第71話-2 彼女は猪駆除の依頼の村に到着する
茶目栗毛と歩人、赤目銀髪は弓と剣。黒目黒髪は熱湯球で追いかけることにする。各人、猪を見つけた場合、呼び笛をふいて知らせ、進行方向を赤毛娘と彼女の待ち構える森の出口方向に誘導するのだ。勿論、『猫』は爪で傷つける事になる。
歩人の視界に、一頭の猪が現れる。地面に顔を近づけ、餌になりそうなものを探しつつ、獣道らしき草の踏み分けられた痕のある場所を歩いていく。呼び笛を吹くと、猪が音に反応する。他のメンバーが半円形に回り込むように周囲に集まってくる。
「行くぞ!」
掛け声をかけ、歩人の放った矢が猪の後ろ脚の付け根に刺さり、猪が前方に向け走り出した。
「わっ、速い!」
「……距離を保って追いかける……」
「猪、すごく足が速い……」
「兎に角、追い込むぞ!」
勢子の四人が身体強化をした脚で森の中を追走する。猪は1mくらいの高さを助走なしで飛び越えることもできるほどの脚力を有するが、基本的に障害物を潜る傾向にある。毛も硬く、藪を漕ぐのも得意である。何が言いたいかというと……
「イデ、痛ってぇ……」
「うっ、ピシピシ痛い!」
藪に侵入するときに、地味に腕や顔、胴や脚に枝葉が当たり、痛いのだ。
「これ、先生に最初に見つけてもらって、『結界』に閉じ込めて貰った方がいいよ!」
「……ダメ、自分たちで狩る……」
「そうだね!」
「あー なんで俺がこんな事を!!!」
猪が突撃していく後ろを、四人と一匹が追いかける。熱湯球を飛ばしつつ、身体強化を使い走り抜けるのは、魔力制御の能力が上達している黒目黒髪にも中々大変なようだ。弓に関しては身体強化の延長で問題がないのだが、射点につく前に、猪が動いてしまい射止めるのは難しい。
起伏のある場所を逃げ走る猪だが、里が近くなりなだらかな森となる。彼女と赤毛娘の待ち構える場所まであと少しだ。
『主、もう少しで見えてくると思います』
「ええ、気配を感じるわ」
走り回る音と、荒い息遣い。逃げ回る猪もそろそろ疲れてきているのだろう、木々の間を彼女と赤毛娘の前に向けて走り出る一頭の猪。森の薄暗がりの中、黒い塊のように見えるそれは、赤毛娘にとってとても大きなものに見えるのである。
「大きい……」
「成獣ね。体高で80㎝くらいかしらね」
赤毛娘の肩ほどの高さであろうが、体重は100キロほどもあるだろうか。鼻息も荒く、こちらを警戒しているのだが……『結界』を発動させる彼女。猪の周囲に魔力の壁が形成される。
閉じ込められたことに気が付いた猪が体当たりをするのだが、目の前の見えない壁にぶつかり、痛い思いをするだけのようだ。鈍い音が聞こえてくる。
「……先生」
「動きが鈍くなるまで様子を見てもいいわ。皆が集まるまで手を出すのは止めておきましょう」
「はい」
黒い塊が暴れているのを見て、赤毛娘がかなり動揺しているのだ。実際、すごい勢いで息を吐く猪は、様々な音を立てて威嚇を繰り返す。
「なんだ、まだ止め刺してねえんだ」
「あなたたちに囲んでもらって意識を分散させてから止めを刺すのよ」
結界の周囲に集まる勢子を見て、一層興奮する猪。先ずは、剣で後ろ足に傷をつけるところから始める。
「縄で拘束するのがいいんだろうけど、難しいかもしれません」
「では、あなたがお手本を見せてもらえるかしら」
茶目栗毛にミスリル剣を渡し、彼女がそう促す。少し躊躇したものの「わかりました」とばかりに剣を構える。後ろ足の付け根に刺突、さらに、何度か繰り返すと、猪は後ろ足は立ち上がることができないほどに動きが鈍る。
そして、大きな頭と小さな目では捉えにくい斜め後ろから、胸のあたりを狙い、魔力で強化した剣先で刺突し息の根を止める。
