第74話-1 彼女は再び猪を狩りに村を訪れる

 礼拝堂も完成し、今日は初めての日曜日。なかなか素敵な建物となっている。恐らく、数十人は並んで礼拝できる大きさがある。教会のように椅子が並んでいるわけではなく、祭壇とスペースがあるだけなのだが、その高い天井と、飾られているステンドグラスから差し込む日の光が特別な空間を

感じさせるのである。


 皆で祈りを捧げ、そして……彼女の竪琴の演奏に合わせ、賛美歌を歌う。それは、この学院で学べること、生活できることに対する感謝を込めたものでもあるのだ。


 とはいえ、学院生の楽しみは……少々豪華な食事にある。王妃様からいただいたデザートが日曜日にはつくからだ。





「猪狩り、もう一度行くわよね」

「そうね。あの廃砦周辺を今少し探る必要もあるでしょうし、今回、冒険者登録した子たちも慣れさせることもあるから……今週中に一度向かいましょう」

「ミスリルの槍があるのだから、大丈夫そうね。今回は、私も参加するわ」

「ええ、そうしてもらえるかしら。三人増える分、監督する者も増やさないと危険ですもの」


 実際、伯姪と歩人に学院生の猪解体の監督を任せて、彼女は『猫』と砦の様子を偵察するつもりなのだ。


「あの砦に、なぜ猪が集まるのか……理由を偵察してくるつもり」

「一人で?」

「猫も連れて行くわ。番犬ならぬ番猫としてね」

「いいわ。気配が消せるあなたなら、どうとでも切り抜けられるでしょうしね。いざとなれば『結界』もあるんだから、心配はしないわよ」


 子供たちのことは任せなさいと言われ、彼女は森で何が起きているのか調査に専念できそうだと安心した。


 さて、今回参加する学院生はかなり多い。黒目黒髪、赤毛娘、青目蒼髪(M)、赤目銀髪、赤目蒼髪、藍目水髪、茶目栗毛(M)の男2女5の冒険者登録済みのメンバーばかりだ。


 他のメンバーは身体強化と隠蔽のどちらかが不完全なもので、冒険者に登録するのは魔力量含めて今の段階では不安なものが外れている。やはり、魔力小の班は今の段階ではポーション作成に専念させ、魔力量の増加を促す方を優先させた。


「まあ、魔力量が多くても……ねぇ~」

「……わ、わかってるよ!俺も命は大事だし……みんなに迷惑かけるってことくらい……弁えてるぞ!」


 癖毛はワイワイと猪狩りに行く者たちの輪に入れずしょぼくれていたのだが、伯姪に声を掛けられ、言い返せる程度の気力は残っているようだ。


 魔力量が多くても、身体強化と隠蔽、それに伴う武器の使用がある程度できるようでなければ、宝の持ち腐れであり、足手まといなのだ。誰かが気を配る分、そこに隙ができる。癖毛を置いていくのは正しい選択なのだ。本人もそれを承知しているから、あまり不貞腐れるわけにもいかない。


「解体とか、肉の加工とか手伝えることもあるから。俺達居残り組だって、狩りのあとは手伝えるし、気にしねえよ」

「そうだね、働かざるもの食うべからずだから、その辺は期待しているよ」


 赤毛娘も容赦がないのだが、明るく揶揄される方が多少は気が楽だろう。女の子が狩りに行くのに、自分は居残るのは……やっぱり男としては恥ずかしいという気持ちが湧いてしまうのは仕方ない。





 さて、今回の猪狩りは、前回の役割を学院生にある程度割り振ることを考えている。結界を一人で彼女が形成した部分を、黒目黒髪と藍目水髪と三人で一面ずつ形成して挟み込むことを今回は行う。


「一度に三枚の結界を形成するのは、まだ無理だからしょうがないね」

「結界自体、魔力をかなり使いますから……先生みたいにはできません」

「実際、目の前に魔物や獣がいたら……絶対あせっちゃうもん!!」


 今回初参加の藍目水髪は……不安で仕方がないのである。とはいえ、セバスをターゲットにした囲い込みの練習は上手くいったのだ。最初に、目標の進行方向前面に魔力の壁を一人が形成し、その背後を左右から別の者が結界を展開して囲い込む。黒目黒髪の一枚壁は強度的にも彼女と遜色なく、問題ないように思えた。


「そこで、すかさず槍組がとどめをさすわけですよ!」


 赤毛娘、青目蒼髪、茶目栗毛、赤目蒼髪の4人が槍の担当、歩人と赤目銀髪が弓で進行方向を牽制し、後ろ足にダメージを与える事を目指す。


「ミスリルの鏃……ぁれば、たおせるかも……」

「ばっか、みんなで追い込む練習だから、いいんだよ。むしろ、やめろ」

「……わかった……」


 無駄口の多い歩人と、無口な娘のコンビは決して悪くないようだ。


「私は勢子側のバックアップ、あなたは捕獲側のバックアップでいいのよね」

「ええ。剣だけで申し訳ないのだけれど、危ないようなら、あなたが仕留めてくれても構わないわ」

「大丈夫だよ、いざとなれば木の上にでも飛び上がって、『隠蔽』で気配消せば、あいつら気が付かないから」


 猪が目がとても悪い反面、嗅覚は優れているという。木の上に逃げればにおいを追いかけることはできまいと伯姪は言う。


「身体強化して、木の上に逃げる。あとは、何とかなるかな?」

「今日は何頭目標ですか?」

「あまり狩りすぎても困るから、同じ数にしましょう。できれば、孤児院へもお裾分けしたいから、村には一頭、学院で五頭という按分でお願いするわ」


 今回は人数が多いので、馬車に全員乗れないと判断し、彼女と伯姪は馬で移動することになっている。


「では、留守をお願いします」

「ああ、無理しないで行っといで。怪我の無いようにね」


 彼女の祖母に居残り組を任せると、依頼の村に再び向かうことにする。


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