第80話-1 彼女はゴブリンジェネラルの首を取る

 村塞の手前まで移動し、身体強化を行って木柵の上に飛び乗り、そこを足場に中に侵入する。ゴブリンの見張は彼女の姿を捉えることなく、周囲を警戒している。そもそも、この規模の城塞に白昼堂々一人で柵を乗り越えて侵入するということ自体、ゴブリンたちは想定していないのだろう。


 想定していないことは、心の虚をつくことになり、そのまま盲点となって認知できないのだ。思い込みや決めつけ程、危険なものはないのだが、それをしなければ、脳が処理しきれないので仕方がない。まして、ゴブリンにおいておやである。


『正々堂々……隠蔽して柵を乗り越えると』

「魔力最大のゴブリンがジェネラルでしょう……この先の一番大きな建物にいるようね」


 魔狼も見かけるが、彼女だけであれば匂いまで隠蔽されているので気が付かれる心配はない。伯姪は……微妙だ。


 彼女の護った代官の村より石塁が充実しているのは、この場所に元々あったのではなく、廃砦から石材を持ってきてこの場所を補強したからであろうか。あまり上手な仕上げの状態ではない。ヒル・フォート擬きだろうか。


「立地はともかく、仕上がり具合は所詮ゴブリンね」

『おう、昔の秘密基地づくりを思い出すクオリティだな』


 建物は地面に穴を掘り、直接柱を建てている「竪穴式」のものばかりだ。丘の上の水はけの良さは意味があると言えるだろう。ゴブリンの巣としてはかなり清潔だ。洞窟を拠点としている場合、中は排泄物や動物の死骸などで埋め尽くされている場合が多いからだ。


 それを考えると、装備している弓や剣、槍の類は……


『まあ、騎士団から略奪したもの、商人の護衛や旅人の護身武器を奪ったものだろうな』


 代官の村で討伐したゴブリンは、先日の採取で遭遇したそれと同様、非常に粗末な装備でしかなかったのだが、ここのゴブリンたちは異なる。特に、上位種は兵士か騎士に近い装備であり、体格的も相当するだろうか。もし、仮に、猪討伐を依頼した村に攻め寄せられた場合、上位種だけで村は皆殺しになるだろう。増援された騎士の分隊を加えても敗北が濃厚と思われる。


「待っているのではないかしら」

『……待っている……か……』


 彼女が思うに、装備を回収するために数が揃うのを待っているのではないかということだ。


『騎乗の警邏では上手く倒せそうもないしな。逃げられれば討伐されかねん』

「村の騎士を殺してまた、上位種を作り出し装備を回収する。繰り返しつつ、軍団を育てていく」

『じゃあ、こいつら何もしないのは……』

「私たちが攻め寄せるのを待っているのでしょうね。魔狼も追加して」


 故に、騎士団は動かず、魔術の使える冒険者であり、騎士爵でもある彼女に仕事を任せたのだろう。ちゃんと説明しろと言いたい。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 何度も火をつけるのも芸がないなと彼女は思いつつ、目的の場所に到達する。鍵があるわけでもないので、気配を隠蔽したままそこに入る。基礎の部分が石材の低い壁を用いるラウンドハウスの形式ではない、いわゆる竪穴式住居そのもの。イメージは草ぶきのティピーとでも言えばいいだろうか。


 中央の柱の背後、入口とは正反対の場所にその巨大なオーガの如きゴブリンは眠っていた。いや、ように見えたというところだろうか。


『誰だ』


 魔力が若干あるのか……念話ができるようだ。


「話が通じる相手で良かったわ」

『いや、会話できるだけで、話は通じねえだろうさ』


 寝返りをうつようにこちらに振り返るゴブリン、恐らくはジェネラルクラス、この村塞の指揮官だろう。


『お前か、この前火を掛けたのは』

「騎士団の斥候を倒したのは……あなたね」

『ああ、丁度いい餌になった。戦力も強化できたしな。今日のお前は……魔術師か何かか。ちょうどいい、メイジも育てるつもりだったからな。だがしかし、すぐには殺さんよ。雌だから……孕み袋にもなってもらわねばならん』


 この村塞の中にも……いや、建物の形状からして閉じ込めておくような構造はない。前線基地扱いであろうこの場所以外のどこかに、『ゴブリン牧場』があるのかもしれない。それは……今後の課題だ。


「ふふ、随分と自信があるのね」

『まあな。俺は騎士を喰って力をつけているからな。お前のようなか弱い女なら、簡単に倒せるだろうさ』

「ゴブリンが人間の脳を食べて力をつけるという噂は本当のようね」

『喰われるお前には関係のない話だ!!』


 胸鎧は付けていないものの、その下に着るメイルや篭手・脛当ては既に身につけた状態で仮眠をしていたゴブリンジェネラルは、寝台の横に立てかけてあった、両手剣……恐らくは帝国騎士の戦場剣ツヴァイハンダーらしき彼女の背丈ほどもあるそれを握りしめる。


『やれやれ、ここは家の中で柱もあるんだが、大丈夫か?』


『魔剣』は呆れつつも警戒を高める。


『身体強化に結界も発動して、初手できめるんだろうな』

「いいえ、ちょっと大騒ぎしてもらおうかと思うわ。目に見えて強者が殺される方が、ゴブリンにとっても意味があるじゃない」


 そう思い、魔力を高め『結界』を発動するのだが、目の前の柱を魔力を通した剣でジェネラルが叩ききる。屋根が落ちてきて、彼女は身体強化と結界の多重発動を行い、屋根を突き破り屋外にでる。


「あの大剣はミスリル使っているみたいね」

『持ち帰れれば、戦力になりそうだな』

「鋭意努力しましょか。使えそうな知り合いに心当たりが……いるわね」


 彼女は前伯を思い出す。あのジジマッチョなら目の前のジェネラル以上に似合う遣い手となるだろう。




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