第81話-2 彼女はゴブリンジェネラルの剣を見せる
「装備、整いましたか?」
「以前、購入し損ねたミスリル合金のバックラーが欲しいのですが」
いつもの武具屋の店員に、以前が伯姪が購入しなかった魔力を通せるバックラーが購入できるかどうか再度確認することにしたのだ。幸い、店に在庫として残っているそうで、三個購入できるというのである。
「リリアル生に装備させたいと」
「ええ。結界だけでは心元ありませんし、それに、剣も使うのが難しいので、出来れば最終的に鉄棍のようなものを装備させたいです」
いわゆる、モーンニングスターと呼ばれる杖の先に金属の打撃部分がついたもので、片手で使用できるものが良いと彼女は考えている。
「なるほど。刃を立てるのも技術が要りますし、魔術師の方ならその方がいいでしょうね」
女性は血が出るのも怖いでしょうからと店員が付け加える。
「まずはこちらを」
「これもミスリル製ですか」
「東方からの伝来で、コレクションを手放された方のものなのですが、王国では騎士がこの手のものを扱うことがなく、冒険者の方も……なので死蔵しておりました」
「……どの程度の値が付くのでしょうか」
「金貨一枚で結構です」
「……正直その十倍はすると思っておりました」
「ですね。でも、それで結構です。王都を護るためにお使いいただくのであれば、本来は無料でもいいくらいですから」
金貨一枚で百万円。武器として安くはない。だがしかし、ミスリル製であれば十枚でも百枚でも値が付けられるのだ。
そのメイスはフィンを重ねたようなものではなく、棒の先端に球根が円形に塊ったような不思議なデザインをしている。
「これは、アンゴルモアと戦った原国の騎士の遺品だそうです」
「それでは、三百年は前のものでしょうか」
「ええ。それでも、コンディションは最良です。ミスリルは含まれていますので当然なのでしょうが」
ミスリルを含む場合、錆びないことは当然だが、ある程度の傷などは自動的に補修されてしまう。魔力を通した場合だけなのだが。
「それに、このミスリルの戦鎚には魔力を貯める機能が付いておりますので、使用者が使うたびに、自動的に装備した者の魔力を吸収していきます」
「つまり、一定の魔力を常に自動的に蓄えると」
「ええ、なので魔力の調整が不要です。咄嗟に打ち合うことを考えて細かな制御を武器に委ねる工夫でしょう。騎士に魔力持ちが少なく、制御の訓練もそれほど時間を取らないという事からの作り手側の配慮でしょうか」
学院生ならそれは逃げられない習得事項なのだが、魔法騎士は騎士が優先であり、魔力は補助機能なのであるから仕方ないのだろう。
ミスリルを用いた戦鎚には、いくつか在庫があるというので、さらに見せてもらう。
「それと、こちらになります」
「随分と、ウォーピックにしては刃先が太いですね。まるでダガーのようです」
「ええ、帝国の『ベグ・ド・コルバン』に似てますが、ティムルの装備です」
ティムルとは、カナンの更に東にある帝国であり、香辛料はそこからもたらされるのだという。その皇族はアンゴルモアの系譜であるが、土着し現地の住民と混ざり合ったものであるという。
「納得できる背景がありますね」
「ええ。魔力を用いて斬ってよし、殴ってよし、貫いてよしですから。魔力が大きければなんとでもなるという騎士道とは相いれない存在でしょうか」
『ザグナル』と呼ばれるその武器は、現地の言葉でカラスの嘴というそのままの意味である。騎乗する者同士の接近戦に使われるというのは、こちらのウォーピックと同様だが、斬撃を期待するのは装備の違い故にであろう。
とはいえ、全金属のプレートを攻撃することはまずないので、魔物相手であれば刃がついているのは悪くない。振り回す方が刺突より隙ができにくいということもある。
「こちらも金貨一枚でお譲りします」
「……ありがとうございます……」
最後に今一つ、エレファント・ナイフと呼ばれるものである。
「『ブージ』と現地では呼ばれるもののようです」
その刃は角度のついたグレイブのようであり、片手斧とグレイブを足したのものように見える。
「先ほどのウォーピックをさらに刃物寄りにしたものでしょうか。振り回してすれ違いざまに斬りつけるのに向いています。象兵の騎手が装備する護身用のものと言われています。そして……個々の部分に一工夫……」
柄の部分を引き抜くと、そこにダガーが仕込まれている。刃はなく、刺突用のブレードで長さは30㎝ほどであろうか。
「なかなか面白いものです。これもミスリル製でしょうか」
「ええ。本体も、仕込みの短刀もミスリルの刃です。これも……」
ということで、金貨一枚で購入した。
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王都からの帰りしな、武具店の店員から聞いた奇妙な噂。引退した傭兵に声を掛けて回っているものの存在があるというのだ。それも、王国だけでなく、法国や山国、帝国の国境付近に広くである。
「ゴブリンどもに喰わせるための……傭兵?」
『たぶんそういう事だろうさ』
脳を喰えば経験が手に入る。もし、戦場で体の一部を失った戦力にならない傭兵たちがいれば……良い手段となる。話としては「手足がなくとも経験が活かせる簡単な仕事がある」などと言い、死にかけもしくは兵士としては活動出来ない傭兵、もしくは年老いて戦場に立てない傭兵を集める。
彼らを施設に集め、「簡単な試験をする」といい、一人ずつ木剣でも与えて試験会場に呼び出す。相手は……金属の剣を身に着けたゴブリン。そして、殺され喰われると……立派なゴブリンの上位種の誕生となる。
その対象は捕虜であったり、旅の騎士であったり、村の鍛冶屋や大工である可能性もある。あるいは、工兵あたりも必要だろうか。
「やっていることはともかく、必要なのは『軍団』を編成するのと変わらないわね」
『人知れず、ゴブリンの軍団が育成されている。キングの仕業か、それとも……』
『王国の中もしくは王国の敵に協力者がいるのではございませんでしょうか主』
神国・法国はゴブリンのような邪悪な小鬼を戦力化することに抵抗があるだろう。連合王国かその系列のロマン人の残党勢力、そして帝国の場合、連合王国側につく原神子派の存在。それは、王国内にもシンパが存在する。
「考えると、人攫い同様の存在が王国内で協力している可能性もあるわね」
『怪しいのはやはりヌーベ。それと、ロマンデは王国に帰属してから日が浅く、王国の目が届かぬ地方もある』
『レンヌの西側も同様でございますな。ソレハ伯辺り……怪しいでしょうか』
王国が力をつける事を快く思わない周辺国は多い。豊かな平野を抱える王国は食糧生産も多く、また、川を利用した水運も充実している。黙っていれば、大国となり周辺を脅かす……と思われているのだろう。
『あれだ、自分が考えていることを相手も考えていると思っているからだな』
王国が魔導騎士を配備しているのは主に防衛戦力としての国境固めの為だが、侵略に使われたらと思うと、何もせずにはいられない。国内の治安を乱すには既に、貴族の協力者もかなり少なくなっている。だから、ゴブリンや……怪しげな魔法生物などを王国内に解き放つことを繰り返しているのだろう。
『食べて応援!! じゃねえよな』
『魔剣』 のボヤキに彼女も頷く。
ゴブリンを手段として王国国内をかく乱する方策は、連合王国に原神子派の帝国貴族、王国内の原神子教とにロマン人の残党などがすべてかかわったネットワーク、シンジケートとでも言えばいいのだろうか。一連の騒動がすべて裏でつながっているなど……
「考えすぎではないかしら」
きっと、疲れているからなのよと彼女は自分自身を説得するのである。
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