をする。つまり……話が長い。
「依頼の件というのは?」
「墓地に『死に戻り』が現れる。特に地下墳墓の中に潜んでいるという」
地下墳墓は、遺体の埋葬場所に困った数代前の司祭が埋葬してある古い白骨化した遺体を、王都建築に使用した石材を切り出した地下坑道に納めた場所を言う。古の帝国にも同様の埋葬した場所があると聞いたことがある。
「その噂は、どのような経緯でもたらされたのでしょうか」
「……墓守や墓地周辺に来たものが夜間襲われることがある」
「それが、『死に戻り』であると。強盗や辻斬りの類ではありませんか」
王都でも、深夜に出歩くものが強盗に襲われ金品を奪われたり、度胸試しとばかりに行きずりのものを剣で斬りつける者が現れる。それとは違うのだろうか。
「武器を用いず素手なのだ。また、噛みつきもする」
「……人ではありませんね」
墓地は城壁のような壁で囲まれており、夜間は門も閉じられるので、墓地の中に入ることもできず、また出ることもできないはずなのだ。
「襲われて助かった者の話によると、『死人のように顔色の悪い目の虚ろな者』に襲われたと言う。また、日が落ちた夕方以降か、日の出ない曇りもしくは雨の暗い日中に限られている」
「それで……ですか」
『レヴナント』とは、死体に魔術を用いて蘇生を施したものであり、禁忌とされる存在だ。死んだ者の意識を残しており、また、死体が朽ちるのでなければ、生前の力を用いる事が十分できる。本来の人体が崩壊しかねない限界を越えた力まで発揮することができるため、魔力による身体強化を行った者ほどの力を発揮する。
「レヴナントは、人の生命力もしくは魔力を吸収することで、自らを強化する事ができるとか……」
「初めて知りました。そのレヴナントの討伐が目的なのでしょうか」
「一義的にはだ。魔術を用いて使役する者の特定、その目的と背後関係の把握、そして当該魔術師の捕縛までが依頼の対象だ」
彼女は深く溜息をついた。
「溜息をつく暇もなくなるのだよ、未来の伯爵殿」
宮中伯から不穏な言葉が聞こえてくる。確かに彼女は叙爵する予定なのだが、成人後男爵であったはずだ。デビュタントは……王太子様がエスコートするということも王妃様から非公式に伝えられている。王女殿下のたっての願いだそうだ。
「男爵ではないのでしょうか」
「当面はだ。リリアルがある程度形になる数年後、遅くとも十年以内にお前は男爵から伯爵となる。理由はわかるな」
「……騎士団を自前で持てるのは領地を有する伯爵家以上であるからでしょうか」
「その通りだ。『リリアル騎士団』という仮称になるが、王都圏の治安維持活動専門の騎士団を保有してもらう。諜報組織と対魔物即応部隊を兼ねるだろう」
そこにニース商会の諜報部門を関係させ、王家と辺境伯家と子爵家の合同運用になると考えられるのだという。
「辺境伯家の騎士団との人事交流なども考えていると聞いているのだが……」
「……寡聞にして私は存じません」
「ああそうだろうな。前伯爵と国王陛下にブルグント公にレンヌ公が絡んでいるから、国家機密レベルだろうな」
今まで関係した高位貴族、それも連合王国や法国との直接間接に対抗している方達の肝入りということなのだろうか。
「今回のゴブリンの報告書も評価されているのだよ。うかつにゴブリン討伐を冒険者に依頼するのも問題のようだな」
「下位の冒険者であれば問題も少ないですが、魔術師や高位冒険者の場合、ゴブリンが強化される可能性もあります。また、上位種の頭部は討伐証明部位として必ず回収をするべきです」
「王国内の冒険者ギルドには通達を出している。とはいえ、ゴブリンを侮る騎士や冒険者の意識を変えるのは、中々に難しいだろう」
ゴブリン一匹は弱くとも、集団運用されれば徴兵された戦列歩兵のように効果を発揮する。ゴブリンを操るものがいるとすれば、その方向に舵を切っているのだ。
――― レヴナントもゴブリン同様じゃないといいのだけれど
ゴブリンだけでなく、人間の死体が集団で村や町を襲うなどという事態が起こるとは彼女は考えたくないのである。
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