第70話-2 彼女は鍛冶屋を考える
『魔剣』いわく、今回の髪の長さなら、ついでにもう一つ教えることができるという。
『《雷》の魔術を覚えるのはどうだ?』
「あの、光と音と衝撃が発生する、ドンと落ちるあれよね」
『それだ。命中すれば即死だし、場合によっては火傷や裂傷も発生する。少々慣れるまでは発動に時間がかかるけど、距離も見える範囲ギリギリに即座に落とすことができる』
「例えば、城門とか塔に落とすこともできるのよね」
『威力次第では叩き割ることもできるんじゃねえの。俺はそこまで魔力が無かったから保証はできねえけどよ』
「ふふ、楽しみね。『神の鉄槌』という感じかしらね」
北の「海国」の神話には、雷の神様が登場するとかなんとか。『トオルの戦鎚』という神器も存在するという。雷は恐ろしいイメージを持つ。それが自由自在に発射できるとすれば、味方は勇躍し敵は恐れおののくだろう。
『魔物の動きも一瞬で止められるだろうな。何しろ、雷は一瞬で命中する。まあ、当てるために一工夫必要だろうな』
「どういう意味かしら」
『ああ、雷が落ちる目印になる槍でも剣でも刺しておかねえといけねえんだよ。もちろん、無しでも落ちるが、当たるかどうかはわからねえ。雷は金属に落ちやすいんだ。教会の十字架とか、よく落ちるんだぞ』
高い場所=空に近い場所ということも影響しているだろうが、金属に雷がひかれるのは間違いがない。
「では、その二つ、新しく教えてちょうだい」
『契約成立だ』
翌日、バッサリ……とまではいかないが、ギルドに冒険者登録をしたころの髪の長さになった彼女を見て、学院の皆は少々驚くことになった。
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その日の午後、彼女は自分の新しく習得した『結界』の魔術の練習をしながら、他の学院生たちの訓練を確認していた。集中と選択の成果だろうか。
赤目銀髪は、新しい弓の習熟の為のテスト中。弦は魔力の使用に耐えられる特別な仕様に変更しなければならないかもしれない。赤毛娘と茶目栗毛は二人で形稽古のような事をしている。片方が攻め、片方が受けているのを交互に繰り返している。
黒目黒髪は水球の発生速度と移動速度を上げる練習。魔力の多さと、コントロールの正確さはかなりのレベルに達している。自分が『結界』の魔術をマスターしたなら、次は彼女に習得させることを考えた方がいいだろう。彼女は、性格的に守備要員だからだ。
そして……癖毛は相変わらずである。多分、マイナスのスパイラルに陥っていると考えられる。周りが進んでいるのに、自分は様々な面で後れを取っている。
魔力はあるが、性格的に薬師・魔術師のようにコツコツ突きつめる、それも
座学メインの仕事は向いていない。
体を使い、それに合わせて頭を使う……猟師や鍛冶師といった仕事の方が向いているだろう。彼については、ドワーフにつけることを彼女は考えているのだ。
『主の考える通りで良いでしょう。彼は、考えるのは苦手に思えます。それに、髪の毛同様捻くれておりますので、金床と金槌で叩きのばすのが良いでしょう』
『猫』の意見も最もだろう。とはいえ、ヘタレである癖毛がドワーフの鍛冶師にへし折られ逃走する未来も見えなくはない。その場合、それはそれで仕方が無いとは思うのである。
魔力が多いからと言って、使いこなせるかどうかは全く別の才能に過ぎない。とはいえ、水たまりを作り続けることはそろそろやめてもらいたいのである。
さて、その日の夕方、『結界』の魔術はほぼ十全に扱えるようになった。
「なにこれ、凄く便利!」
「魔力を通せば攻撃は貫通するから、その辺りが運用のポイントになるわね」
結界を張った状態で、中から魔力を用いた攻撃を行うことができるのだが、反面、魔力の反動によるダメージは緩和されないのが問題であったりする。自分自身の魔力で発生させた『雷』のダメージは『結界』を貫通するが、その結果発生する爆発や火災に関してはダメージを受けないとでも説明
すればいいだろうか。
「……覚えたい……です」
「ぃざという時、自分を守れるのに……いいかも」
黒目黒髪と赤目銀髪が答える半面、茶目栗毛は「僕は無理そうですね……」と魔力が少ない分、ややあきらめ気味だ。
「一瞬だけ発動させるなら、魔力の消費は少なくて済むでしょう。当たる瞬間だけ発動させて、ダメージを軽減させるという使い方もできるわ。自分の身は自分で守れる方がいいじゃない?」
「そうそう。私も、覚えよう」
「覚えたら……特攻させられそうだぜ……でございます」
