第83話-1 彼女は大猪と学院生を対峙させる
翌朝、早々に学院生と冒険者は村に向かった。女性は馬車に乗り、男は徒歩で。彼女と伯姪は騎乗するのだが。
「村で準備している間に、ゴブリンと猪の偵察に行ってくるわね」
「じゃあ、村での段取りを騎士団の分隊と村長相手にしておくわ。怪我人がでたら、使用人の子たちに処置させるから」
「それでお願いするわ。事前に桶にいくつか水を汲んでおいてもらえるように手配してちょうだい」
「そうだね。怪我してもしなくても、血だらけになるはずだもんね」
猪を狩り、取って返してゴブリンの村塞を焼き討ち皆殺しにする予定なのである。
村に到着、騎士団の門衛に一両日の情報を確認すると……
「ゴブリンが何匹か村に寄ってきたので、追い払いました」
今までない現象が確認できた。ジェネラルを失い統率が取れなくなっている関係で、それぞれのグループのリーダーである上位種が勝手に行動している可能性もある。
「追い払ったゴブリンに、鎧兜を装備した上位種らしき個体は確認できましたか?」
「いいえ。手に剣や斧らしき武器を持ってはいましたが、いわゆる小鬼たちでした。こちらが気が付いて近づくと逃げていきました」
「……追わずに正解でした。陽動かもしれませんから」
「ああ……そうですね。俺達まで喰い殺されたら、ゴブリンナイト増えますもんね」
兵士の脳を喰い兵士の能力と武具を装備したモノを「ゴブリンソルジャー」、同じく騎士のそれを「ゴブリンナイト」と便宜上呼びならわしているのである。
「昨日拝見したジェネラルはすごかったんでしょうね」
「騎士団の隊長さんクラスだと思います」
「……身体強化に魔力付与までできていたという事でしょうか」
「装備も含めてその程度だと思います。魔剣士に魔術師に騎士と最低三人の脳を食べたそうですので」
「………気を付けます我々もそうならないように」
「ぜひお願いしますね」
調子に乗ってゴブリンを追い散らした結果、自分が喰われゴブリンが強化されたかもしれないと知り、騎士の顔色は青くなったのである。
彼女は歩人を伴い、まずは猪の拠る廃砦に向かう。猪は早朝と夕方の薄暮時期に行動しやすいが夜行性と言わけではない。目が悪く鼻が良いので、明るさはさほど重要な要素ではないというだけである。
「で、あの小山のような猪、どうするつもりなんだ……でございますお嬢様」
「……廃砦に入り込んで挑発、表におびき出して袋叩き……かしらね」
『容赦ねえな。まあ、あのデカさだと味は絶対悪いから、犬の餌みたいな使い方しかねえよな』
『大猪が倒され、ゴブリンの村塞が消えれば、猪の群れも散り散りになるでしょう』
群れていれば危険だが、単独なら特に問題がなくなる。あとは、あの廃砦を使えなくする程度で問題がないだろう。どうやって使えなくするかは未定だが。
『それも依頼じゃねえかな』
「それもそうね。ただ働きはいただけないもの」
銭ゲバというわけではないが、無料の奉仕を行うのは平等ではないし、学院に対して安易に問題を持ち込ませる契機になりかねないので、あくまでギルドや王家を通して依頼を受けた場合のみ活動をすることにしなければならない。あの村の村長も代官の男爵も図々しい気がするからだ。
廃砦に到着すると、興奮した猪が何頭か出入りしている。廃砦の周辺には壊れた粗末な槍や倒れたゴブリンの死体。どうやら、ゴブリンが狩りに来たようで撃退されたのだろうか。
「早速、統制が取れていないようでございますね」
「ええ。ジェネラルなら魔狼含めて上手に狩りをしたでしょうけれど、少数の群れに分かれたナイトクラスの指揮官では、精々十に満たないゴブリンの集団。失敗したのでしょうね」
『あのゴブリンども、食料の調達どうしてたんだろうか』
自給自足する可能性もあるが、それでは目立ってしまう。数日おきに食料を与える存在がいる……可能性もある。
『指揮官がいなくなり、餌の分配で揉めた結果、弱い集団が猪を捉えようとした。もしくは、村を襲うべく偵察に来た……という可能性もあります』
彼女は群れの統率が取れていれば、依頼の村を襲う可能性も高かったと判断するが、四分五裂した現状ではその可能性が低いと判断する。ゴブリンが偵察した後、村を襲うのは代官の村で自分自身が経験したことである。
