第78話-2 彼女は老ドワーフと邂逅する

『魔導騎士』とは、魔導士により作成された魔力により強化された装備を装着した騎士のことであり、魔導騎士団に所属している。


 『猫』曰く、魔導騎士を実戦配備できるだけの技術、兵站、練度を維持できるのはこの世界では現在のところ王国だけなのだ。魔導騎士の存在により、野戦における王国の戦力は近隣諸国随一となっている。そのおかげで、他国の侵略の不安なく、国内の整備に注力しつつ、過大な軍事費の負担を免れているのである。(ファイテックスコマンド……そんな言葉が頭をよぎる)


 一般の重装騎士との違いは、その機動力にある。身体強化により重装備のフルプレートを装着した騎士と魔導騎士の戦力差は一時点では大差がない。とはいえ身体強化でブーストできる時間は数分から三十分ほどが最大であり、魔力を喪失した時点で行動不能となる可能性が高い。


 魔導騎士は、鎧そのものに魔力による付与効果がある為、軽量化と防御力の両立が為されており、サポート効果もある事から、中程度の身体強化能力のあるものであれば、数時間の戦闘参加が可能となる。


 とはいえ、問題点はその魔道具としての管理を行う専門の工廠が必要であり、野戦で継続して前進しつつ戦闘に参加するというより、国境線や重要施設に魔導騎士を配置し、防御側の要として運用する方が運用効率が

高いのだ。


『流石に、馬車で工廠を移動させるのは今の技術では無理です。規模が大きいことと、機材が移動の衝撃で破損する可能性もあります』


 魔導騎士の配備は、王都と国境を接する重要な防御拠点や大都市近郊の軍事施設に限定されているのが実状だ。その総数は百を超える事は無いという。


『魔導騎士』の装備により、火砲や銃の装備が遅れているのが王国での実状だ。大砲は攻城戦の様相を変え、築城の形態を変えている。城壁を大砲で破壊することが容易になるため、その砲撃の射程外で阻止するための野戦での決戦が多くなっているのだ。


『魔導騎士が存在しなければ、攻城戦で大砲に都市を破壊されないためにその軍の戦力自体を無効にして撤退させる必要がある。兵士を強化する方法として、扱いの簡単な銃が装備されるようになるわけです』


 重装騎兵にロングボウ兵、パイク兵は装備に習熟するための訓練が必要で、それなりのコスト増加となる。農民を徴兵して火縄銃を持たせるだけで戦力となるのとはわけが違う。コストが同程度なら、戦力の再生産の容易な銃の装備が強化されるのはおかしくない。


 ところが、そこに魔導騎士が突入するとどうなるのか。一人で騎士一個中隊百人に相当するといわれる魔導騎士。火砲では防げず、弓や槍もその鎧を撃ち抜くことができない。そして、数時間は縦横無尽に戦場で殺戮を繰り返すことができる……存在が分かっていれば、わざわざ殺されに行く者はいない。


『魔導騎士は、移動中の行軍段列にとっても脅威です。単騎での奇襲も可能ですから、軍を展開する前に戦力を消耗させることも容易なのです』


 『猫』が説明する。魔導騎士の欠点を補うことができる、それに匹敵する魔力鎧を装備することは、学院生の安全を高める事になるのは間違いない。また、外部に対して、存在意義をアピールすることができるだろう。


 王国自慢の魔導騎士を超える装備を自分で開発するということが、老ドワーフの望みであることは、彼女たちにとっても意義があるのだ。





 老ドワーフを居室に案内し、明日から、さっそく工房作りを始めることになるのだという。先ずは縄張りからである。彼女は伯姪と今後の話をする。


 学院に「工房」が作られるのはヌーベの城塞から持ち帰った機材を有効に使おうと考えた結果でもある。この学院も本来は『城塞』として機能すべく作られた存在であり、武具や道具の修理や簡単なものの加工ができるようにすることも必要だと考えていたからである。


「でも、本当に来てもらえるとはね」

「そうね。鍛冶ができる方なんて……ギルドで囲い込まれているものね」


 いわゆるブラックスミスと呼ばれる武具を扱う鍛冶屋は、野鍛冶のように都市の外で活動するセミプロとはわけが違う。


「王妃様の配慮もあるみたいね」

「配慮?」

「魔力を持っている『鍛冶師』というのはかなり希少なのだそうよ」

「確かにね。貴族の鍛冶屋なんてあんまり聞かないものね。そうか、治療や戦闘以外でも魔道具・魔力を用いた武具の製作に魔力保有者の職人が欲しいのね」

「ええ。今回来られたのは、その方面で第一人者であったのだけれど、引退した方。隠居所代わりに工房と住むところを与えて、希望の院生に鍛冶を教えるという条件でお願いしたみたいね」


