第75話-1 彼女はゴブリンの集落について考える
彼女は猪の砦の件に関しては保留とし、急ぎ学院に戻ることにした。とはいえ、彼女自身にはゴブリンの村を討伐する理由がない。依頼でもなければ、彼女の専権事項でもないのだ。
「このままではまずいとは思うのだけれど……」
「どの程度の規模とゴブリンの数なのかを確認して、村長経由で王都の騎士団に通報するという感じじゃない?」
「学院も近いのだから、ここも安全とは言えないよ。学院の責任者として、ある程度やるべきことがあるんじゃないかい」
伯姪と祖母の言うことも最もなのである。とはいえ、何の為に森の中に集落を作っているのか、果たしてゴブリンキングの残党なのかどうかも不明なのだから、騎士団に報告するにしても再度調査が必要だろう。
「明日確認に行きましょう。私とあなたと、歩人の三人で、ゴブリンの集落の近くまで行って、どの程度の規模で何を目的としているのか、把握しましょう」
「……お、俺もでございますか……」
「まあ、他に子供連れているわけにいかないでしょ。猪とはわけが違うもの。慌てたりパニック起こしたら、隠蔽も身体強化も使えなくなるかもしれないじゃない」
「ですよねー」
明日は三人で馬で移動し、早朝に村からゴブリンの集落まで近づく。恐らく、昼前には確認できるだろう。
「でも、どうやって確認するつもり?」
離れた場所からでは、中の様子を細かく確認することはできない。近づけたとしても、周りに巡らされた堀と丸太の壁で中の様子は分からないのだ。それに、草ぶきの小屋とはいえ建物もあるのだ。
「潜入するとか。それでも、全体を把握するのは難しいでしょ」
「試してみたいことがあるのよ」
彼女は今回、『魔剣』から、『結界』と『雷』の術式を学んでいるのだが、それを試す良い機会だと考えたのだ。
「結界って、魔力で閉じ込める以外の使い方もあるのよ」
結界の密度を薄くし平面として広げていく。二次元レーダーのように魔力を広げていくのだ。
「魔力を広げると、その広げた範囲に存在する魔力を有するモノがなにか、凡そ把握することができるわ」
「……魔力の消費多そうだね」
「そうね。とはいえ、私の場合、身体強化をかけたまま二十四時間過ごせるほどだから、特に短期間であれば問題ないのよ」
「どのくらいの範囲が可能なの?」
「この学院の敷地くらいは問題ないわ。展開に少々時間が掛かるのだけれども」
伯姪は驚いた。とはいえ、何でもわかるわけではない、魔力を有するモノの存在がわかるのだ。
「獣や魔力を持たない兵士はわからないの。魔狼やゴブリン、魔術師や魔剣士のたぐい……それに魔道具の存在も把握できるわ」
「すごいじゃない。なら、ある程度隠蔽を掛けて近づいて、魔力を広げれば、村塞の中のゴブリンたちの数やおよその種類もわかるってわけね!」
隠蔽と同時に結界を掛けるのはできないわけではないのだが、伯姪と一緒にいる事で、隠蔽を掛けてもらえる。魔力のコントロールに集中できるので、その方が都合がよいのだ。
「では、それで行きましょうか」
「明日の……朝一から動きましょうか。報告は早い方が良いでしょうからね」
村長への状況報告と騎士団への通報。騎士団が動くのは、独自に斥候を放った後のことになるだろう。故に、数日はかかる。
「あの村塞が半年以上維持されているということは、今日明日に危険なことが発生するわけではないから、今すぐには問題ないでしょう」
そう考えると、二人は翌日の準備をし始めた。
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「……やっぱ俺も行くのか……でございますかお嬢様」
「当たり前じゃない、あんたパシリなんだから」
確かに、従僕とか従者というのはパシリ要員ではあるのは間違いない。翌日、学院に生徒たちを残し、彼女と伯姪・歩人は馬で依頼のあった村を訪れる。正確には、その背後の森に用事があるのだ。
馬を村に預け、さっそく森に入る。身体強化と隠蔽を用いて速やかに、廃砦を越え、丘の上に登る。
「あれがゴブリンの集落ね」
「……歩人の庄より立派かもな……」
歩人の隠れ里は防御施設自体用いない、里全体を隠蔽魔術で隠しているからだ。
「見張り櫓もあるので、警邏しているゴブリンもいるかもしれないわね」
「罠含めて、注意しましょう」
「それはでは、俺が先行……させていただいて、罠を見つけ次第解除します」
「ええ、お願いねセバス」
歩人はいたずら好きであり、その手の罠を見つけるのも得意だ。但し、建物のような人工物に関しては別なのだが。レンジャーではあるがシーフではないということだろうか。
ゴブリンが歩いてできたであろう獣道を歩き、村塞に近づく。規模としては代官の村ほどもあるだろうか。見張櫓には二匹のゴブリンが粗末な弓らしきものをもち周りを警戒しているようだ。
「ゴブリンが真面目に見張してるわね」
伯姪の言い分はもっともなのだ。上位者の前では媚びへつらうが、監視の目が無ければ適当に過ごすのが怠惰なゴブリンらしい態度なのだが、明るい時間、真面目に周囲を警戒しているのだ。
「教育訓練している上位種がいるわね」
「早速、探ってちょうだい」
「セバスは離れて周囲の警戒を」
「かしこまりました」
弓を手に背後に向かう歩人。万が一、彼女たちが発見された場合の保険の為である。
伯姪に隠蔽を任せると、彼女は魔力の結界を水平に拡大し始める。その広がりが村塞の中へと広がっていく。
「どうかしら?」
「大きい反応が一、中ぐらいのものが四……六体、それ以外の小さい反応が二十五体というところね」
「……大きな群れじゃない。キングがいるのかしら」
「さあ。少々揺さぶってみましょうか」
彼女は獣脂の塊を取り出すと、熱油球に整形しゴブリンの草ぶきの小屋の屋根に飛ばしたのである。
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