第064話-2 彼女は薬草園に取り掛かる

『主、ゴブリンが近づいて参ります』


 周囲を警戒していた『猫』からゴブリンがこちらに向ってくると報告が来る。


『どうする。お前が仕留めるのか』


 考えがあるわと、彼女は歩人に指示を出す。腕試しだ。


「ゴブリン三体。セバス、あなたの力を試します。隠蔽と身体強化を用いて、剣で倒しなさい」

「はぁぁぁ……しょ、承知いたしました……」


 いまだ防具は装備していないが、身体強化状態であれば、ゴブリンの粗末な武器で傷つけられるとも思えない。


 三体のゴブリンは歩人と同じ程度の背丈だが、二回りは体が細い。野良犬と闘犬の違いとでも言えばいいのだろうか。子供の姿を見て興奮しているのは、狩る者と狩られる物の関係が理解できていないからだろう。


 以前見た、村を襲ったゴブリンと比べると相当貧相な装備であり、まともに傷つけることができるとは思えないのだが、弱者と相手を認識した途端、興奮し、客観的にみることができないのだろう。


 こん棒を持っているものが一体、短剣だろう棒を持つものが一体、粗末な槍を持つものがそれに続く。


「セバスちゃん! がんばれー!!」

「負けんじゃねぇぞ!」

「セバスのいいとこ見てみたい!!」


 子供たちがめいめいに応援する。ちょっとしたヒーロー気分だと歩人は思う。正面から飛び込むと見せて『隠蔽』、最後尾の槍持ちの背後に『身体強化』を発動し加速、その際、気配は消せても足音・足跡は隠蔽できていないのは『彼女』や『伯姪』ほど、習熟できていないからだ。


 足音だけとなり、姿が見えない敵に一気に警戒するゴブリン。足が止まった

ところで、槍持ちの背後から左胸を剣で一突きにする。


「ゴブリンに正面から向かうと、組みつかれる可能性があるわ。ゴブリン一体は子供と変わらない能力だとしても、数匹に組み付かれればあっという間に殺されるのよ。だから、隠蔽して背後から急所を突く。斬るのはダメね」

「なんでだよ」

「馬鹿ね、相手が複数いるのに、一撃で仕留められない斬撃なんて危険じゃない。それに、斬り合いはあっても、突き合いというのはあまり聞かないわ。突きは一撃で首や脇の下、腹を深く傷つけることができるけど、連続してダメージを与えるのは難しいのよ」


 伯姪が解説を加える。などと話している間に、隠蔽を入り切りしながらゴブリンを混乱させつつ、四十秒で始末した歩人である。


「セバス、心臓に止めを。死んだふりして襲い掛かってくる可能性があるわ。この後、死体の見分を皆でします」

「承知しました」


 子供たちがざわつく。死体と言えども……いや、死体のゴブリン、そうとう怖い。夢に出るかもしれないくらいにだ。


「ゴブリンと狼は森の採取などでよく出くわします。街道は騎士団の巡回があるので安心ですが、一歩森に入れば魔物も獣もそれなりにいるのですから」


 素材採取で森に入る。危険がなければ依頼になるわけがないのだ。彼女は『隠蔽』をかけっぱなしで素材採取を行えるほど魔力があったのだが、学院でそれが可能なのは黒目黒髪と癖毛くらいだろう。赤毛娘は一、二時間程度だ。