「猪も気が立っているのであれば、容易に挑発に乗るでしょう。あなたは先に村に戻り、皆に状況報告を。準備が整い次第、大猪討伐を行います」
「畏まりましたお嬢様」
歩人は村に取って返し、彼女はさらに森の奥にあるゴブリンの村塞に向かう。
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『一見変わらないように見えますが……』
「小集団ごとに小屋に集まっているわ。昨日までの駐屯地然とした計画的な配置ではなくね」
昨日、魔力で配置を確認したときには役割ごとに配置された場所に見張を含め様々にゴブリンがいたのだが、今は三つの小屋に小集団が分かれて集まっている。魔狼に警備は任せたのか、見張櫓にも歩哨の姿は見受けられない。
『ここまで違うんだな。まあ、普通のゴブリンの群れっちゃ群れだな』
ジェネラルのさらに上位種による強制なのだろうか、昨日のゴブリンは兵士らしくあった。今はその面影もない。
「ありがたいわね。初陣でジェネラルの指揮する小隊規模の軍隊と対決するのは、いささか気が引けるもの」
『それはそうだな。お前や冒険者が前に出て見てるだけになりかねないからな』
やろうと思えば、昨日の時点でこの群れを彼女一人で倒すことも可能であった。少々手が掛かるのだが。今回は、学院一期生に討伐慣れさせるのが目的なのだ。四つ足の動物を倒すのと、人の形をした何かを殺すのでは殺意の強さが異なるからだ。
「殺し屋集団みたいね」
『騎士団だって軍だって目的は敵の戦力を無力化すること……なんていえば聞こえがいいが、傷付け殺すことで戦えなくすることだからな。兵糧攻めってのもあるが、基本は殺す前提で傷つけることだから。慣れねぇとな』
そう言われると、自分も随分慣れたものだと彼女は思うのである。躊躇する事は無いが、慣れてうれしいものでもない。
『あいつら大丈夫だろ? 自分たちの存在意義、理解していると思うぞ』
『そうです。彼らは未来の騎士たちなのですから』
『魔剣』と『猫』が言うことも嘘ではないのだ。
後年、リリアル学院を卒院したメンバーにより編成された王家と王都と民を護る騎士団は『聖母騎士団』もしくは『サンマリ・オーダー』と呼ばれることになる。
その任務は、山賊・海賊などの賊の討伐に、不法な手段で利益をむさぼる組織の摘発、魔物の討伐に施療院・孤児院への支援を行うものである。それは、既に教皇により破門され異端として処罰された『ソロモン騎士団』の活動に似ているのだが、王国の孤児出身者と王家の庇護を受けたものによる
奉仕活動が存在する趣旨だ。
ソロモン騎士団は『聖征』と呼ばれる、サラセンの支配するカナンを開放するという名目で行われた王国・法国・帝国の貴族による軍事行動であり、教皇が提唱することで何度か行われた事業の中で頭角をあらわした。
その当初の目的は、カナンのソロモンの神殿に詣でる御神子教徒を護る為に開いた施療院を運営する修道士の集団から始まった。とはいえ、寄進をする者が増え、また、騎士団に所属する為には私有財産を騎士団に全て寄進する必要がある事から、多くの不動産を有することになる。また、金融業にも手を出したため、世俗の君主をしのぐ力を持つようになった。
結果、その財産を狙われ……異端として処分されてしまったわけなのだ。
リリアルとの最大の違いは……王国の騎士団で、御神子教とは何の関係もないということと、世俗的特権を有していない点がある。また、リリアル伯爵家の私兵という側面もある。(騎士団発足時に伯爵家に昇爵)
後年、長きにわたるリリアル学院と騎士団の活動を称し、リリアル男爵は宮中伯の爵位を授与され、『王都総監』の地位を与えられている。王都の開発、防衛・警備、治安管理に関する助言を与える存在であり、王室情報部としての性格を考慮されたものである。
――― それはそれは長い道のりの先にある出来事なのだが。
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