伯姪は単身切込みする気満々で魔力が少なくても扱えるレイピアタイプの刺突剣をミスリル合金で作りたそうであるし、セバスは……まあ、頑張れである。
魔力のコントロールと維持が胆の魔術なので、これも癖毛には向いていない魔術となる。ただ燃やす、水をぶちまけるといった魔力の豊富さを生かす運用なら何とかなるのだが、実際、そのような局面が限られている。それに、術の展開速度も遅い。厚い鎧より早い脚が大事なのだ。
「あの子、またしょぼくれてるわよ」
「……考えがあるから。後で話をするわ」
魔力を持つ鍛冶師を目指す。その過程で、体で魔力のコントロールを覚えるということを癖毛には提案するつもりなのだ。何しろ、ドワーフの鍛冶師とサシで仕事をし続ける事になるのだから、ある程度、腹をくくらないといけないのだろう。とはいえ、その話は、宮中伯からの返事を待つことになる。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
翌日、狩りをするチームは、朝から学院の南にある村に猪狩りの依頼を受けて移動することになった。彼女と伯姪にセバス、茶目栗毛と赤目銀髪、黒目黒髪に赤毛娘の七人である。冒険者ギルドの依頼の中に、学院傍の村の物があったのは幸いであった。
「意外と近場で依頼があったのね」
「そうね。今までなら受けるような依頼でなかったので、気にしていなかったわ」
素材採取とゴブリン討伐、山賊に関しての討伐依頼以外は注意していなかったのだが、学院生の育成と学院の知名度と印象改善の為にも積極的に王都周辺の細かい依頼を拾っていくことも大切な気がする。
「なにしろ、妖精騎士様が受けてくださるんだからね!」
「……それは無しにしましょう。騒がれるのも困るし、学院出身の冒険者という事だけで問題ないわ」
彼女は濃赤の冒険者であり、騎士爵持ちでもある。その辺りはきちんと説明して置くべきだろう。どう見ても、子供のピクニックにしか見えないのだから。
今回は、彼女の『結界』を用いて追い込んだ猪を抑え込んで刺突して止めを刺す予定である。なので、ミスリル合金製スクラマサクスを用いる。特に、生き物を殺す経験のない、赤毛娘に重点的に刺突させる予定だ。
多少のトラウマにはなるだろうが、獣を狩るというのは基本的な冒険者の業務であるし、素材だって植物採取だけではなく動物の胆を使うものもある。薬師として冒険者から購入することも可能だが、魔力を有するのであれば、冒険者としても活動できるに越した事は無い。
何より、自分を守り仲間を守るためにも実際に「殺せる」ということは抑止力になる。八歳の子供にさせる必要があるかと言えば否なのだが、獲物の解体も肉を作ることも経験させるので、その辺りの事は覚悟してもらっている。
「……ですよねー」
「う、うん。肉を食べるって……そういう事なんだよ。命をいただくってことだもん」
馬車の中では皆、覚悟を決める話し合い中……特に女子二人。馬車の御者台では……
「一番いいところ、俺がもらっていいなら、手本見せてやる……でございます」
「へー ほんとは自信ないんじゃない? 口だけ歩人ってやつ?」
「ば、ばっか、俺は里でも名うての弓の名手で、猪なんざ、毎日のように狩ってたんだぜ」
「本当は?」
「……当番で。月に一頭くらいです……」
「解体ができるならその辺りは構わないわ。男性陣にまずは頑張ってもらいたいもの」
血抜きをどうするかというのもある。水にさらすには学院傍の川で流れに漬けるのは問題ないのだが、死んですぐに血抜きはした方がいいのだろうか。
「血抜きの後、肉を冷却することが大事なのよ。血生臭い肉にしないためには流水につけて冷やすのが一番。なければ、雪を掛けるとかいろいろあるのよ」
美味しく肉をいただく話をしている間に、馬車は依頼のあった村に到着した。街道に面していることから、村の中心には酒場と食堂と宿屋兼業の店もあり、また、雑貨店もある。代官の村から騎士の駐屯所をなくした感じだろう。
彼女は馬車を止め、近くにいる村人らしき若い女性に話しかけた。
「王都の冒険者ギルドから、猪駆除の依頼で参りました。村長さんのお家はどちらでしょうか」
少女が『冒険者』と名乗ったことに驚いたようだが、猪の被害は村で問題になっているため「来てくれてありがとう」とまず礼を言われた。彼女の案内で村長の屋敷にまずは向かうことにしたのである。
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