第065話-2 彼女は元暗殺者見習に話を聞く

「……マジですか……」

「ええ、彼は剣術が得意なのだそうよ。そういう育ちなの。相手をしなさい」

「ははっ、私もあとで混ぜてもらおうかな。たまには剣も振るわないと錆びつく」

「木剣を用意しておきなさい」

「承知いたしました……お嬢様……」


 いや、普通に魔力で身体強化すれば、あんまり痛くないからと彼女は思うのである。


 昨日の今日で早速なのであるが、今まで見せていなかった茶目栗毛の剣の腕を見たいと思っている。


「なんだよー 俺も剣術習いてぇな」

「あんた、身体強化上手くできないじゃない。腕相撲、私に勝ってから言いなさいよ」


 鼻で赤毛娘に笑われる癖毛である。魔力の多さが仇になり続けている。ポーション作りも魔力を安定的に一定量込める事ができず、黒目黒髪、赤毛娘はおろか、中小の班員にも後れを取っている、潜在能力だけは優秀な少年である。


 最初に魔物の討伐を経験させるメンバーには茶目栗毛と赤毛娘が入ることだろう。身体強化のレベルはこの二人が頭一つ抜けている。黒目黒髪は性格的に王女殿下の立ち位置で、後方で大出力の魔術を運用する方が向いているだろう。熱湯球乱射……とかである。


 歩人と茶目栗毛が中庭で対峙する。得物は木剣であるが、切り付ければ打撃痕は残るだろうし、痛いのは変わらない。最後にはポーション飲ませるのだが。


「始め!」


 伯姪の掛け声で、二人は近づき始める。最初に仕掛けるのは……


「行くぞ!」


 隠蔽+加速する歩人。子供相手でも容赦しない、大人げない見た目美少年の中年オヤジである。茶目栗毛は歩人の動きをゴブリン戦で目にしている。


 回り込む足跡に、剣戟を放つ。そして……


「ゲッ、風魔術かよ……」


 隠蔽が解ける、木剣を振るタイミングで圧縮空気の塊らしきものを見えないが足跡のある場所、正確には移動する未来位置に叩き込んだ。


「慣れてるわね」

『隠蔽解除とかな。あれは、想定して訓練してるな。流石は暗殺者の訓練生というところか。暗殺予防も心得てるってことだ』


 『魔剣』が所見を述べるが、恐らくその通りだ。彼女ほどのもしくは黒目黒髪や王女殿下なら魔力を周りに放つことで隠蔽解除ができるのだが、魔力ありきの力技である。少ない魔力を用いて、正確に推定位置に叩き込むのは、訓練したとしか思えない行動だ。


「あれ、いいわね」

「……何やったんだあいつ……」


 自らを鍛えてきた少女と、魔力の多さに胡坐をかいた少年の差でもある。見ようと思う者にしか、世界は見えないのだから。魔力の保有量程度では差は埋められることはない。あるべき姿が見えるという事も、才能ではあるが。


「現実見なさいよ」


 赤毛娘に窘められ、黒目黒髪には苦笑いされている。魔力量が多いという面で黒目黒髪も同様であり、癖毛と同じ問題点を持ってはいるのだが、彼女は自分のできないことを素直に認める……自己評価の低さがある。故に単調な作業も苦にしない、継続することで少しずつ世界を変えて行ける。


『皆まだ幼い少年少女ですから。これからでしょう』

「永遠に期待だけすることが無いように……あってほしいわね」


 歩人は攻撃する為に、仕掛けが単調になっていることに気が付かない。自分の半分の年齢にも満たない子供に通用しないことで焦っているのか。


 茶目栗毛の動きが変わる、円を描くように周りを動いている歩人の推定軌道上に『空気魔力弾』を打ち込みながら、身体強化で刺突を組み合わせるようになる。姿が見えてから、狙いすまして……胸の部分を刺突するのだが、恐らく、首でも目でも狙えるだろう動きに余裕を感じる。


