第065話-1 彼女は元暗殺者見習に話を聞く

 暗殺者とテロリストは似て非なる者である。そもそも、この時代テロという言葉は存在しないのだが。暗殺者は熟達した職人の技である場合もある。勿論、未熟なものが身を省みず行う暗殺もあるのだが、依頼をし実行するような職業としての暗殺者は高度な魔術師である場合も多い。


 テロの実行者を仕立て上げる場合、例えば子供を失った親、親を失った子供、恋人を失った女性などを対象とする場合が多い。女子供は成人男子と比べると警戒されにくいことと、感情的であることから、唆しやすいのだ。


 それはさておき、子供の暗殺者は人目につかず怪しまれず、容易に目標に近づくことができる。また、油断をさせることもできる。故に、子供を暗殺者に仕立て上げる組織というものが存在する。生き残れば、立派な大人の暗殺者になるのであろうが、子供は使い捨てである。





 その晩、彼女は茶目栗毛と話をすることにした。実際、暗殺者の組織で育成を受けているとすれば、その情報を欲しいと考えていたからである。恐らく、育てられた場所がわかるような対処はしていないだろうからそれは求めていない。


 暗殺者としての育成過程を教わりたかったのである。彼ほどの年齢まで生き残っていたのであれば、暗殺者としての教育段階はかなり進んだものであっただろう。


「あなた、とても隠蔽が上手ね。魔力の身体強化も、剣さばきも中々だわ」

「……」

「正規の訓練でも……受けていたのかしら?」


 学院長室に呼び出した茶目栗毛に彼女は率直に問いかける。一人で話を聞くのも危険かもしれないのだが、敢えて、歩人と伯姪には席を外してもらったのである。


「……だとしたら、処分しますか?」

「なぜ? あなたは暗殺者として育成されているのだろうけれど、任務を帯びてここにいるわけではないわよね。行き倒れで死にかけていたわけでしょ」


 任務に失敗して切られたか、育成途中で捨てられたのだろうか。


「なら、別に今まで通りで構わないの。だから、あなたの技術も情報も隠さないでちょうだい。人攫いの組織とあなたの所属していた組織に関連性があるかも知れないじゃない。あなたは、いつからその組織? 施設にいたか覚えているのかしら」


 茶目栗毛は返答をしかねている。重ねて彼女は、今まで通り、あなたのことを差別も区別も追放もしないと告げる。


「貴方たちには細かいことは説明していないのだけれど、私自身はこの学院の生徒には卒業したなら、王国の民を守る仕事にかかわってほしいと願っているの。それが、私の行動する原理原則。王家と王都、王国の民を守るために努めるのが、私の務め。あなたは、どうなりたいの?」

「……分かりません。考えられません。考えたこともありません」

「なら、考えなさい。あなたの守りたいもの、生きたい生き方。それに、過去の経験を否定も消去も隠蔽もする必要はないわ。あなたの生まれも、育ちも全て受け入れて、この学院の仲間となっていきなさい。暗殺者の教育なんて受けようと思っても受けられるものではないでしょう。なら、その生き方を自分の目標に生かせばいいじゃない」


 彼女の人生は、商人の妻になり実家を支える事にあった。薬師も会計も契約書にかかわる法律もその為に勉強した。それが、学院の運営に役にたっている。なら、この子の暗殺者の技だって活かせると彼女は思うのだ。


「それにね、あなたが組織に売られたなら仕方がないのだけれど、攫われて売り払われたのなら……その組織ごと潰したいのよ。枝葉かもしれないし、根の端っこかもしれないけれど、斬り落とせばダメージになるでしょうし、反撃してくれれば返り討ちにもできるわ」

「……暗殺されると思わないんですか?」

「誰を? 私を? 無理よ。伝説レベルの人間でなければね。私の周りにいったい何人の守り手がいると思っているの? 周りに暗殺者は近づけないわよ」


 よほどの事がない限り……まず彼女を殺すことは無理だろう。それに、彼女のことをそこまで把握しマークしているものは今のところいない……はずである。


「僕には帰る場所もありませんし、学院のみんながしいて言えば家族になります。この学院とみんなを守る為なら……協力します。それで、今のところはいいですか」

「ええ、十分よ。自分の居場所くらい自分で守って見せなさい」

「……そうですよね。では、できる範囲で協力します。でも、組織の中身なんてほとんど何も知りません。施設の場所も、誰が関わっているのかも」

「構わないわ。あなたの教わった術を私たちに教えてくれるなら。そこから、その組織がどのような事件にかかわっているのか、割り出せるでしょう」


 彼女は、暗殺者の技術から犯行を割り出し、その事件で利益を得た人間を特定し、そこから遡ろうと考えているのだ。恐らくは、貴族や富裕な商人の中に、それらを利用する者はいる。そして、それらは人身売買や敵国と通じて王国を食い物にしている可能性が高いのだから。


「では、今日のところは一つだけ。魔力の身体強化は全身でなく、部分でも行うことができます。例えば……視力だけとか」

「……少ない魔力でも、効率的に効果が発揮できるための訓練が為されているわけね。その結果、あなたの保有魔力が少なくても……」

「上の下くらいまでの魔力保有者に匹敵しうる能力を発揮できると思います」


 彼女は心の中で「素晴らしいわ」と叫んだ。伯姪や魔力量の少ない騎士にフィードバックできれば……例えば辺境騎士団長のパワーアップは相当つながるのではないだろうか。


「明日から、あなたは剣の稽古をしてもらおうかしら。セバスあたりと」

「ええ、久しぶりに思い切りやってみたいですね」

「ふふ、可哀想だから、手加減してあげてちょうだい」

「承知しました。では、これからもよろしくお願いします」

「こちらこそね。あなたの成長に期待しているわ」


 暗殺者の技術を持つ魔術師……かなり強力な存在に成るのではないかと彼女は思う。とは言うものの、彼女自身の行っていることは、かなりのレベルで暗殺者まがいの事であると彼女は気が付いていない。

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