 伯姪は、彼女の説明を聞きなるほどと思ったのである。ある程度の規模の村や町には鍛冶屋が必要だ。とはいえ、孤児を弟子にするギルドの鍛冶師はいないとは言わないが希少価値だ。自分の縁戚か同業者の子弟を採用する。あえて、なんの縁故もない孤児に技術を与える理由がないからだ。


 癖毛が弟子入り宣言したものの、魔力がないか少ない二期生以降、もしくは、鍛冶を学びたいものがいれば……弟子入りの可能性もあるだろう。


「あんまり、教える事は無いんでしょうね。鎧を作りたいのが最優先だし」

「学院の武具もお願いしないといけないし、建物に必要な金具もそうね。とはいえ、釘鍛冶は需要があるのだし、弟子を指導してもらえると助かるわ」


 釘を手作りするのは大変であり、街を大きくしていくうえで、需要は大きい。内部で育成できるものなら、育成したいものなのだ。街を作る職人を育成するところから街づくりが始まっていると言える。


「あのドワーフは武具全般なのかしらね」

「ミスリルを使う刃物と装備全般でしょう。釘や金物関係は、縁故を頼ることになるかもしれないわね」

「代官の村の野鍛冶じゃダメなのかしら」


 村の鍛冶師は、農具や鍋鎌・蹄鉄やそれ以外の様々な日用の金具を作成する職業で、領主に帰属する存在だ。また、炭焼き職人も必要であり、彼らは製鉄に必要な木炭を製作するのだ。


「全部何でも最初から……とはいかないわね」

「弟子は一人決まったのだから、少しずつね」


 癖毛が一番弟子……と言っていいのか、学院最初の鍛冶師となるのだろう。

辞めなければ。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 翌日、顔なじみの武具屋の店員が学院に現れ、平身低頭で謝りつつ、予定の武具を納めてくれた。


「……しかたありません。異文化交流でしょう」

「そう言っていただけるとありがたいところです。なにやら、『サプライズだ』などと申しまして、止める間もなく学院に向かったのです」


 前日、武具屋に納品を終えた老ドワーフは、仕事の引継ぎもすべて終わり引き払ってきたのだと店員に伝えたのだという。その足で、学院に向かうといい、引き留める声も聞かず走り去ったのだという。


「魔法袋を持っているので、確かに、身一つで学院へ伺う事は出来るのでしょうが、事前にこちらが同行して顔つなぎをすると説明していたのですが……」

「なにやら、最後の作品を完成させたいのだそうですね」

「え、ええ。リリアルの生徒さん含めここは魔力を持つ方達ばかりなので、彼にとっては理想的な職場なのだそうです」


 魔力持ちが鍛冶師になるのは非常にまれであるし、なったとしても王国のお抱え魔導士のような存在でしかないのだそうだ。ドワーフゆえに、国のお抱えにならず、市井の武具作りができていたのだという。


「居ても立っても居られないといことでしょうか」

「……重ね重ね申し訳ございません」

「ふふ、それより、追加の武具の依頼をしたいのです。生徒も討伐に参加することになりましたので……簡単な胸鎧・手甲と脛当てを一式、それと、鏃を百本ほど、これは鉄の鏃で構いません」


 武具屋は商人の顔に変わると、手元の帳面に詳細を書き始めた。


「装備は調整の利くもので、誂えではなく普及品でよろしいでしょうか」

「はい。所謂、徴兵されたものが装備する程度のもので。あくまでも、保険のようなものです」


 全員、身体強化できますのでと彼女が付け加える。店員はいささか感心したように頷くと、さっそく戻って数日中にお持ちしますとのことであった。





 門前まで商人を見送ると、そこにはドワーフと数人の職人らしきものたちが打ち合わせ中のようであった。


「おお、院長の嬢ちゃん。ここに水車を据えたいんだが、いいか」

「ええ、勿論です。水車を何につかうのですか?」


 彼女の質問に、水車を用いて鍛造やふいごに空気を送る機械を据え付けるのだという。なるほど、魔力だけでなくそうしたものも必要なのかと感心する。


「工房の前には店も備えないとだろうし、ある程度の大きさの縄張りになるが、問題ないよな」

「そうですね。一度、案が固まった段階で、ご相談いただけますでしょうか」

「おう、流石に何でもいいとは言えないわな。心得たよ」


 ガハハハッとその場にいたオッサンどもが笑い声をあげた。いままでとは少々学院の空気が変わるかもしれないと彼女は思うのである。


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