第77話-2 彼女はゴブリン討伐の指名依頼を受ける

「学院の力を見せろ……ね」

「王妃様の下……アルマン殿以外の官僚どもだろうさ。金を出しても口を出さないと王妃様にくぎを刺されているから、その意趣返しだね。あいつら、の考えそうなこったね」


 伯姪と祖母に第一に伝える。あとは皆子供なので、相談のしようがないという面もある。


「可能か否かでいえば可能……だけれども、子供たちは初陣だから、正直、当てになる大人を参加させたいのよ」

「なら、『薄赤』メンバーに頼むしかないよね」

「そうね……あの方たちの予定次第かしら」


 彼女と伯姪、歩人と茶目栗毛で斬り込むということは可能だと思うのだ。但し、村塞のゴブリン全部を討伐するとなると、外で逃げるゴブリンを掃討する戦力が必要だ。


 11歳の少女にその指揮を任せるのは……正直難しい。まして初陣だ。


「城塞の中に斬り込む隊、中にある物見櫓を占拠して狙撃する隊、そして、村塞の出口をふさいで逃げ出すゴブリンを討伐する隊の三つを編成するつもりよ」

「斬り込むのは、あなたと私かしら」


 そこに、茶目栗毛を追加するつもりだ。人間相手には無理でも、ゴブリンならやれるだろう。


「それで、狙撃隊はセバスと……弓娘でしょ。それと……」

「二人をフォローできる槍使いだと、あの娘ね。『結界』も展開できるし、性格的に怯えないでしょうから」


 赤目蒼髪は魔力も中程度で性格的にもあの二人に自己主張できる。見張櫓周辺の索敵と反撃に対する防御を任せる。


「で、正面の跳ね橋の前に『薄赤』メンバーを展開して、こぼれた小鬼は学院生が二人一組で当たる感じかしら」

「『結界』で動きを止める役と攻撃する役で二人一組でいいんじゃない?」


 黒目黒髪と赤毛娘、青目蒼髪と碧目水髪のツーマンセルがそこにあたることになるだろうか。


「『猫』もつれていくんでしょ?」

「ええ。ある程度魔力で居場所は分かるので、無理することはないのだけれど、偵察などを任せてもいいわね」


 最近、伯姪は『猫』が使い魔なのではないかと気が付いているようなのだ。はっきり言わないのは、学院生が気が付くのもどうかと思うからだ。


「ポーションも作り込まなければだし、防具も用意できてからになるから、十日は欲しいわね」

「その間に偵察をかねて、何度かあの森の周りを探索しなければならないかしら」


 騎士団の分隊駐屯はあくまでも村の防衛の為であり、森の中に入ることは禁じているだろう。魔狼が投入されているとすると、簡単には近づけなくなっている可能性もある。


「魔狼……ね」

「気配を消すのがある程度のレベルに達していれば、気が付かれることはないのだけれど、今回の討伐では無理ですもの。最初に討伐しないと、危険な存在ね」


 『薄赤』メンバーはともかく、魔狼とゴブリンのライダーの処理は村の防衛の際も数人がかりで対応した。ゴブリン単独ならともかく、魔狼との同時処理は初陣には難しいだろう。


「時間差で攻撃するのもありじゃない?」

「どういう意味かしら」


 伯姪曰く、夜中の時点で接近し、村塞に焼き討ちを掛けるという判断だ。その後の日中に、本格的な討伐を行うということになる。


「……なかなか大変そうね」

「そうかしら? 相手が疲労困憊なところに攻撃するのだから、かなり有利に展開できるじゃない。初陣、ある程度加減してあげないと、怪我で済まない子も出るかもしれない」


 夜に焼き討ちを掛けて、その後、翌朝から本格的に攻撃するのはいきなり包囲するよりはましかもしれないが……


「待ち伏せされているかもしれないわ」

「それはそれで楽じゃない。外に出てくれているなら、各個撃破しましょう」

「随分前向きに解釈するわね」

「それはそうでしょう。相手は時間差で何度も攻撃されるんだもの。たまったものじゃないわ。火事の始末に周辺の警戒、一通り終わってから、交代で休憩しようかと思っていたところを大規模に襲撃されるんだもの。これで、ゴブリンたちが心折れないのなら、相当指揮能力の高い集団になるわ」