「猫がネズミを甚振るみたいね」

『はは、猫の方がもう少しかわいいと思います、我が主』

『もう止めた方が良いな。勝ち負け見えてるし、セバスが折れる』


 彼女は「それまで」と声を上げ、立ち合いは終了となった。





「すごく強いね!」

「剣が使えるんだね!!」

「かっこよかったー セバスかっこワルー」


 なんだか最後は歩人下げのコメントなのだが、決して無能ではないと彼女は歩人を評価する。茶目栗毛の魔力使いが突出しているだけなのだ。


「じゃあ、次は私とやってみる?」

「……お願いします」


 伯姪が名乗りを上げる。どうせならと、彼女の愛剣に布を巻いてという事になり、茶目栗毛も真剣を使うことになるのだが……


「双剣でもいいですか」

「ええ、構わないわ」


 伯姪は片手剣で、恐らく斬撃主体の攻撃。茶目栗毛は剣で受け流しつつ、刺突を繰り返すスタイルなのだろうと想像する。


 剣に布を巻き終わり、二人は相対し、「始め」の声がかかる。立ち位置が変わり、伯姪の周りをじりじりと茶目栗毛が回り始める。やがて、伯姪が急に体を躱す。


『あの弾を崩しにつかっているんだろうな』

『いえ、次からは問題なくなるでしょう』


 『猫』がつぶやく。何度か魔力弾を仕掛けた後、そのタイミングで自分も踏み込むつもりなのかもしれない。甚振るように魔力弾を撃ち込むつもりなのだろうが……


『あの剣は魔力通すからな』


 普通に正面に向け切っ先で弾を撥ねる。僅かな動きで撥ねつける。


『弾は曲がるわけじゃねえから、切っ先を相手に向けておけばその範囲の微調整だわな』

『とはいえ、見えていなければ弾けません』


 伯姪は茶目栗毛に「お前の動きは良く見えている」とアピールしているわけである。


「じゃ、行くよ!」


 身体強化、斬撃も強化して茶目栗毛に剣を振り下ろす。左手の剣で受け流し、右の剣で斬撃を放つのだが……


「顔面殴ったわね……」

『お、おう』


 何か「ハンマーパーンチ!」とか叫んでいた気もするが気にしない。


「剣だけが武器じゃないからね」

「……おっしゃる通りです。思い出しました……」

「……思い出した? ね。まあいいか。なんかこの先楽しめそう~」


 身体強化した拳で殴れば鎧も凹むし、何より打撃武器に匹敵する衝撃を受ける。貫手でも顔面を狙えば、殺すことも可能だろう。右手を振り下ろす前に、踏み込んで左腕で顔面を殴った……左右の体をスイッチしたと言えばいいだろうか。


「中々楽しい立ち合いだったわ」

「そうね、センスあるし、鍛えていた感じがするわね」

「ええ、戦闘員として有望……かしらね」

「良いわね、若い戦士っていないものね周りに」

「……あと五年くらいしないとそう見えないけどね」

「確かに」


 茶目栗毛は一期生の中では年長の方だが、それでも11歳にすぎない。ギルドの登録も本来なら少し先なのだが……


「『数え』で登録させるわ」

「そうね、いい考えね。濃黒まではすぐいけるでしょうしね」


 彼をもう少し育てたら……知り合いの修道士か引退した伯爵にでも少し預けるのもいいような気がするのである。きっと歓迎してくれるだろう。


「基本、学院には兵士向きの子は来ないし、選んで無いものね」

「先が基本的には薬師か魔術師だからそうなるわね。女性比率も高いのはその辺りもあるもの」


 魔力ありの男子はある意味残っていないのである。騎士の養子でもらわれる事も多い。茶目栗毛もあと半年も後であれば、養子にもらわれていただろう。鍛えた体にも見える。癖毛とは印象がかなり違うのだ。


「彼は特殊ね。普通は栄養不足で華奢か成長が遅れているものだから」

「ここに来たら、お腹いっぱい食べて体を作れる子にしたいけど……半年とか1年が基本だもんね」

「ええ、薬師にするのにそこまで時間はかからないからそうなるわね」


 魔力持ちは2年程度かけて魔力の扱いを教えなければならないだろうが、薬師としての仕事を覚えるのは1年で十分なのだ。読み書きと計算がある程度出来ることが前提なのだが。


「本科と専科みたいな感じにして、本科が薬師限定のコースにしようかしら」


 共通する部分を本科として教え、魔力の多いものを専科として延長して教育する……学院の運営は試行錯誤なのだと彼女は思った。



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