第74話-2 彼女は再び猪を狩りに村を訪れる

討伐の件を確認しに村長宅に訪問する。今回のお裾分けは一頭であることを伝えると「一頭でもありがたいことです」と帰ってきた。それはそうだろう。


「一つ、教えていただきたいことがあります」


 彼女は、いつごろからあの廃砦に猪が住み始めたのかを村長に聞く。村長は、少し考えつつ、「一年ほど前からだったと思う」と答えた。


「あまりこちらの森の奥までは入らないので、確かではございませんが……」


 川を挟んだ背後にあたる森であり、村から見える範囲の採取などが精々であり、廃砦の辺りにはあまり立ち寄ることもなかったのだそうだ。街道を挟んだ反対側に畑が広がっている関係から、主な活動の場は村の東側の山林であり、西側は余り近寄らない。


「以前はゴブリンや狼も出たのですが、最近は砦の猪の影響なのか、あまり見かけませんな」

「猪が居ついて、ゴブリンや狼がいなくなったという事でしょうか」


 村長は「さあ、わかりません」と答えるのだった。





 猪の集まる砦、冬を越したりするにはちょうど良いだろうし、春先に生まれた子供たちが大きくなるまで安全に育てることができる場所ではある。とはいえ、あまり廃墟に猪が住み着くということは聞かないのだ。理由が気になる。


 今回も、廃砦の手前まで移動し、猪の行動ルート上で待ち伏せをし、一頭ずつ確実に仕留めていくことを心掛ける。先手は前回の経験者である歩人と茶目栗毛に赤目銀髪。最初は、今回の新人を一人ずつ付けることにした。要領が分からず、怪我をしないとも限らない。


『主、私もサポートに回ります』

「ええ、お願いするわ」

『無茶しなければ、問題ないだろうさ。気楽にいこうぜ』


 学院生抜きでも伯姪、歩人と彼女の三人で仕留める事が十分可能なのだが、経験を積ませ、次の期につなげるのが目的である。とはいえ、まだまだ子供であるから、慎重さは忘れてはならない。





 歩人と伯姪にアシスタントされ、青目蒼髪と赤目蒼髪が猪を追い込んでくる。


「そろそろ来るわよ。先ずは、気配がした段階で結界を展開してちょうだい」

「は、はい! わかりました!!」


 猪が飛び出してくる直後に結界を展開するのは無理だろうと考え、猪の息遣いや追いかける物の声が聞こえた段階で、立ちふさがるように結界を展開させるよう、黒目黒髪に指示する。彼女の魔力量とコントロールであれば、多少長時間結界を展開しても、問題がないからだ。


 飛び出してくる猪が、見えない壁にぶつかり停止する。左右に彼女と藍目水髪が結界を展開し、三角形を作るように閉じ込める。とはいえ、魔力量がやや少なく、初めて目の前で暴れる猪に心を乱される藍目水髪は、かなり苦しそうに見える。


――― 結界を形成するより、それを維持する方が難しいのだ。


「もう少しい、頑張って!」

「くっううぅぅぅ」


 黒目黒髪と藍目水髪と彼女が『結界』を1面づつ形成し、猪を拘束している。同時に三枚を一人で形成し、猪を捉えることは現状難しいからだ。


「魔力の出力を安定させて。壊れるわよ」

「ううう、そ、そんなこと言われても……」


 藍目水髪には長時間の結界維持に少々魔力不足なのかもしれない。


「任せて、一発で仕留めるから!」


 赤毛娘が元気よく、ミスリルスピアをかざして前足の付け根辺りに勢いよく突き刺す。断末魔の叫びとともに、暴れる猪が糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。


「さて、急ぐぞ野郎ども! 心臓が完全に止まると、血抜きがめんどくせえ、脚、ロープ掛けて一気に吊るし上げるぞ」

「美味しい焼き肉の為に!」

「「「「「おー!!!」」」」


 歩人、生き生きしきっております。子供たちも、焼肉食べ放題の夢再びと走り回った疲れも見せず、歩人の指示の下、嬉々として猪をさばくのを手伝い始める。





 最初の一頭目は初めての者がいたこともあり、人数が増えたほど楽な感じはしなかったものの、二頭目以降は余裕をもって討伐することができるようになってきた。結界も、倒す時間が短ければ、無駄に魔力を消費することもないので、どんどん楽になっていったようだ。


