第82話-1 彼女は両手剣に振り回される 

「……で、あなたたちはゴブリン討伐の準備もせずになにをしているのかしら?」

「準備は万端なのよ。でもほら、こんなに大きな剣をみたら……」

「儂も血が騒いでの!!」

「ドワーフが斧とか鎚とかじゃないの?」

「ば、ばっかもの!! 良い武器はそれだけで扱ってみたくなるものじゃ!!」

「……持ち主に許可取ってからにして頂戴。勝手に使うのは、あり得ないのだけれども」


 ズザザっとばかりに老土夫と伯姪が引き下がり土下座する勢いである。やっぱ悪いことしてるの分かってるんじゃないと彼女は溜息をつく。


「そんな溜息ついていると、幸せが逃げるわよ」

「一体、誰のせいだと思っているのかしら」

「でも、その新しい武器も気になるわよね」


 昨日入手したミスリルのバックラー。魔力制御も進んだ伯姪に一つ、そして、魔力中レベルの藍目水髪と赤目蒼髪に装備させることにしたのである。


「これも、自動的に魔力補充して使うたびに作動してくれると楽なんだけどね」

「そうそう上手く『できなくもないぞ』……なのね」


 伯姪のつぶやきに彼女が答える前に、老土夫ができると答える。


「これは、兄弟子のものだな」


 老土夫は懐かしそうな目で玉ねぎ型の鎚矛を眺める。


「これには、魔力を充填しておくことができるのだそうです」


 彼女は武具屋の店員に聞いた話をする。今は失われた技術だと聞いていると付け加えてである。


「いや、同じものは作れるぞ。まあ、素材は必要だがな」

「……例えば、ダガーであるとかでも?」

「ああ、可能だ。魔力を貯めておくクリスタルが必要だがな」


 いわゆる『水晶』と呼ばれるものだ。老土夫曰く、魔力を通し拡大する要素はミスリルが担えるが、その魔力を貯め込むには水晶が必要なのだという。


「クリスタル自体は鉱脈の中に紛れているので、儂らの関係者の間では入手は可能。だが、魔力を込めるだけの水晶を魔剣の中に封入する為の技術と魔力は相当のものが必要なのだよ」

「あなたにはできない?」

「はっ、儂以外の誰にできるというのじゃ。それにな、あの小僧も適性はある。失敗しても良いというなら、できるまでやらせることが可能だぞ」


 ミスリルの合金にいきなりは問題があるので、最初は青銅の剣から始めるということのようだ。青銅は融点が低く柔らかい金属なのであまり剣には使われない。鋭い刃もつけることができないので飾りにしかならないからである。


「まあ、ほれ、刃挽きの剣として練習に使えるじゃろ?」


 それもそうかと、彼女は思う。無駄にしたくないというのは、子供の頃からの貧乏性のなせる業でもあるのだが。


『鈍器としてはなかなかのもんだぜ。魔力を封印した鈍器はゴブリンや狼相手なら悪くねえぞ。あの代官の村とかこの学院の守りに使える』


 『魔剣』の提案に彼女は同意する。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 魔銀とも称されるミスリル。銀に似た輝きを持つものの、銀とは異なる組成を持つ。ミスリルを扱うには魔力を用い加工し、魔力を用いて攻撃する必要がある。つまり、魔力を持たない者にとっては並の武器と変わりがない。


 魔力を有する者にとっては、身体強化以上に魔力の消費に応じて斬撃、打撃、貫通力が向上する。その効果は、武器そのものの性能だけではなく、拡張した射程範囲を有することも……ある。


「ねえ、あなたのその剣、おかしいわよね」

「そうね。刃の拡張が発生するの。こんな感じでね」


 彼女は今、ゴブリンジェネラルから回収した両手剣を持って身体強化のうえ、魔力を通して斬撃力を拡張して伯姪と相対している。両手剣の長さはおよそ彼女の身長をやや上回る長さ。その間合いを遥かに超える数m先まで斬撃が通る。伯姪は魔力を通したバックラーで受けている。