「危険度が段違いに高い群れね」

「そう。恐らく、あなたが追い払ったゴブリンの群れが学習して強化されたのだと思う」


 なんだが、自分のせいなのかと思わないでもないのだが、伯姪にはそのつもりは無いのだろう。とはいえ、正鵠を射ていると彼女は考えていた。


「責任取って……というわけね」

「キングは別にいそうでしょ? 前哨戦みたいなもの。次々と指名をいただく事になるでしょうから、学院生も経験になるから前向きに考えましょう」


 ゴブリン討伐で経験値稼ぎとはありがちなことなのだが、初心者依頼のそれとは難易度が相当異なるだろう。


「準備準備!」

「学院の事は私と使用人たちに任せて、二人は王家からの依頼を優先しなさい。怪我の無いように、慎重に準備するんだよ」

「はい。ありがとうございますお婆様」


 こんな時に、任せることのできる身内がいて良かったと彼女は思うのである。



歩人には正式に騎士団経由で王家からゴブリン村塞の討伐依頼が来たこと、十日後に、学院と冒険者の混成討伐隊で向かう事を伝える。


「……マジですか。ちょ、あの……」

「大丈夫。誰でも一度は死ぬのだから」

「……全然大丈夫じゃねぇ……でございますお嬢様……」


 歩人は見張櫓隊の指揮を任されるということもあり、ちょっと悩ましいのだ。


「仕方ないでしょ、あんた斬り込む?」

「いやいや、いくら何でもそれは無理です。謹んで、弓隊の指揮を拝命いたします」

「でしょ? しっかりしなさいよ、私たちの倍は生きてるんだからね!!」


 おじさんしっかりしろと伯姪は厳しい。


「矢は一人五十本は持っていきなさい。魔法袋預けるから、それである程度持ち込めるでしょう」

「なるほど、なら、矢が切れる心配はなさそうだ」


 矢筒に入れられるのは精々二十本程度。小柄な少女とおじさん少年では限界がある。予備の矢がそれなりにあるなら、問題なく対応できるだろう。


「女の子二人付けるから、みっともないまねだけはしないようにね。終わってから色々いわれるからね」

「ああ、まあほら、大丈夫だろ、多分、自信も根拠もねえけどな」

「みんな初陣だから、頼りにしているわ。オーバーキルには気を付けて」

「……ああ。頭に血が上るから、水球でもぶつけてやればいいだろ?」


 本人の初めて魔物を殺したときの感覚から、そういう対応が必要かも知れないと歩人は考える。猪とゴブリンでは……明らかに人の形をしている分、躊躇したり臆したりするだろう。


 とはいえ、ここに来てゴブリンの死体相手に急所を説明し、実際に刃物を突き立ててみたり、猪相手の討伐に解体と、最初に受けえるべき洗礼は受けさせたつもりだ。あとは、手段としてゴブリンに対抗できるかどうかの部分だけなのだ。


「あの子たち、大丈夫かしら……」

「心配性ね。心配しても、その場になってみないと分からないじゃない。あなたも、そうだったでしょ?」


 彼女も、初めて狼を殺したとき、ゴブリンを殺したとき、人間を殺したとき、意外と簡単に実行してしまったと、今思い返せばそう思うのだ。必要だから命を奪う……それができるかどうかは、その場で経験してみないとわからない。出来なければ、冒険者になれず、ポーションを作って人に教える仕事を担うしかない。自分だけでなく、周りに迷惑をかける。


「大丈夫だろ? 猪は良い感じだったし。下手に大人の成長した奴より多分、躊躇なくやるぞあいつら」


 話には聞くが、初めての実戦で躊躇する騎士や、魔術が発動できない魔術師たちもいるという。その場合、死ぬか生き残れば辞めるしかなくなるのだから、学院でポーション作りをする仕事があるだけ、安泰ともいえる。


「心配しても無駄ね。できる限り、準備、しっかりしましょう」


 心の中を整理し、彼女は自分を納得させるよに言葉を吐いた。





 院長室での打ち合わせも終わり、一階に下りてくると、何やら表が騒がしい。彼女を見つけた侍女頭が急ぎ足で向かってくる。


「院長代理、その、ドワーフが面会を求めております」

「……ドワーフ……紹介状かどなたかの紹介かは名乗られましたか」

「……いえ。とにかく、お会いいただけますでしょうか」


 彼女の中にドワーフと言えば心当たりは一つだけである。


 彼女と伯姪、歩人は連なり学院の正門前に向かう。何やら、騎士団からも人が出ているようで、ドワーフは学院に入ることを押しとどめられているようである。


「あの、私がここの責任者です。どのようなご用件でしょうか?」


 巌のような顔つきに、白髪交じりの虎髭を蓄えた、彼女のウエストほどもある腕を持つ老ドワーフがこちらを向く。


「鍛冶師が必要だって聞いてな。ここで、仕事をさせてくれるって聞いてるんだが、間違いないのか?」

「王都の武具屋さんのご紹介の……」

「ああ、ミスリルの武具ならなんでも誂えてやる。だから、ここで仕事をさせてくれ。勿論、街で入用な金具類も作るけどな。いいだろ?」


 ああ、やっぱり亜人は人の話は聞かないのだと、彼女は思うのであった。


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