第75話-2 彼女はゴブリンの集落について考える
草ぶきの屋根……それはとてもよく燃える。最初、燻ぶったようなにおいが立ち込めていたのだが、やがてパチパチと爆ぜる音が聞こえ始め、ギャアギャアとゴブリンどもの喚き声が聞こえ始める。
「この場所からでは中の様子、見えないわね」
「外に逃げ出す者もいるでしょうから、あの跳ね橋の手前で様子を見ましょう」
降ろされた跳ね橋の手前に移動し、中の様子を探る。跳ね橋が上げられていなかったのは僥倖なのか、ゴブリンらしいだらしのなさなのかは不明だが。
中のゴブリンは、右往左往しているものがいる中、立派な鎧を着た大型のゴブリンが怒鳴り始めると、途端に統制を取り始める。その周りにも部分鎧を身に着けた……ホブゴブリンかファイターがゴブリンどもを叱責しつつ、消火活動を始める。まるで、普通の村落のようだ。
「ね、ねえ、あのゴブリンたちの鎧とかって……」
「失踪した騎士団員の遺品ではないかしら」
騎士団の鎧は規格品であり、統一された意匠を持っている。体の大きさに合っていないものを身に着けているゴブリンもいるが、その装備自体は、かなり良い質のものだろう。彼女が村で対峙したゴブリンの中にではジェネラルだけが匹敵する装備であったと記憶している。
「……それに、人間みたいじゃない動きが」
「ええ。兵士のように機敏に動いているわ」
騎士団でも1個中隊100人で攻めても、この規模の村塞ではそれなりの被害を出しかねない戦力だと思われる。ゴブリンの武装は貧弱だが、恐らく、二三匹で組になって一人を襲うような行動をとることが見て取れる。訓練された者たちの動きだ。
ゴブリンたちの動きが慌ただしくなってきたこともあり、一旦、引き上げることにした彼女と伯姪は、セバスと合流する。歩人も近くの木の上から村塞の中を確認していたようで、硬い表情である。そして、何か言いたげなのだ。
「気になる事でもあったのかしら」
彼女が促すと、歩人は口を開く。
「あの噂、本当かもしれねぇ……です」
「あの噂?」
剣を騎士のように扱うゴブリン・ジェネラルを目にした歩人が思わず口ずさんだように聞こえた。
『あれか。ゴブリンは、喰らった奴の脳の記憶を習得できるってことだろ』
ゴブリンがそもそも、騎士の剣を振るうこと自体がおかしいのだ。剣筋に操法、防御の形もまるで訓練を受けた騎士のように振舞ったのだ。つまり、正規の騎士の脳を喰らった結果として……騎士の能力を身につけたという事なのだろう。
「なら、シャーマンやメイジ、プリーストも人間の能力を脳を食べることで身に着けたという事なのね……」
『主、騎士団の先遣隊が行方不明になっておりましたな』
子爵家が代官を務める村を襲ったゴブリンの群れ。その群れを討伐したのち、王都から騎士団の救援が到着するのだが、夜明け前に出立した先遣隊が……行方不明となっていた。馬も武具もすべて消え去ったのだ。
『最悪、騎士と同じ数のゴブリンジェネラルが……誕生していると考えてもおかしくございません』
人間の騎士と同じ能力を持ち、その装備も整えたゴブリンが数十匹存在する。少なくとも二十程度。多ければその倍はいるだろう。
『ああ、だから……あの後姿を隠した』
『そうでしょうね。そいつらを指揮官として、さらに大規模なゴブリンの軍団を編成するつもりなのでしょう』
「その、一部が……この村塞……というわけね」
村塞の中のジェネラルとその配下のゴブリンは、明らかに並の上位種ではない。騎士団が返り討ちにならなければ良いのだがと彼女は思うのである。
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村に戻り、村長にゴブリンの村塞が廃砦の先の丘の向こうにできていること、その守りも規模も人間の村落と変わらない規模であり、複数の上位種が騎士に準じた装備でその群れを率いていることを告げる。
「……討伐していただくわけにはいかないでしょうか」
「依頼を出していただかないとお引き受けできません。それに、騎士団が中隊規模以上で討伐を行う内容です。小規模ですが攻城戦になると思われますので」
「ゴブリンの城ということですか。村への危険はないのでしょうか」
昨日今日できたゴブリンの集落ではないし、その間に猪の廃砦も存在するので、急に村が襲われることの危険性は低いだろうと伝える。
「とはいえ、村の管理者として騎士団と代官にはすぐに連絡してください。私たちも騎士団の駐屯所に報告はしますが、当事者ではないので、限界があるかと思います」
村長は「わかりました、ありがとうございます」と述べた後、重ねてこう告げた。
「もし仮に指名依頼をさせていただいた場合、受けて貰えますでしょうか」
彼女はしばらく考えた後、返事をする。
「騎士団が動かない可能性は低いでしょうが、もしそうであれば、引き受けることも吝かではありません。とはいえ、かなり高額の依頼となると思いますので、それも代官に確認したほうがよろしかと思います」
「……安く引き受けてはもらえませんでしょうか」
村長の言いたいことも理解できるのだが、冒険者ギルドにはそれなりの相場があり、彼女が安く引き受けるという事は、その相場を乱すことになる。命がけで討伐する冒険者からすれば、ギルドの相場より安く受ける義理はこの村にはないのだ。
「冒険者として引き受けるのであれば、ギルドが報酬を決めると思いますので、ギルドでその件はお話しください。私たちに話が来たのならば、検討させていただきます」
彼女はそう答えると、村を後にした。
確かに以前、彼女は冒険者たちと村をゴブリンの群れから救ったことがある。それは、彼女の子爵家が代官を務める村であったからであって、同じことを今回行うことはあり得ないのだ。
「また、馬鹿なこと言ってたわね、あの村長」
猪狩りの依頼、猪もそれなりに譲っていたので、頼めば何とかなると思っていたのかもしれない。
「や、マジであのゴブリンやばいから。引き受けちゃだめでしょ!」
歩人のいう事も最もだ。あのジェネラルは、青等級の冒険者に匹敵する能力を有すると、魔力の大きさから彼女は推定している。仮に、薄赤パーティと彼女と伯姪、歩人で組んでも……リスクが高いだろう。
「騎士団にお願いして、できる限り関わらずに済むならそうしたわね」
今回の十二頭の猪討伐で一旦、依頼に関しては終了という事で、村長には既に完了報告書に署名をもらっているので、今回の報告はサービスなのである。とは言うものの、あの森の猪を狩るのはまだうま味があるので、村とはある程度協力関係に有りたいと彼女は考えていた。
学院に戻り、ゴブリンの村落が猪の廃砦の先にある事を確認した話を冒険者登録をしている学院生たちに報告した。彼ら彼女らは「次はゴブリン討伐か!」と意気が上がるのだが、彼女はやんわりと否定する。
「名前はゴブリンでも、実力はオーガ並みのものが数体含まれているわ。装備は王都の騎士団のものを奪い、下手をすると剣技も騎士並なのよ」
何人かが、そんなゴブリンいるのかと疑問の声を上げる。しかしながら、事実なのは間違いない。
「ゴブリンにも上位種は魔法も使えば、身体強化もできるのもいるわ。その目で見ればわかるのだけれど……」
言葉を区切り、言い含めるように彼女は続ける。
「ゴブリンは、人間の脳を食べて、学習するかもしれないの。ね、危ないと思わないかしら」
実際、誰かが脳を食われてみないと、それが事実かどうか確かめる術はないのだけれども、自分が脳を食われる姿を想像したのか、騒いでいた学院生たちは急に静かになったのである。
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