第79話-2 彼女は準備を整え村塞を偵察する
次の組み合わせは……「伯姪・茶目栗毛」対「青目蒼髪・藍目水髪」なのだが……
「一人でやってみて」
「……僕がですよね」
「そうそう、中に入って乱戦なら一人で複数相手は基本だから。できるから斬込隊要員なんでしょ?」
「わかりました」
双剣を構え、茶目栗毛が一人で構える。藍目水髪は攻撃手段がほぼない扱いなので、丁度いいバランスなのかもしれない。
「始め!」
掛け声がかかり、結界を展開……せずに、藍目水髪が前進する。その背後を青目蒼髪が続く。
「何あれ!」
赤毛娘が声を上げる。ただ前に出る攻撃力皆無の女の子なのだが……
「とぉ!」
結界を展開すると、そのまま押し込んだ。バン! と音がして茶目栗毛がよろめく。藍目水髪の背後から身体強化した青目蒼髪が水球を射出しつつ飛び越えて攻撃を加える。
倒れた茶目栗毛は一瞬で立て直すと、水球の着弾を躱し身体強化をして左右にステップ、青目蒼髪の脇腹を思い切り蹴り上げた。伯姪が呟く。
「……容赦ないわねあいつ」
身体強化のレベルは青目蒼髪が上回るが、一瞬の強化と基本的な体術の能力の差がダメージとなる。つま先が脇腹にめり込むダメージを受けた青目蒼髪はそのまま痛みで動けなくなり……
「こ、降参です!!!!」
藍目水髪は半泣きで降参宣言をする。二対一の戦いは茶目栗毛の勝利となった。そして、青目蒼髪はポーションで回復しなければならないほどのダメージを喰らっていた。
「ちょっと……やりすぎかしらね?」
「あんなもんでしょ? 二対一だし、魔力も大して使えないんだから、手加減にも限度があるんじゃないかな」
殺すことはためらっても、攻撃をすることはためらわないんだなと彼女は茶目栗毛についての情報を更新したのである。
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その翌日の午後、彼女は茶目栗毛と歩人を連れて、再びゴブリンの村塞の偵察に向かうことにした。今回、伯姪は残って昨日同様、二人組での稽古を行ってもらうことにしたのである。
馬に乗れるという意味で、この三人が偵察要員に最適であるという意味もあるのだが、茶目栗毛の観察力を確認したい意味もあった。
村を訪れると、騎士が二人入口に立っていた。
「おお、リリアルの方達ですね。今日は偵察ですか?」
一人は顔見知りの騎士であり、彼女たちに愛想よく声を掛けてくれる。多分、猪の肉を差し入れたときにいた騎士の一人だろう。
「数日中に討伐を行う予定ですので、その下準備の為に来ました」
『薄赤』パーティーが学院に合流できるのがその時期でないとならないため、討伐の日程がやや遅くなってしまっているのである。
「村の周りも巡回しておりますが、特にゴブリンの気配や痕跡は今のところ見当たっておりません」
ある程度防衛の準備をしている村に騎士が常時四人、さらに巡回中の騎士団の分隊も定期的に立ち寄るので、ゴブリンがある程度の規模で襲うとしても、十分に対抗できるだろう。
ゴブリンが防御を固めた施設に立て籠もっているからこその難易度なのだ。とはいえ、木造の城塞なら火攻めでなんとでもなるのだが。とはいえ、魔狼がどのように飼育されているのかも含め、状況の変化を確認しなければならないだろう。
馬を村に預け、三人は森に入る。猪のいる廃砦もついでに確認を行うのだが、大きな変化はなさそうである。
「猪、飼育されているわけではなさそうね」
『並のゴブリンでは相手にならないくらい凶暴でパワーもあるし、飼育する能力はないだろうしな。魔狼は、低いレベルでの共生に近いんじゃねぇの?』
『魔剣』のいう事も最もかもしれない。犬の祖先は、唯一自分たちから人間と一緒にいようとした動物と言われている。猫とは共生の歴史がかなり異なる。
「魔狼は、スカベンジャーだからな」
「そういう意味では、ゴブリンの食べ残しをもらったり、一緒に狩りするのは意味がありますね」
歩人と茶目栗毛も同じような考えらしい。廃砦から背後の丘に登り、ゴブリンの村塞の遠景を確認する。確かに、村落の中には四つ足の動物が確認でき、その姿と行動から『魔狼』であると思われた。