「それでも、あなたのバックラーもなかなかの性能ではないかしら」

「それはそうね。魔力の消費が上手くなっている……からでしょうね」

「ふふ、私も進化してるってことなのね!!」


 身体能力の強化というよりは、消費する魔力の効率が良くなっているという

事なのだろう。それに、恐らくは……老土夫が声にする。


「その盾にはクリスタルが封入されているだろうな」

「だから、無駄な魔力が消費されないんだ。いいわね、魔力の少ない私向き」


 バックラーを突き出し、彼女に向かって伯姪は構える。剣技に関して、騎士の剣技で学院の中では卓越している。騎士という枠を外せば、茶目栗毛が上かもしれないが。


「クリスタル封印式の魔道具は魔力を持たない者にも運用ができる」

「ただし、作れるものは極わずかじゃ。儂と……馬鹿弟子くらいかの」

「ジジイには十年早いと言われているけどな」

「まあの、馬鹿が取れねば作れまい」


 ガハハと笑う老鍛冶師とまんざらでもない駆け出しの鍛冶見習が並ぶ。癖毛がそこまで魔力が使いこなせれば……


「隠し玉くらいになるわね。魔力バカのね」

「今の段階では……ただの馬鹿だけど。まあ、前よりは随分ましだわ」

「ええ、真っすぐに捻くれている分、容赦なく言いたいことが言えるからかしら」


 正直、出口のない迷路にはまっているような癖毛にあまり冷たいことも言えず、扱いに困っていたのが彼女たちである。


「でも、これはこれで、面白いわね」

「剣とは違うから。もう少し柄の長いものにして、ハーフスタッフのような運用もできると良いわね」


『モーニングスター』『ザクナル』『ブージ』は、共に騎乗用の柄の短いものであり、杖代わりにするにも少々短すぎる。学院生が成人する頃にはもう少し長いものが好ましいだろうか。


「それは、ほれ、柄の部分を交換すればよいことだから。時間的には後回しにするが、使っているうちに補修も必要だろうから、その辺追々だな」

「ミスリルでも傷むの?」

「柄の部分は全部ミスリルではないからな。ヘッド部分は全部ミスリルの合金じゃが、柄の部分は巻いてある糸にミスリルの糸が含まれて魔力が通じる仕掛け故、柄の部分は破損するじゃろう」


 両手剣はミスリルで刃全体が形成されているのでその心配はないが、ポールウエポンの場合、全部の金属部分をミスリルにするのはコストがかかり過ぎるので、ヘッドや刃の部分だけがミスリルなのが基本だのだそうだ。


 伯姪がザクナルが気に入っているようで、手首に柄についている革紐を通し、ブンブンと振り回している。


「騎乗したときに剣だと取り落とすかもだけど、これはないからいいわよね」

「そもそも、騎乗戦闘はないでしょうけどね」

「そんなのわからないわよ、何があるか。海賊船だって仕留めたんだから、騎乗突撃くらいやらされかねないじゃない……私たち」

「たちって、私を含めないでちょうだい」

「それは無理! あなたと私はセットなんだから」


 『妖精騎士』と『姫騎士』は確かに行動を共にしている。街娘と修道女に変装し山賊の砦を討伐した話は……すっかり大人気である。全く身に危険がなかったにもかかわらず、なぜか芝居ではお色気シーンのようにあわやの場面が創作されている。


 大体、実際の彼女を見知っている人たちからすれば……ゲフンゲフン、そういう下世話な気持ちになる事がないと言いきれるだろう。


 ウォーハンマーと呼ばれる打撃武器は、メイスの発展形と言える。鎧の進化で剣での斬撃でダメージが与えられなくなったことから、鎧越しにでもダメージを与えられるメイスが装備されるようになる。剣より先端が重く、一撃のダメージが大きなことが特徴なのだ。


 反面、剣ほどバランスが良くないため、連続した攻撃ではなく、一撃に重きを置くのはハンマー同様道具由来の斧系の武装に似ている。ハンマーと斧に槍の刺突部分を組み合わせた『ハルバード』も存在するが、重く扱いには却って習熟が必要となる。


「この手の武器は、振り回して当たったらラッキーみたいな運用だな」


 ポールウエポン使いの薄赤戦士が解説する。歩兵の使うサイズの柄の長いハンマー・ピック・フレイルなどの打撃武器も存在するので、まるっきり門外漢というわけでもない。


「俺たちみたいなポールウエポン使いなら、まずは槍のように突き合うか、鎧に鈎を掛けて引き倒すかの技が優先だから、ちょっと違うしな。そもそも、その辺りは人間の兵士相手の操法だから、魔物退治とは違うしな」


 とは言うものの、剣ほど扱いに慣れる必要もなく、身体強化をして殴りつけるだけの戦い方には剣よりダメージを与えやすいし、途中で折れることもあまり心配がない。剣は刃を立てないと折れるのだ。

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