 一頭倒すたびに、吊るし上げ血抜きをして内臓と頭を外して川に投げ込むを繰り返す。砦の猪も、流石に何度も断末魔の声を聴くので、警戒して午後の早い時間には姿を見せなくなってしまった。とはいえ、六頭は確保できているのだが。


「さて、少々早目ではあるけれど、学院に戻りましょうか。私は、森の奥を少々確認してくるので、先に帰ってちょうだい」

「馬であれば、馬車で同行するよりも早く帰れるものね。いいわ、行くわよセバス!」

「お、おう。では、先に学院に皆を連れて戻ります」

「帰ったら、道具の手入れも教えてあげてちょうだい。ミスリルとはいえ手入れ無しで良いわけではないのだから」

「承知いたしました」


 彼女と『猫』は学院生たちと別れ、森の奥の廃砦に向かうのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 砦とは言え、百年戦争期に作られたものであることから、決して小さな規模のものではなかった。


『これは、伏兵でも隠すための拠点か。もしくは、王都が陥落した際の落ち延びる中継の為の資材と人員を保管する場所だな』


 魔剣曰く、旧都に向かう途上にある場所であり、身一つで王が王都から落ち延びる際に、ここで護衛の兵士と替えの馬を確保して向かうための隠し場所ではないかというのである。


「それなら、この場所にこの規模の砦があるのもおかしくないわね」


 砦を遠巻きにしながら周辺を確認する彼女もそう考える。砦の背後は小高い丘がいくつかあり、視界が遮られている。あの丘の向こうも同じように森が続いているのだろうか。


『主、猪の群れですが、少々落ち着かないようですね。何かに怯えているようにも見えます』


 廃砦の門は崩れ落ちており、妨げる障害にはならない。壁も崩れている箇所が何か所かあり、決して城壁として高い防御力を期待できる石造りのものではなく、丸太で囲った簡素なものだ。


 村と砦を挟んだ反対側まで回り込むと、道のようなモノができており、ヒト型の足跡が散見される。


「足跡……人間のものより小さいし、素足ね」

『ゴブリン……ですね……』


 村長は最近ゴブリンや狼を見ていないと言っていたのだが、ここにはその比較的あたらしい痕跡が見て取れる。ゴブリンはやはりいるのだろう。時間的には午後も遅くなる時間、日暮れまでには2時間ほどあるだろうか。ゴブリンの活動時間としてはまだ早い。


『主、この先の丘の上まで行き、周囲を確認するのはいかがでしょうか』

「そうしましょう」


 彼女は廃砦から離れ、少し先の丘の上まで登ってみることにした。





 二十分ほども歩いたであろうか、丘の向こう側を見ると村のようなものが見える。丸木の柵をめぐらせ、その周囲には壕のようなものが掘られている。草ぶきの小屋が建っており、さらに、見張り櫓も見て取れる。子爵家の代官の村に似て少々雑な作りにしたようなものが見えるのだ。森の真ん中に。


「こんな場所に、隠れ里かしらね」

『そうだな。ただし、住人は人間じゃねえ、ゴブリンみてえだな……』

『確かに、ゴブリンの集落です。オークならこの程度の集落を築くことは知られておりますが、ゴブリンというのは寡聞にして初めて知ります』


 あの『代官の村』から逃げ延びたゴブリンの群れ。気にはなっていたのだが、騎士団の巡回の強化から自分の関心の外に向かっていた。


『あの廃砦の猪ってのは、ゴブリンが飼育している、もしくはゴブリンから身を守る為にあそこに集まってるんじゃねえのか?』


 猪が急に廃砦に集まりだした時期と、ゴブリンの軍勢が王都に現れた時期が微妙に重なることに彼女は気が付いていた。


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