第77話-1 彼女はゴブリン討伐の指名依頼を受ける
「……魔狼がゴブリンの村落に入っているって……増援?」
数日前、騎士団に報告した後、斥候が派遣されたと駐屯所の騎士に伝え聞いてはいた。
「あの後、分隊規模で斥候を出したんだが帰ってこなくてな……」
目の前にいるのは、レンヌに王女殿下の侍女として同行した際に顔合わせをした騎士団長である。斥候が全滅した可能性を考慮し、隠蔽スキルを使用できる偵察員を送ったところ、魔狼の存在と先発した分隊は恐らく殲滅されただろうと報告が上がってきたのだそうだ。
「なぜ、そのようなことに。青等級レベルの複数の上位個体の存在を報告したはずです」
「それはそうなんだが、『ゴブリン』を正しく認識できていないものがいてだな……」
指揮する上位種が存在する場合、指数関数的に危険度が上昇するという基本的な冒険者なら持ちうる魔物の知識を知らなかったという事だろう。あの群れはオーガの集団並みの危険度なのだ。故に、騎士団に話が伝わり、討伐の対象になったのだというのに。
「騎士団の偵察が戻らなかったと」
「……ちょっと現場で行き違いがあったんだ。なにせ、冒険者ほど『ゴブリン』に関して詳しくないからな」
彼女は何となく理解できた。ゴブリンの集団としての脅威に思い至らず、安易に偵察に出たのだろうということをだ。
偵察は四名の魔騎士分隊で向かったのだそうだ。騎士団の最小単位は四名の分隊である。分隊長と三名の騎士が、二人一組の二セットで構成される。
分隊四つと小隊長の指揮分隊の計五分隊二十名で一個小隊、その小隊四つと中隊指揮の小隊(中隊本部・治癒魔術師分隊・魔術師分隊・魔騎士分隊で形成)五個小隊百名で一個中隊を形成する。連隊は中隊四つと連隊本部中隊からなる五百名の規模となる。
騎士団はこの規模で連隊だが、一般的な兵士の場合は五百名で大隊、その五倍の二千五百名で連隊となり、一般的に連隊単位で地域ごとに編成がなされている。因みに近衛騎士団と近衛連隊は別組織だ。
「それで、分隊がゴブリンに殲滅されたのは把握されたのですか」
「残念ながらな。『隠蔽』のできる魔術師に探らせた。ゴブリンの総数はそれほど増えていなかったのだが、魔狼が数頭確認された。ライダーがいるようだ」
「……魔騎士四人では厳しいかもしれませんね。森では」
「ああ。身体強化と、魔力を通す剣は装備していたが、魔導騎士ではないからな」
魔導騎士と魔騎士の違いは、魔力により強化された鎧の存在にある。魔道具である鎧は身体強化せずとも騎士の魔力を消費しつつ、軽装鎧のように身軽に動くことが可能であり、装甲はフルプレートのそれを越える強度を持つ。なにより、身体強化状態の稼働時間が桁違いだ。
「数分程度しか強化できないからな、魔騎士は」
「サポートが無いと継続戦闘できませんから、それを偵察に投入したというのは……」
「恐らく、手柄をねらった先走りがあったんだろう」
『妖精騎士』がゴブリンから村を守り名声を博したことに対する反発が、魔騎士の投入にあったのだと騎士団長が考えている。とはいえ、防衛戦と斥候・強襲では難易度が異なるだろう。
騎士団としてはゴブリン討伐でこれ以上の損失を出すのは不味いという判断なのだという。
「できれば、依頼という形で冒険者に討伐をさせたい」
「……領主が依頼を出し渋っていると聞いておりますが」
「代官だ、伯爵や公爵であれば自前の戦力で討伐するのが筋だが、今回は王家から依頼を出す形になる。逃げられないから、俺がその伝達役になったってことだ。諦めろ」
理屈でいえばその通りだ。子爵家の代官地であるあの村も、本来時間さえあれば、彼女や冒険者が討伐に参加するべきではなく、村長から代官を経て、王家が判断する内容であったのだろう。実際は、担当の宮廷伯・内務卿あたりが判断したと思われる。
「幸い、今回はお嬢たちが関わる村なんで、指名依頼にさせてもらうという事だな」
「……学院の戦力査定とでも言われるのでしょうね」
「そうだろうな。無駄飯食いを抱えるほど、王家も優しくはないってことだ」
王妃様や国王陛下の問題ではなく、その下にいる官僚どもを黙らせる必要があるのだと、遠回しに騎士団長は告げているのだろう。望むところだ。
「少々、準備期間をいただいてから……でも問題ないでしょうか」
「騎士団も街道筋の警戒はしているし、村が襲撃を受けた場合は、早急に救助に向かう。騎士も臨時の分隊を村には配置しておくので、問題は村塞の討伐だから、そこに関しては依頼として一任だな」
彼女は話しを聞き終えると「承知しました」と返事をした。
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