「なので、狼やゴブリンと出会った場合、気配を隠蔽しやり過ごすのが一つ。その隠蔽を利用し、背後から急所を刺突して殺すのがいま一つの対応になります」


 そして、今日皆に渡してあるサクスと同じものを取り出す。


「この短刀は斬りつけダメージを与えるには難しいですが、背後から鎧のない首や肺を刺突するには十分な長さと刃の厚みがあります」


 では、実際、ゴブリンの死体を短刀で突きさしてみましょうと彼女は続けた。死体を用いた試し斬りである。





 貴族の子供と異なり、庶民の子供、特に孤児は動物の死体処理など慣れているのか、死体に関しては特に気にならないようである。死にたてほやほやで腐乱もしていないからだ。


「ではまず、体の正面ね」


 仰向けに死体を転がし、胸の部分を示す。


「胸の部分は骨があるので刃が通りにくいの。それに、近づけば……『噛みつく』から要注意。手に持つ武器だけが攻撃手段ではないのこれは」


 その乱杭歯を刃物の先で持ち上げた唇の中から見えるように示す。


「歯には雑菌がたくさん付着しているから、咬まれた場合体の中に毒が沢山入ることになるの。だから、できるだけ早く、毒が体の中に広がる前に、水で傷口を洗い流して薬かポーションを掛ける。消毒して回復させる必要があるわ」

「体中に毒が回ったら、傷口から腐り始めて痛みと高熱でのたうち回って死ぬから注意ね」


 子供たちが想像し「ひぃぃ」と声を上げる。苦しんで死ぬのは誰でも嫌だ。


「正面なら、長柄の武器で腹を狙う以外は避けたいわね」

「短刀しかないならどうすんだよ」


 癖毛、頭を使いなさいと彼女は思いつつ、小の班で一番落ち着いている茶目栗毛に質問する。


「短刀を長くするにはどうすればいいかしら?」

「長い棒の先にひもで縛り付け、即席の槍を作ります」

「正解。接近までに時間が稼げれば、それが良いでしょう。背後から安全に急所を狙う事も、近づいてきたゴブリンをけん制することもできる。槍は突くことに特化している分、扱いが簡単で強力な武器。だから、兵士は剣のほかに槍を装備しているし、槍がメインの武器なの」


 と付け加える。


「槍を即席で作るのは少し先の話として、長柄の武器の有利さは覚えておきましょう。護衛任務の傭兵は意外と使うのよ」

「棒切れで魔物と戦うとか、嘘くせぇ」


 いやいや、エントとか海賊相手に普通に使っているよ。


「敵を寄せ付けないためには、長い棒は剣より長い間合いが取れる分有利。それに、棒は剣先を気にせずに打ち込めばある程度ダメージも与えられるでしょうし、旅人や女性が持っていても不審に思われない良い武器よ」

「まあ、あんたも今度、棒で相手してあげるわ……薄赤戦士のおじさんがね」

「……痛そう」

「ポーション飲んで頑張りなさい。あ、でも、強くなるにはポーションはやめておいた方が良いわね」


 この男も打たれる雉のたぐいなのである。





 ゴブリンの死体に何度か短剣を突きさしてみて、それぞれ、どのくらいの力が必要なのか、急所がどこなのか、刺さった短剣がいかに抜けにくいかを確認する作業を行い、学院に帰ることになる。


 荷馬車の荷台は土と薬草でいっぱいなので皆は馬車の周りを歩いて移動することになる。帰れば薬草の植え替えもしなければならないのだが、それは明日の仕事になりそうだ。


「ねえ、あなた気が付いていた?」

「……茶目栗毛の子は刃物の使い方をきちんと教わっているということ……かしら」


 伯姪が頷く。彼は、魔力量は少ないが、身体強化や隠蔽がかなりうまいのだ。というより、赤毛娘と同様、学院に来る前から身につけていた節がある。


「彼は、面談した孤児院には直前くらいに保護されて入院した子供なの。その前が……ね」


 彼は王都で行き倒れになっているところを拾われ、施療院に運び込まれた。栄養失調による衰弱が原因であった。回復したのち、未成年であったこともあり、隣接する孤児院に収容されたのだ。


「その行き倒れる前の経歴が……曖昧なのよね」

「曖昧にしないと、身の危険を感じるような場所にいたとか?」


 王国内にも様々な暗部が存在するが、子供を利用した暗殺組織というものが存在すると、彼女は思い出していた。

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