第86話-2 彼女は騎士とゴブリンの村塞を見分する


「では、学院につくまでが依頼なのだから、気を引き締めて帰りましょう」

「「「はい!!」」」


 猪を見返りに、依頼を受けた村で馬車を出してもらうことにした。流石に歩いて帰らせるのはかわいそうに思えたからである。赤毛娘は伯姪・黒目黒髪の三人で癖毛の新境地について話をしている。いてもいなくても話題の中心なのは人気者だから……だよね。


「しっかし、意外だったよね。あいつのパンチはさ」

「う、うん。あんな大きな猪の顔を殴れるとか……凄いと思う」

「まあほら、あいつも必死だったんだよね。みんなに置いていかれそうだしさ。ミスリル糸を撚るだけってのも、なんだか寂しいじゃない」


 最近の癖毛の日課は、糸撚りをして魔力を通しつつミスリルを塗布するという見た目のんきな仕事なのだが……


「あれ、魔力一定でずっと保つの大変なんだよね」

「そうなんだ。苦手なのに、随分頑張るよね」

「暴走することないから、その面では心理的に楽なのと、じいちゃんについていて貰えるから……安定したのかもね」


 生意気で自信家であった癖毛は、最初いきがっていたのだが、魔力の大きさを制御できず、ある意味落ちこぼれていた。途端に意気消沈してしまい、本来の小心さが顔を見せていた。


 祖母がきて声を掛けてくれるようになり、可愛がられ、そして自分にしかできないとばかりに老土夫に目を掛けられ……やる気にならないわけがない。


『あいつは基本、お調子者だからな。俺に似ているし』

『否定できませんね。ともあれ、才能が活かせそうで何よりではありますな』


『魔剣』は自分に似た才能ある少年を心配していたようであり、『猫』はその成長が主の助けになると思い安堵している。


「でもさ、猪の使い魔ってどうなの?」

「豚は犬ほど賢いみたいだし、遠吠えもしないから良いっていうわね」

「でも、大きすぎませんか?」


 馬車ほどもある大猪……猪小屋が必要な気がする。さらに、あれはよく食べる。馬や牛と違い、反芻動物でもないので人間と同じようなものを食べるのである。


「団栗とか……たくさん食べる……」


 赤目銀髪も猪談議に加わる。豚は秋に冬を越させるために食べ溜をさせるのだが、許可を取って森の中で秋の味覚を採取させるのだそうだ。


「うーん、餌代かかりそう」

「森で自給自足かな」

「あいつも一緒にって?」


 あはははと笑う女の子って怖い。もう少し、癖毛に優しくしてあげて欲しいものだ。


 この馬車に乗っているのは討伐に参加した学院生だけであり、猪と使用人とバックアップの学院生は別の馬車に乗っている。御者は薄赤メンバーがこなしてくれている。馬車を返したら、預けてある馬で戻ってくる予定なのだ。


「先生……これがずっと続くんでしょうか……」


 碧目水髪が呟くように話をする。顔をこちらに向けはしないが、学院生がみな耳を傾けている気配がする。


「ええ、今回は楽なものね。数も少ないし、冒険者の方達の応援もあったでしょう。学院の生徒の将来は、王国を護るための仕事を担ってもらうことにあるのよ。今日のゴブリンだって、調べて見なければだけれども、飼われていたり仕向けられている可能性もあるのよ」

「……そうなんですか……」


 とはいえ、向き不向きもあるのでポーション作って生きていくことも立派な仕事なのだ。


「勿論、先になれば後輩も育ってくるでしょうし、いつも参加してもらうのは……ある程度決まってくると思うのよ」

「ぁたしは参加します……弓があったほうが……有利だから」

「も、勿論、あたしだって『あんた凹んでたじゃない』……そ、それはぶん殴り過ぎたの思い出して気持ち悪くなっただけだし……」

「最初は無我夢中なの。そのうち、戦っている自分とそれを横とか上から別の視点で見ている自分に分かれるようになるわ。そうすれば、もっとあなたは強くなる」


 視界の端で茶目栗毛が頷いているのが見える。伯姪も「そうなんだよねー」と賛同する。


「慣れでしょうか」

「いいえ。そうでなければ、死ぬからよ」

「……死ぬ……から……」


 自分たちが少数の時、視界の外から不意打ちを喰らう事もある。自分の感情を切り離して客観的にみることができなければ……


「今日のゴブリンたちもそうだったのでしょうね。指揮官が死んで誰も指示をだすことができなくなってたのがあいつらの敗因。最後まで自分自身を自分で指揮し続ける事が生き残る秘訣なのではないかと思うわ」


 とはいえ、彼女はまだまだ経験の浅い十三歳……もうすぐ十四才の女性なのではあるが。年端もいかない少年少女を指揮して魔物討伐とはと、彼女は小さく溜息をつくのである。



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