魔狼またはワーグは、その昔滅びた「ダイアウルフ」と似た特徴を持つ大きな頭蓋骨を持つ狼に似た生物。その特徴から、狼の持つ長距離を走り続ける脚力より、猫科のライオンやトラのように皓歯力に優れた種類と考えられる。普通の狼の倍ほどもあるのは、ライオンやトラが大きい事と似ているかもしれない。
「この辺で見かけることが少なくなったが、山奥には野牛の群れがいるからな。そういうの、捕まえたりするんだろうな。猪や鹿ももちろん標的だろうけど」
あんまり、相手にしたくねぇとばかりにしかめっ面の歩人。元暗殺者見習いの少年も同様だろう。
「隠蔽のレベルが低いから危険なのよ。見つからなければどうということもないわ」
三人が会話していると跳ね橋が降ろされ、数匹のゴブリンとともに魔狼が現れた。どうやら、前回の火事への対抗策として魔狼を連れて周辺の巡回を行っているようだ。
「明るい時間なのに……やるんだな」
「相手は人間と分かっているでしょうから、見つかったと思って色々準備しているかもしれないわね」
「……『肉盾』とかか……ですかお嬢様」
「……」
ゴブリンは、捉えた人間を生かしておいて生きた盾=肉盾として活用する事があるという。とは言え、人質をとって相手を揺さぶるのは人間同士の戦でも存在するので、そのこと自体は考えておかねばならないだろう。
『人質……助けるのか?』
「できればだけれど、ヌーベの城塞と同じ。最後の最後で救出でしょうね」
人質を助けた場合、確実に足手まといになる。今回は学院生も参加するので、人質救出はしない。ゴブリンの討伐が終了した後、生き残りに関しては連れていくとしておく。内部に侵入するのは彼女と伯姪と茶目栗毛だけであり、見張り台に配置する弓手は移動しないので、問題ないだろう。
「砦の外に逃げ出してくる者がいた場合も同様ね」
ゴブリンの討伐が優先で、逃げ出してきた人間の救助は討伐終了後と定めておくべきだろう。
二人を残し、彼女は隠蔽を発動すると、魔力のリサーチを行う為、さらに村塞へと接近した。確認すると……上位種の数が四つ増えていることに気が付く。
「やはり、ゴブリンが騎士を食べて上位種に進化しているのではないかしら」
『数的には騎士を構成する分隊の人数分増えているからな。そうだろうさ』
であれば、装備もゴブリンを強化する為に有効に活用されているのであろう。厄介なことになったと思われる。魔狼も巡回に出ているものを含めて五頭いる。城塞内で半ば放し飼いの状態ゆえ、侵入すれば即座に襲われる事になる。
『普通に接近すると、かなり厄介だな』
『魔剣』曰く、古い時代の城塞と同じ作りをしているのだという。ヒル・フォートと呼ばれるそれは、周囲より小高い丘の上に築かれた堀や木の柵、石壁などで周りを囲んだ簡易な防御施設である。古の帝国時代のこの形の街が基になり、発展した城塞都市も少なくない。
周りより高いということは、周囲が見渡しやすく、また攻め寄せる際も攻撃する側は坂を上る必要があり抵抗となる。見晴らしをよくするため、その丘の周辺の木を伐採し、柵に使用しているように見える。
「普通に接近すればね。最初の段階で、指揮官クラスの上位種を刈り取り、その後、中に火を放てばパニックを起こして駆け下って来るでしょう?」
『そこで待ち構えて包囲殲滅する……とか考えてんのか』
ゴブリンにとっての白昼堂々の焼き討ちは、夜中にたたき起こされることと同じ効果があるだろう。歩哨を立て警戒しているとはいえ、それほど難しいことはない。
「今日のところは、ジェネラルを刈り取っておきましょう」
『……自信あるんだなお前』
「学院生がいればパニック起こしかねないでしょう。最初にトップを刈り取っておけば後々楽じゃない」
学院生たちに気を配りながらゴブリンジェネラルの討伐を行えると思えるほど、彼女は自分を過信してはいない。
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