第71話-1 彼女は猪駆除の依頼の村に到着する 

「……なんだ、子供ばかりじゃないか。大丈夫なのか本当に?」


 村長の屋敷に挨拶に行くと、開口一番、予想通りの言葉が返ってきた。彼女は『濃赤』の冒険者札を見せながら、自分たち以外受ける者がおらず皆魔力保持者なので年齢で判断するのは早計であるという説明をする。


「火の玉くらいじゃ、猪は死なないぞ」

「これではどうでしょうか?」


 彼女は覚えたての『結界』の魔法を村長に向けて発動する。村長の周囲2mほどの範囲を三角形の魔力で作られた透明の板が覆う。村長はゴンゴンと叩いているようだが、びくともしない。


「これは、魔力による攻撃が通りますので……」


 自分のサクスを取り出し、村長の結界の中に突き刺す。剣に驚く村長。


「そ、それなら大丈夫だな」

「案内してくれた女性は来てくれてありがとうと言ってくれたけど、随分な態度ね。この子と私、騎士爵なのだけれど……あなたは何様?」


 身分を明らかにし、それにふさわしい対応を求めることもこの場では必要かもしれない。村長は改めて、丁寧に依頼を受けてくれたことに対して謝辞を述べる。


「……騎士様とは存ぜず、大変失礼いたしました。王都で冒険者をなさっているということで……」

「近くで学院を運営しておりますの。彼らは学院の生徒で、魔力を用いて狩りをするのです」

「……もしかして……」

「ええ、ご想像の通りだと思います。とはいえ、私たちも王家に貢献することが存在意義ですし、猪の肉も正直必要ですので、引き受けた次第です」

「それはそれは。その、何頭かは村にいただきたいのでございますが……」


 村長はとても低姿勢で「肉くれ」と伝えてきたので、血抜きに裏の川を使う代わりに、半数は村のものとすることを了承したのである。討伐部位はこちらでいただくことにするのだが。





 猪は森の中にある砦の廃墟にいるという情報を村長からもらう。何でも、百年戦争の際、王都を占領した連合王国軍の築いた城塞で、比較的保存状態も良いのだそうだ。


「砦の中で出産育児をするので、簡単には狩れないのでございます」

「かなり大きな個体がいるという事でしょうか」

「ええ。一番大きなものは……」


 村長曰く、群れの主は馬車ほどの大きさがある猪であるというのだ。とても簡単に仕留めることができるとは思えない。動きを止めたとしても、心臓まで刃を届かせることができるかどうか疑問なのだ。


「数はどのくらいでしょうか」

「五十から百の間というところです。そのうち半分は最近生まれたものなので、大きくはないと思います」


 ならば、砦から主を引きずり出して、若い個体中心に狩るのが良いかもしれない。彼女と伯姪は挨拶を終えると、馬車で待機している学院生と合流する。勢子役が伯姪、黒目黒髪、歩人、茶目栗毛それに『猫』である。『彼女』が結界で拘束し、赤毛娘がミスリルの剣で止めを刺すという分担を再確認する。


「今日の段階での目標は六頭。半分は村に肉として渡すことになるわ」

「じゃあ、残りが私たちの獲物ね」

「ふふ、枝肉が俺を呼んでるぜ!」


 セバスもテンションが上がっているようだ。まずは、猪が住んでいるという廃砦目指して移動する。


 樹木もややまばらな明るい林間を抜けて歩いていくと、猪の痕跡が増えてくる。

歩人曰く、猪は丘と里の中間くらいが住みやすい生活圏なのだという。




「あいつら、俺たちの畑の麦なんかしょっちゅう食い荒らすんだよな。大きくなると単独だけど、若いうちは数頭で行動してることも多い」

「それで、どうやって狩るのさ」


 赤毛娘が先を則す。歩人曰く、移動経路が決まっているので、そのルート上をたどり、勢子が廃砦と離れる方向に追い出せばいいだろうというのだ。


『主、私が上手く誘導します』

「任せるわ、お願いね」


 彼女は『猫』に獲物を誘導することを依頼する。猪自体は馬と変わらぬ速度で疾走することができ、体重も百キロを超える場合もある。主は数百キロというところだろうか。


「主が出てきたら撤退してちょうだい。数を減らして、何度かに分けて狩りをするつもりです。数を減らすことが目的で、主を狩るのは目的ではないの」

「馬車より大きな主がいるので、皆慎重にね」

「「「はい!!」」」

「……まじか……」


 マジです。いくら魔力持ちとはいえ、普通の槍や剣で倒せる大きさの猪ではない。魔狼以上の脅威だと認識できる大きさであるし、恐らくはその大きさになるまで成長できるだけの知恵も有しているだろう。


「村に、主が報復に来ることが無ければいいのだけれど」

「でも、それならおかしいかもしれません」

「何が?」


 茶目栗毛の疑問。それは、わざわざ大きな集団を作り、廃砦を巣として活用するのは、なにかから群れを守る為ではないかというのである。


「猪は巣を作ることはないですし、群れる動物でもありません。単独でもかなり強力なので、狼の群れにも成獣なら対抗できるようですし」

「……群れなければいけない理由が何かあると」

「はい。森の奥に、なにか存在するのかもしれません」

「うーん、その場合は勝手に行動せずに、各員は学院長代理に報告ね。それで、あなたは……」

「村長さんに話をして、村で判断してもらいましょう。私たちの仕事は猪の駆除、分をわきまえねばね」


 行き掛かり上、何かするのは自分一人ならなんとでもなるのだが、学院生を引率する身としては軽率に行動するわけにはいかないのだ。



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