第80話-2 彼女はゴブリンジェネラルの首を取る

 村塞最大のジェネラルの住居が突然倒壊、ジェネラルが大剣を構えて姿を見せると、周りのゴブリンどもが大騒ぎを始める。彼女の姿を明確にとらえられているのは、ジェネラルのみのようだ。


「流石に、あの剣を持って構えると隠蔽の効果も低下するみたいね」

『サポート能力……ブーストアップ効果もあるなら、絶対回収だぞ。まずいからな』

「ええ、心得たわ」


 ジェネラルの持つ剣は、魔力を強化する効果が付与されている。彼女でさえ認識できるのだから、一般レベルの隠蔽は無効化されると考えておかしくないだろう。能力的にも王国の騎士団の中隊長クラスだろうか。


 剣を大きく絶え間なく振り回す戦場の剣。この大剣は戦場の真ん中で単騎で戦列を乱すような用法が求められる。勿論、剣の長大さからくるリーチの差が容易に踏み込むことを許さないというメリットはあるものの、斬り合い自体を回避すればよい事なのだ。


――― 熱油球などで牽制しつつ、ダメージを与える切り口がある彼女にとってはあまり効果的な武器ではない。


 周りに、ゴブリンが集まってきているが、弓で狙うものは見当たらない。動いている彼女の周りに集まるゴブリンは、彼女を狙うのではなく、あくまでもジェネラルの応援・見学のようなちょっと弛緩した空気で見ているだけであった。


『人間の兵士なら槍を並べて動きの牽制くらいしそうだがな』

「ゴブリンにそこまでされるのは厳しいわね」


 人間の傭兵隊と変わらない練度を持ったゴブリンの軍隊。そして、上位種は上級騎士並みの装備と能力……そのようなものが、王国の内部、王都の傍に拠点を構えている。そして、討伐も困難……いろいろな意味でだ。


 ゴブリンを倒しても大した手柄にはならない。その反面、危険度はオーガを越える戦力だ。討伐依頼を受ける者がいない。この後……リリアルに皆回されるかもしれないかと思うとゾッとする。


 さて、彼女は考える。倒すのは一気呵成でも構わないのだが、それではゴブリンどもが逃げ散ってしまいかねない。ならば、ここは会話をしつつ情報を引き出し、その上でギリギリ倒した感を出す必要があるだろう。それならば、ゴブリンどもは煩い上司がいなくなったと、しばらくここに留まるに違いない。


「随分と凄い剣戟だけれど、あなた随分と……食べたのね」

『ああ、最初に冒険者の魔剣士を偶然倒したのがきっかけだ!』


 ああやはりと思いつつ、振り回される大剣の間合いを出入りしつつ、時に、剣を受け流し斬り込み躱すことを繰り返す。


『魔剣士喰ったら、剣に魔力を通せるようになり、身体強化も使えて……片言だが言葉を話せるようになった! ゾっ!!』


 剣の切っ先を切り返し、不意を突いた斬撃を繰り出すが、彼女には魔力の流れが可視化しているので、そのフェイントは無意味である。魔力を消せば打撃の効果がなく、魔力を込めれば察知されてしまう。


「それで、随分と言葉が滑らかなのは何故?」

『その後、魔術師喰ったら……話せるようになったな。魔力は増えなかったから、魔術の発動は無理だけど! ナッ!!』

 

 剣を旋回させ、返しては切り裂こうとするの繰り返しだが、1対1ではあまり効果がないと気が付いてきたのか。彼女の周りに、矢が突き刺さり始める。


『主。無効化しますか?』

「そのままで構わないわ。サポートだけ頂戴」

『任せとけ、まあ、お前の体に身体強化掛かってるから、当たっても意味ねえんだけどな』


 『魔剣』のいうとおり、バリスタでも持ち込まねば彼女の身体に傷一つつけることはできない。幾度となく大剣を振るえども、まったく当たる気配も怯む気配もない彼女を前に、ゴブリンジェネラルは過去に感じたことのない感覚にとらわれる。もしかして……


