第76話-2 彼女はゴブリンの集落の討伐依頼の話を聞く

「これなら、一緒に戦えそうです……」

「ね! 二人で挟み撃ちにして、あたしが止めを刺す!」

 

 黒目黒髪と赤毛娘が何やら盛り上がっているのは、彼女の提案した『結界』を『盾』として用いる運用に関して話をしたことによる。赤毛娘の魔力量も操作力も結界を形成して魔物を他者の結界とでサンドイッチした後、武器に魔力を通して刺突するだけの能力がある。


 最終的に『結界』『身体強化』『魔力纏い』の三重発動なのだが、時間差をつけることで「維持」しつつ、別の魔術を発動できることになる。三重発動での魔力消費は乗数倍に増えるので、あまり長い時間、稼働させることはできなくなる。


「魔力の消費量が瞬間的に十倍近くなるんだもんね……私には無理」

「……僕もです」


 茶目栗毛は身体強化に最後瞬間的な武器への魔力付与が限界だろう。身体強化だけでも十分、並の魔物なら仕留めるだけの武具の操練ができるので実際問題となる事は無いのだが。


 赤毛娘と同じことができる可能性があるのは、魔力中以上のものなので、赤目蒼髪と青目蒼髪の二人は実行できるだろう。藍目水髪は……メンタル的に無理なのだという。慣れれば何とかなるかもしれないが。


 魔力量小なら一つの魔術の常時発動と、瞬間的な二つ目の魔術の発動が可能。中なら、常時二つに加え瞬間的に今一つの合計三つ。大の場合は本人の操作力によるので何とも言えないのが現状だ。


「アリー先生はいくつくらい同時に使えるんですか?」


 無邪気に聞かれると困るのだが、身体強化に隠蔽、魔力付与に魔道具の操作。加えて、複数の術式の行使も同時に行えるので……


「術式の大きさに寄るのだけれど、六個から七個ね……」

「「「「「「え」」」」」」


 同時に術式を展開するのは二つが精々だが、展開した後は魔力が出て行く維持するだけの状態なので、さほど負担とはならない。それでも、魔力量は五十倍の消費に拡大するので、通常は三ないし四程度の同時発動に抑えている。瞬間的に……という意味だ。


「魔力保有量が桁違いだし、制御も精密だから、魔力消費もそれぞれが最適化されているからできるのよね。多いだけじゃダメなの。わかる?」


 ニヤニヤと癖毛に向けて嫌味っぽく言う伯姪である。彼女は精々、二ないし三の同時発動が限界なのだが、魔力量の少なさ故仕方がないのである。


 魔力に関して、彼女を含めまだまだ発展途上なのだ。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 最初の薬草園は10m四方ほどの小さなもので、森で採取したものを植えている。王都からやや離れているので、王都近郊の森よりは薬草採取は楽なのだが、それでも、最近は採取量が減ってきているのは、学院で採取していることが原因なのは間違いない。


「なんか、この畑の薬草……」

「半分からこっちは、やたら成長がいいね! 日当たりとか……同じだよね」


 薬草園の畑の真ん中から半分は、雑草もほとんど生えておらず、薬草も森で採取するものよりずっと大きく育っているのだ。勿論、残りの半分も普通に成長しているのだが、それは森で採取するのと変わらない。


「肥料が違うとか?」


 伯姪の質問に、薬草園の管理人でもある歩人が答える。


「あーこっちは、魔力水で世話してるからな」


 魔力水とは魔法で作られるポーションを作成する際に必須の魔力が含まれた水の事である。


「魔力水を薬草に撒くって、歩人の庄では基本だぞ」


 薬草の採取が難しくなり、薬草園での栽培に力を入れている学院なのだが、畑仕事も園芸も得意だという歩人は、薬草も庄で栽培していたと、様々な彼らの工夫を学園の薬草畑に活かしている。


「組み合わせとかもあるんだよ。ある薬草につく虫が嫌う薬草を一緒に植えると食害が減るとかだな!」


 彼女は、薬草を採取したことはあっても育てたことが無かったので、それはとても大切な情報だと思うのと同時に、魔力の訓練の際生成された魔力水がとても有効に使えるのだと思うのである。


「小さな子が学院に入ってきて、最初に行うのが、魔力水の生成と薬草園の世話……というのはとても良い取り合わせね」


 何かの世話をするというのは、学院で共同生活をするために必要なことではあるが、身体強化もできない幼子に色々な仕事をさせるわけにもいかない。水やりなどの世話をするために、魔力水を自分で作れるようになるという試みは、とてもやりがいのある最初の仕事になるだろう。


 



 薬草園の状況を皆で確認しつつ午後を過ごしていると、何やら駐屯所の方から、騎士の一団がやって来る。その先頭には、レンヌの際に顔見知りとなった騎士団長らしき姿が見て取れる。


 何事かと思い、その一団に向かう彼女と伯姪。その後ろに歩人が従僕ととして付き従う。


「久しぶりだな子爵令嬢」

「ご無沙汰しております。学院に何か御用でしょうか」


 駐屯地の拡充や、施療院絡みの薬草の手配などの相談に、騎士団長自らがやって来るとも思えない。来るとすれば、もう少し重要な内容だろう。


「この場では話せないのでな、席を設けてもらえるか。先触れなしで申し訳ないがな」

「いえ、事情は察します」


 ひと先ず、使用人頭にお茶の準備をするように申し伝え、彼女が学院長室へと騎士団長一行を案内する。


「ここは、私が引き継ぐわ。セバス、従者の仕事、よろしくね」

「もちろんでございます、お嬢様」


 歩人は一足先に屋敷へと向かうのである。





 多少、学院内は騒然としたものの、侍女頭の教育した使用人たちは優秀で、不意の来客にもきちんと対応できるだけの能力を発揮できることが思わず確認できて何よりであった。


 学院長室のテーブルに座り、一通りお茶の用意が終わる。使用人たちが部屋を出るのを待って、騎士団長が話を切り出した。


「ギルドから打診があったと思うが……騎士団の状況を伝えておこうと思ってな」


 いつもの軽やかな口調を変え、重々しく話が始まる。


「騎士団の偵察が全滅した。魔狼を含めた難易度の高い集団になっているようで……騎士団を出すのが難しい」


 前回調査したとき、魔狼は存在しなかったはずだと、彼女は思い返していたのである。



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