第九幕『ヒル・フォート』

第76話-1 彼女はゴブリンの集落の討伐依頼の話を聞く

「アリー 猪討伐の村からゴブリンの群れの討伐依頼が来ているんだが……」

「騎士団の調査を待った方が良いと思います。あれは、普通のパーティーで討伐できる規模ではありません。複数の上位パーティーで討伐する必要があると思います」

「そ、そうなのか……」


 冒険者ギルドに、猪討伐の依頼達成の報告に来た彼女をギルマスが呼び止めたと思いきや、予想通りの展開である。





 村長に報告した帰り、彼女は学院にある騎士団の駐屯所を訪れ、ゴブリンの大規模な村落がこの先の街道沿いの村の奥にできていることを報告している。顔見知りの騎士は、「報告させていただきます」とのことであったのだが、その後調査に時間が掛かっているのか、なかなか進展が無いようなのだ。


 痺れを切らした村長が冒険者ギルドに依頼をしたようなのだが……


「代官の男爵家からは依頼されていないんだ。だから、報酬に関してはかなり渋い」


 つまり、依頼を受けてもらえない可能性が高いので、彼女に話を進めてみたのだという。


「騎士団も代官も動かないのに、勝手に冒険者を雇って討伐するのは、恐らく揉めることになります。すると、依頼料は……」

「ああ、供託金積ませたからそれは問題がないんだ。そもそも、支払いが出来なかった時点で、あの村関係の依頼は一切受けないことになるからな。死活問題になるので、踏み倒しはほぼないと思うぞ」


 流石に、冒険者ギルドの依頼料を踏み倒す豪胆な者は王国内にはいないようだ。


「で、実際どうなんだ」

「……赤等級のパーティー三組以上が推奨でしょうか」

「そりゃ無理だ。依頼料なら1組でもやっとだな」


 随分村としては頑張ったつもりのようだが、依頼できるのは1組分に過ぎないようなのだ。それでは、受ける冒険者はいないだろう。命の安売りは誰もがごめんこうむりたい。


 最近、王都周辺の治安の改善で、冒険者自体が王都から減っているので上位の冒険者を雇う相場がただでさえ上がっているのだ。


「倒してもゴブリンの群れじゃ大した名声にはならないからなぁ」

「騎士団が動くまで警戒するだけで良い気がします。村とゴブリンの村塞の間に廃砦があって、猪の群れが住み着いています。ゴブリンの餌として半分飼われているように見受けられました」


 ギルマスは「その猪の討伐依頼だったのか」と思う。一歩間違えると、上位種を含んだゴブリンの群れと森の中で鉢合わせする危険もあったという事なのだ。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★



 冒険者ギルドを出ると、彼女は武具屋に向かう。今回、ある新しい手段を考えついたので、その為に必要な装備を用意することにしたためだ。


『面白い事考えるな』


 『魔剣』も賛成するようだ。武具屋に行くと、いつもの店員が笑顔で出迎えてくれる。


「鍛冶師の件は順調で何よりです。先日お渡しした武具以外はまだ仕上がっていませんが、追加でご注文ですか?」


 彼女は頷き、懐かしい商品を注文することにした。


「ミスリル合金製のダガーを揃えたいのです」

「数はどの程度ですか」

「できる限りと言いたいところですが、まずは六本ほど」

「……今すぐご用意できるのはその半分、三本です。追加は……」


 作成しているドワーフが工房を弟子に譲る最中であり、今受けている注文で締め切っているのだという。新しく、リリアルに工房を立ち上げるとしても、建ててすぐに作成が開始できるわけではない。簡単なものから作りながら、炉の調整やそのほか道具の更新したものを馴染ませなければならない。


「承知しました。では、その三本をお願いします」

「鍛冶師には本来どのくらい注文したかったのですか」

「全部で十二本です」


 それはずいぶん多いですねと言われたのであるが、スクラマサクスが使いこなせない子たちの為の戦法なので、数は多少少なくても良い。


 彼女の考えた戦法、『結界』を展開したうえで、その『結界』越しに魔物を仕留めるのは同じなのだが……


「自分で結界を展開して魔物の動きを一時停止させて、その『結界の盾』越しにミスリルのダガーで止めを刺すのよ」


 結界で囲い込まず、飛びついてくるような魔物や獣に対し、結界で盾を形成する。それらは見えない魔力の壁に叩きつけられ動きが停止する。その状態で、結界越しにダメージを与えられるミスリルのダガーで刺突するのである。


『結界を展開しながら剣に魔力を通すのは大変じゃねえの』

「結界が安定して展開できるほどの子なら結界と剣に魔力を通すことは同時にできるわ。できなければ練習。万が一の時、一人で処理できることも必要でしょう」


 常にツーマンセルで行動するとして、複数の敵に囲まれた場合、自分の目の前の敵は自分で倒してもらわねばならない。背中を預けているのは相手も同じなのだから、護ってもらうと同時に、こちらも相手を護っているのだ。


「とりあえず結界作成をメインにしている子たちに、ダガーを装備してもらうことにしましょう」


 黒目黒髪、藍目水髪と赤目蒼髪もそうなるだろう。彼女が前に出れば、三人で結界を作成することも必要となる。


『ゴブリンの件、こっちに来ないけどな』

「……宮中伯辺りから打診があると厄介ね」

『ああ、最終決定権は今のところ学院長様にあるから、お前が拒否できない可能性もある』


 冒険者登録と猪狩りの件は許可も取ってあり、書面で報告もしている。宮中伯はレンヌに同行した際、彼女と伯姪の能力を見ているので、騎士団長との話し合いのうえ、討伐に参加させる可能性もあるのだ。


『最近、山賊討伐もしているしな……』

「あれは、内部に入り込んでからのやり取りがあるから、今回はそんなに上手くいかないのではないかしら」

『でも、あの程度の濠と柵なら乗り越えられるんじゃねえのかよ』


 彼女一人であれば何とか侵入は可能だが、一人で如何こうできる数ではない。村の時は、出入りしながら村の防御施設を有効に使う事もできたから、ゴブリン・ジェネラルもなんとか討伐することができたのだ。


 自ら一人であの村塞の中に侵入し、騎士の装備と能力を有したゴブリン数体とそれの数倍のゴブリンを討伐するのは……工夫がいる。


「一番簡単なのは、油を撒いてすべてを燃やす事なのよね」

『村塞から逃げ出してきたゴブリンを外で順次刈り取るってことか』

「出入口は1か所だけだから、上手く縦深を取れれば、学院の生徒たちの討伐も問題ないでしょう」

『お前が中に入った場合、指揮する奴が別に必要だろう。薄赤戦士か野伏辺りに加わってもらうか』


 実際、話が来た場合、薄赤パーティーと学院生で討伐を行うことになるかもしれない。彼らなら、騎士クラスのゴブリンでも問題なく処理できるだろう。


「話としては……回ってきた段階で判断しましょう」


 ひとまず彼女は考える必要がこれ以上は無いと考え会話を終えた。

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