第78話-1 彼女は老ドワーフと邂逅する

 ドワーフ。身長は小柄な女性ほどであるが樽のような筋肉質の体型をもつ妖精と言われる亜人の一種である。その性格は頑固、偏屈だが酒好きで一度身内となると非常に親切というか……お節介である。


 鍛冶師や鉱山での採掘などを仕事とし、森にすむものは木地師や樵を生業とするものも多い。また、強い力を有する為、斧や金槌、鶴嘴などを武器とした戦士としても有能だが、魔術師としては魔力があるもののあまり優秀とは言えないのは性格故だろうか。


 ただし、人間社会に住む者はとても少なく、武具を誂えることに熱心な鍛冶を生業としたものがそのほとんどである。本来は人里離れた鉱山や森の中に集落を作りひっそりと暮らしている。


――― この老ドワーフは、変わり者だということである。





 事情を周りに説明した彼女は、騎士団に頭を下げ、学院の中に老ドワーフを招き入れる事にした。子供がワラワラと集まって来るが、紹介は後でと元の仕事に戻した。


「良い場所だな」

「ええ、王妃様の別邸をお借りしたものですので。ですが、工房は敷地の外に別に建てさせていただきます」

「街になるって話だから、当然だ。何でも作ってやる」

「ありがとうございます」


 無口で頑固なイメージの種族だが、流石に長い間人間社会で武器を作り続け、弟子もいたドワーフだけに、コミュニケーションに問題が……まあ、ある程度話は聞いてもらえるようである。


 食堂に招き、お茶を振舞いながら、彼女は挨拶と学院の主だった使用人と祖母、伯姪、歩人を紹介する。


「ドワーフが職人辞めて、またここで工房開くってのは珍しいな」


 歩人が亜人同士ということで、気安く声を掛ける。老ドワーフにはこの先、成し遂げたいことがあるのだという。


「儂の生涯最後の作品を完成させるためよ」


 老ドワーフは、1枚の厚手の布を差し出した。その布は、やや太めの縄で織り上げられた筵のような質感のキルト状のものであるが、その糸は白銀色をしている。


「この布は、ミスリル糸を撚った細い縄で織り上げた布をキルト状に加工したものだ」

「なぜ、このようなものを?」

「はは、魔導鎧を超える鎧を完成させる為……と言えばいいかのう」


 魔導鎧とは魔導騎士が装備する、魔道具の鎧。フルプレートを越える防御力と耐久性、身体強化を行ったと同じ程度の機動性を長時間持続する事が可能な王国の戦略兵器。但し、運用が難しい。


「あれは、工廠が近くにないとオーバーホールできんじゃろ。それでは、拠点防御の延長でしか活用できん。完全に外征を行うのであれば、もう少し魔術師の能力に合わせた装備にすべきなのだ」

「それが、この布ですか」

「まあ、論より証拠、見てみよ」


 老ドワーフは、布を握り、「触れてみよ」と彼女に言う。その布は……鋼の板のような強度を持っていた。


「……これは……」

「麻縄を撚る際に、ミスリルのインゴッドに魔力を込め塗布するようにくぐらせる道具がある。まあ、片手で糸車を回しながら、もう片方の手で据えられたミスリルに魔力を通し、ミスリルを撚り縄に塗布するのだ」

「そうすると、このような布を織りあげることができると」

「その為には……多くの魔力とやり遂げる意思が必要なのだ。織るのはさほど難しくないので、これは職人に頼めば問題ないのだが、縄づくりがな」


 魔力の多さからいえば、黒目黒髪か癖毛だが、黒目黒髪は守りの要となる。消去法ではあるが、癖毛が最適だが……本人のやる気がどうなるかだ。


「お、俺にやらせてくれ爺さん!」


 そこには、癖毛がいた。薬草の件で思うところがあるのかもしれない。


「うむ、貴様なら、中々の魔力持ちだから為しうるだろう。だが、いいのか?」

「ああ。俺は魔力の使い方が下手なんだ。だから、縄を撚ることで……魔力の扱い方がうまくなれると思う。ずっと、一日縄を撚ればいいんだろ。なら、一日中、魔力の扱いの練習ができるって事じゃん。最高だ!!」


 魔力が多くても、使いこなせなければ意味がない。心の底から癖毛はそう実感していたが、いい方法が思いつかなかった。薬草園に撒く魔力水で、自分の価値を実感した。自分は……優秀だと。優秀な魔力を持っているのだと感じることができた。


「いいじゃない。あんたが撚った魔力の縄で作った鎧、最初に私が着てあげる。命のかかる鎧なんだから、いい加減なもの作んないでよね」

「そりゃ、儂が性能を保証する。あんたの命、必ず守るぞ」

「おう、その前に、魔力少ねぇんだから、無駄遣いすんなよ」


 ドワーフ曰く、それは問題ないのだという。


「斬撃を喰らうとする。刃が布に触れた時点で体と接触する圧が高まる。その影響で、体から魔力が自然に布に流れ、布が瞬間硬化する。防御に関しては、完全に受け身で問題ない。なので、その面での魔力の消費は瞬間的なもので少ないのだ」

「いつもはただの布、当たった時だけプレートになるってこと」

「概ねな。勿論、身体強化のサポート機能もあるので、稼働時間が延びるのもメリットかの」


 防御に関してはパッシブ、攻撃に関してはアクティブに魔力を消費し身体を強化する「ただの布の鎧」なのだという。


「すごいすごい!」

「全員装備できたらさ……魔導騎士団を超えるんじゃない?」

『あいつら、隠蔽できねえからな』


 魔導鎧の性格上、魔力を隠すことができないため、隠蔽は今の段階の技術では成立していないのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る