第82話-2 彼女は両手剣に振り回される
そう遠くない時期、薄赤戦士は冒険者を引退することになる。薄赤野伏がリーダーとして独り立ちできるようになり、僧侶と剣士が冒険者としての経験を積めばである。何より、冒険に必要な脚力がもうあまりないのだ。
護衛任務を中心に受けているというのは、馬車での移動を中心に、足に負担がかからないためでの苦肉の策も兼ねている。勿論、野伏の交渉力や女僧の女性ならではの護衛対象、剣士は……剣士である。
「少し先の話になりますが……」
「……俺の事か……」
薄赤まで上がったとはいえ、濃赤以上でなければヘッドハンティングは難しい。足に障害があり、戦士というクラスも特別なものではない。野伏や僧侶であるなら、潰しが利くのだが、戦士・剣士は引退後の需要があまりない。体力前提のクラスだからである。
「学院に、冒険者の講師として招きたいのですが」
「……俺は戦士だぞ。薬師や魔術師に教える事なんてない」
「いいえ、冒険者として共通のスキルを身につけさせたいのです。『野営』を行う場合、『護衛』を行う場合、依頼の受け方、報酬の決め方、それに、冒険者ギルドに登録する場合の手続きも、経験者でなければわからないことが多いではありませんか」
彼女は幸い、冒険者となる前からポーションの供給者としてギルドに認知されていたので問題は少なかったが、薄白から濃黒までの間で半数が脱落するのが冒険者の世界だ。
「それに、『護身』としての短剣術、魔物の習性と採取のために必要な部位、怪我をした場合の応急処置……薬師だって薬を作るだけでは役に立ちません。実際、採取に向かうためには冒険者の能力が必要です」
薄赤戦士はなるほどと思うのである。その話を聞くとはなしに聞いていた女僧が話に加わる。
「学院が大きくなるころには、俺も引退して冒険者の講座持たせてもらえたり?」
「その時は、お願いします。可能であれば、現役の時にも学院生の素材採取の実習同行の指名依頼しますね」
「いいね、楽しそうです」
女僧と剣士は……思えば随分と差がついたものである。女僧が王女殿下の近衛に採用された場合、三人だけでは依頼を受けることは難しいかもしれない。その場合、学院生の中で冒険者希望の回復役が育てば、育ててもらうつもりで預けることもいいだろう。
それに、薬師・魔術師と冒険者は親和性が高い。素材採取に重きを置くのが薬師であり、冒険者とは川上川下の関係でもある。自分がそれを兼ねることも可能ではある。彼女のように。
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さて、新しく入手したミスリルの装備。バックラーは赤毛娘、碧目水髪と赤目蒼髪に装備してもらう。魔力量に余裕がある中程度の保有者で前に出る赤毛娘、弓手の護衛である赤目蒼髪に、守りつつバックラーを通して打撃を与えられる碧目水髪という按分。
ミスリル系打撃武器は、モーニングスターは振り回して当たればOKのアバウトさを生かす赤毛娘、エレファント・ナイフと呼ばれるブージは刺突と斬撃を使い分けられることを考慮し、見張櫓の階段を抑える赤目蒼髪に装備させる。ザグナルは青目蒼髪に装備させる。剣を使いこなすには少々、経験不足だからだ。
「まあ、後のメンバーは剣なり弓なり使いこなせるから問題ないわよね」
「それと、まるで使わない方が良いか……かしらね」
黒目黒髪は魔力による攻撃に専念させるし、弓使いも防御は魔力によるものにする。但し、自衛の為のダガーはミスリル製のものを与える。これで、全員がミスリル製の武器を装備したことになるだろう。
「では、明日は午前中に廃砦の大猪を討伐した後、ゴブリンの村塞を強襲します」
「……なんでですか?」
赤毛娘からの質問に、彼女は簡単に答える。
「ゴブリンがいなくなれば、あの猪たちが恐れるものはいなくなります。大猪が村を襲撃しないとも限らないので、事前に討伐をします」
というのは一つの理由であり、本当は学院生に殺し慣れてもらうということにある。勿論、村で先に捌いてもらい、帰りにその肉を持ち帰って祝勝会を執り行いたいからでもある。数日寝かす必要があるのだが。
「それと、あらかじめ伝えておきます。目の前で涙を流し命乞いするゴブリンがいたとします。そのまま殺しなさい」
「「「……え……」」」
明日起こりそうなこと、そして最も危険なこと。それは、命乞いをする敵を容赦なく殺せるかどうかだ。
「今回はゴブリンだけどさ、これからは山賊とか人攫いとか討伐することもあるんだよ。その時、『反省する』とか『命ばかりはお助け下さい』なんてことを言ってくる奴がいる。無視しなさい。逃がせば、また同じことをするんだから。その場で、反撃されて自分や仲間が死ぬかもしれないんだからね」
「そうね。何か話し始めたら殺しなさい。黙らなければ殺すと宣言しなさい。黙ったなら殺しなさい。とにかく、あなたたちの目の前にいる敵は心臓が動かなくなるまで殺しないさい。手足を斬り落とし、首を斬り落としなさい」
伯姪に続き、彼女がさらに言葉を重ねる。
「大事なことなのでもう一度。敵は確実に殺す。首を斬り落とす。復唱」
「「「「敵は確実に殺します!!首を斬り落とします!!」」」」
「帰って美味しく晩御飯を食べたかったら、さっさと殺しなさい」
「「「はい!!!」」」
軍隊で最初に徹底して命令に従う事を刷り込むのは、戦場で躊躇させない為でもある。娑婆では人の命を奪えば重犯罪者で、死刑一直線だから、普通は殺すことを躊躇うのが当然なのだ。それが、戦場では命とりになる。
まして、年端もいかない子供がゴブリンとはいえ、言葉を発し命乞いするものを淡々と殺せるかどうか……少々怪しい。鈍器や飛び道具はともかく、剣や槍ではすぐに死なないからである。
「話を聞く暇があれば止めを刺しなさい。必要な情報はあなたたちに話す魔物も犯罪者もいないわ」
「違いないわ、だって、あたしたち只の子供だもんね」
「あー そうだな。間違いない。子供の話を真剣に聞くような奴は犯罪者になんてならないし、魔物はあれだ、人の真似する動物だと思えばいい」
「なら、たちの悪い動物だから、殺さないとね」
「そうそう、悪い魔物は皆殺しだ!!」
「「「「おー!!!」」」」
「猪食べ放題だぞー!!」
「「「「おー!!!」」」」
彼女と伯姪、薄赤パーティーは肉につられる子供たちに内心ドン引きであった。歩人と老土夫は一緒に気勢を上げていた。子供かよ。
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