「ミスリルの剣、スッと剣先が体に突き刺さりますね」
「あなたも上手よ。骨をうまく避けてくれたじゃない」
動きが止まった猪に、結界を解いて赤毛娘が槍を用いて止めをさす。
「うえっ、刺さらない……」
「身体強化をきちんとしなさい。槍は力を入れなくても刺さるから。刺さったら少し柄を回して」
「……はい……」
何度か、筋肉に弾かれるものの、最後は深くまで刺すことができ、猪は断末魔の声を上げ息絶えた。
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その場で後ろ足に縄をかけ、木の枝に吊り下げ血抜きをする。不要な頭を落とし内臓も出してしまう。内臓を傷つけると、糞尿がこぼれ出て肉につくと非常にまずいので、最初は慣れている歩人に頼むことにする。
「血抜きよりも、肉を冷やす方が優先なんだけどな。運ぶの大変だから、最初に血抜きして、頭と内臓外して捨てちまう。こいつら、頭重いからな」
という事で、身体強化をしているので赤毛娘でも100㎏の猪を難なく木の枝に吊り下げることができる。枝の方が心配だが。
「ダニがいるから、素手は避けた方が良い。手袋してな」
サクスを皮膚の下まで入れて、股のあたりから胸のあたりまで切り裂き内臓を取り出す。内臓は今回は捨てるつもりである。
「顔の肉とかも食えるんだろうけど、今回はスルーな」
ということで、ジャンジャン解体した後は、身体強化した体を利用して、ひとっ走り村の川まで解体された猪を運び、ドボンと川にロープでつないだまま投げ込む。
「死んだ動物の体温が残ってると、雑菌が増えて味がまずくなるんだ。特に、血液を通して増殖するから血抜きが大事なんだよ」
「……雑菌?」
「ああ、ものが腐ったりする原因になる。白くでブヨブヨしている塊だな」
という事で、猪をどんどん採取していくことにする。
半日ほどかけて、成獣ばかり六頭を捕獲して駆除。半分ずつを村と山分けすることになる。肉に関しては、村の分はそのまましばらく川で放置しておくということになり、彼女たちは三頭分を馬車に乗せ学院に戻ることにした。
「今日で終わりという事ではございませんな」
「猪の処理を終えたなら、また伺うつもりです」
「それはありがとうございます。この後は1頭当たり銀貨1枚で買い取らせていただくことでよろしいでしょうか」
「……ええ、それでお願いします」
銀貨一枚は一万円程度で、正直安いのではあるが、村で出せる金額としては依頼とは別途であることを考えるとそこまで悪い条件ではない。気持ちとして些少ながらということなのであろう。
「またおいで下さい」
村長は朝とは打って変わっていい笑顔で送ってくれた。現金なものだ。
「さて、帰ったら今日のところは川に漬けて終了だな」
「暗いからしょうがないね」
「肉は、三日くらい熟成させた方が美味しくなるからね。今日は食べない方がいいんだ。硬くてまずいよ」
「えー なにそれ、聞いてなよ!」
「ぉとおさんもそうしてたから……まちがいない……」
猟師の娘である赤目銀髪に言われると、赤毛娘は渋々諦めたようだ。とはいえ、数日後には焼肉大会が始まるのが決まっているわけで、うきうきせずにはいられないのである。
『たまにはこういうのもいいんじゃねえの』
「そうね、食べるとは楽しい事ですもの。美味しそうなレシピをみんなで考えましょう」
とはいえ、保存用にベーコンをたくさん作るのは大変そうだなと彼女は思うのである。
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