第83話-2 彼女は大猪と学院生を対峙させる
大猪討伐。恐らく、数百㎏はあると思われる猪。猪の急所は牙の後ろの首の血管、もしくは動きを止めてからの心臓への槍の刺突となろうか。
「猪討伐は俺たちは参加しなくていいのか」
「ええ、学院生だけで討伐します。練習ですので」
「ま、小さいのはいい加減狩り?したから、仕上げみたいなものなのよ。心配は……多少あるけど」
伯姪は正直者である。自分の背の高さよりはるかに大きな小屋ほどもある猪を見て、平常心を保てるかどうか微妙だ。恐らく茶目栗毛や赤目銀髪は問題ないだろうが、それ以外がどうなるか。
茶目銀髪の槍では心臓まで届かず、赤目銀髪の弓も、今のものでは精々牽制が限度だ。
「いざとなったら、私たちで何とかしましょう」
「儂も試したいことがあるんじゃよ」
今日は荷物運びとして参加している癖毛にも何か任せたいようなのだ。とはいえ、剣も槍も装備していない。なにをさせるのかはその場でのお楽しみとでも言いたげなのだ。
「その時は、あなたが責任をもって安全確保してくださいますか」
「おお、勿論じゃ。チャンスを与えてくれること、感謝するぞ!!」
癖毛も横でぺこりと頭を下げる。結局、冒険者登録していない者も含め、学院生全員が今回参加しているのだ。仲間外れイクナイと言われたこともあるのだが。
大猪を引っ張り出すのは彼女の仕事。廃砦の壁の上から矢で挑発するのが赤目銀髪と歩人。ミスリルの鏃を三本まで使用する。あとは、周りの猪に普通の鏃で牽制し、大猪の後背を断つ。
猪の正面を受けるのは黒目黒髪。彼女が二面の魔力壁を展開し抑え込み、その横で碧目水髪が三面目を形成し封じ込める。その後、魔力壁越しにミスリルの槍と剣で足を痛めつけ動けなくするまでが仕事だ。
「仕上げというか、止めが難しいわね」
足を付いた時点で心臓は腹の下に入ってしまう。首回りも大きな筋肉で血管まで刃が通る可能性は低い。
「最終的には、私が魔刃剣で斬り落とすことになるかしら」
「……なんかカッコいい名前じゃない? 魔力多いからってズルいよね」
「なら、あなたも使えるようになれば譲るわよ」
「ふふ、もっとカッコいい技、考えてるから遠慮しておくわ」
『魔力』を『刃』に変換する『剣』なので『魔刃剣』という名称であって、魔人の剣ではないので注意していただきたい。魔神でもないからね!
彼女と伯姪と歩人が先導し、廃砦に移動する。歩人と赤目銀髪が気配を消して廃砦に接近し壁の上に上がり、彼女もそれに続く。伯姪を中心に黒目黒髪と碧目水髪が砦の正面50mほどに布陣し、その左右に学院生の槍や剣を持ったメンバーが半円形に展開。その後方に、老土夫と癖毛、薄赤パーティーが待機する。
「始まるわよ」
壁の上の彼女が手を振り、そして、砦の中に飛び降りるのが見える。
彼女に大猪の居場所は見当がついていた。何故なら、魔力が少々ある魔物になりかけの猪であったからだ。もしくは……
『ゴブリン喰ったからだろうな』
「あのサイズの猪ならあり得るわね」
幼児くらいなら普通の猪でも喰い殺すことがある。噛む力も強いので、頭ごとバリバリ食べることができるだろう。結果、魔物に進化したというところではないかと思われる。
砦と言っても、ヌーベの山賊のいた砦とそれほど変わらないサイズであり、主塔の一階奥にいるようである。彼女は主塔の前の扉の跡の前まで飛び降りる。勿論、気配を消している。周辺には猪の抜け毛だらけだが、糞尿の臭いがしないのは、城の外で用を足しているからだろう。なかなか賢い。
『豚は犬並って言われてるし、綺麗好きだしな。猪もそうなのかもな』
『魔剣』のつぶやきを聞きながら、中の様子を伺うと大猪は睡眠中のようであった。
「さあ、始めましょうか」
熱した油球を数個作り出すと、中の大猪に向け放つ。
『BuGyaaaaaaa!!!』
猪大絶叫である。周りの猪がワサワサと動き出し、大音響とともに主塔の一階の壁が倒壊する。中から出てきたのは、油まみれで怒り狂った強大な猪である。
「射かけなさい!!」
巨大な頭にミスリルの矢が数本突き刺さる。さらに怒りを込めて外壁に突撃を加える大猪。壁が崩れる前に、隣の壁へと飛び移る射手二人。通常の矢を射かけながら、砦の壁伝いに逃げ回り、大猪は矢の飛んできた方向に向けて幾度も突進する。
『頭いいな。まあ、当然か』
猪の安全地帯である砦を大猪自らが破壊してくれた方が楽だから当然だ。村の良い石材置き場となるだろう。
「このくらいはサービスしてあげるわ。大した手間ではないのだから」
怒り狂う大猪の姿に、子分の猪どもが逃げまどい、やがて森の中へと一頭また一頭と逃げ出していく。ゴブリンも狩られてしまえば、森の中で縄張り争いをするただの猪に帰っていくことだろう。
いい加減足場を失った二人は後方に引き上げていく。さて、ここから先は彼女の仕事になるだろう。
大猪の前で巨大な魔力の壁を作り、その壁で猪を……殴りつけた!!
クラクラと頭がふら付く大猪の鼻面に、魔力で強化した拳を叩き付ける。猪は絶叫し、彼女の臭いを覚えたようで、彼女の逃げる方向に向かい走りだしたのである。
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