『騎士を喰い殺したときにも感じたことがないが』

「ええ、私も騎士。それに……騎士の剣はそれなりに見ているから、あなたの動きはそれなりに読めるの。残念ね、今まで通りにはいかずに」


 ニースでレンヌに向かう前に騎士団と、そして近衛の騎士とも剣を交え、また、その様を見ている。彼女の最大の能力は、見取り稽古も即可能とする吸収力の高さにある。魔術の才能以上に、初見でなければどうという事のない。


『手を抜いているのか』

「いいえ、ギリギリよ。あなたを殺さないようにするのはね」


 両手剣の間合いは遠く、手首を切るのも一苦労なのだ。連続した剣の動きを躱しつつ、両手剣を傷つけずにジェネラルだけを斬り殺すのは。


 彼女は魔術を連動させることにした。


『そんな水球で俺が傷つくと思うのか?』


 最初は視界を妨げる水球を牽制代わりに打ち込む、が、威力が大したことないと理解したジェネラルが躱しもしなくなるのを彼女は待っていた。


「じゃあ、これね」


 彼女は熱した油球を同時に数発撃ちこむ。フルプレートではないが、メイルやガントレットに熱した油が入り込み、体中に染み込む。


『Gwoooo!!!!』


 『猫』は『流石です主』とつぶやき、『魔剣』は、『性格悪いところも似てるな』と口を突いて出る。褒めても何も出ないわよと彼女が言い返す。


『き、貴様!!』

「馬鹿なの、死ぬの、これからね。さて、これでおしまい」


 熱した油球に小火球を付けて追加で数発を撃ち込む。


『顔は焼くなよ』

「ええ、首から上は持ち帰らないと。それに食べたら能力が移るかもしれないのだから、注意ね」


 ジェネラルの脳を喰えば、ジェネラルになる可能性もゼロではない。魔力はどうやら移動しないようだが、知識や身についた経験は喰う事で身に付くかもしれないのだ。


『Gieeeeeeee!!!』


 油に包まれたところで点火され、体が炎に包まれるジェネラル。周りのゴブリンは一目散に逃げ始める。巻き込まれてはかなわないとでも言うようにだ。


 炎を消すために両手で体をはたきながら地面を転げまわるジェネラルの腕から両手剣が離される。彼女はさりげなく近づき、剣を手にする。剣自体に熱は伝わっていないようだ。


「ではこれで……」


 両手剣を持ち、彼女は転げまわるゴブリンジェネラルの胴体を地面に縫いつけるように両手で魔力を込めて叩き込む。


『Gwaaaa!!! ばびしじゃがる!!』

「動かずじっとしていなさい」


 『魔剣』に魔力を通し、遠間から魔力の刃でジェネラルの首を斬り落とす。そう、やろうと思えば、いつでも彼女の魔力の刃で首を刎ね飛ばすことはできたのだ。やらない理由は、ゴブリンを逃がさないため。既に、逃げ散ったゴブリンたちにはその魔力の刃を見ることはできない。


『お前の姿も良く見えていないだろうから、人間じゃなく精霊にでも斬られたと思うだろうさ』


 それは朗報だ。ゴブリンジェネラルの首を持ち、両手剣は魔法袋に収納し彼女は村塞を後にしたのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 猪討伐の村に戻ると、村長と駐屯する騎士団の分隊長に、ゴブリンジェネラル討伐達成の説明をする。勿論、首を目の前にしてだ。


「……一人でゴブリンジェネラルの首を取ったのですか……」

「流石『妖精騎士』様でございますな!!」


 村長、手のひら返しも甚だしいのである。一先ず、指揮官がいなくなったので、ゴブリンの上位種の間で意見が統一されるまで、何も起こらないだろうと付け加える。とはいえ……


「騎士に相当する能力を持つ上位種が二個分隊、魔狼も数頭いますので、攻め寄せられた場合は少々危険です」

「「ええぇぇ……」」


 分隊長も村長も「何とかしてくれるんじゃないのかよ」という目で彼女を見るのだが、彼女はシレッと「準備に数日必要ですので、その間、しっかりと守りを固めておくことをお勧めします」と言い、二人の前を後にした。


「ちょっと臭うわね」


 ゴブリンジェネラルの小屋の臭いに、燃えた時の臭いもかなりするのであるが、学院に帰るまでは我慢しなきゃねなどと、彼女は暢気に思うのである。




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