第063話-2 彼女は王宮で宮中伯に宣言される
「今回はお城を落としたそうねー」
「……それは行き過ぎでございます。捕虜になったのち、内部で火事を起こして隙をついて人攫い組織の証拠を集めたのでございます」
「その、人攫い組織とはどんなものですの?」
今日は王妃様と王女様だけです。助かりましたと彼女は思うのである。王子様はかなり踏み込んでくるし、婚約者様の公爵令嬢からの突き刺さる視線が怖いのだ。変に嫉妬すると、かえって嫌われますわよと言いたい。
「それで、その者は初めて目にしますが」
「ご挨拶させていただきます。その山賊どもにとらわれていた、歩人でございます。ご挨拶なさい」
「はじめてお目にかかります王妃様王女様。私、従者を務めますビト=セバスと申します」
「ほぇー かっこいいですー」
王女殿下、ほぇーはないでしょう。それに、中身は三十歳です。王妃様の弟くらいの年齢ですよ。
「わたくし、歩人の方とは初めてお会いしますわ」
王妃様も「私もです」と興味津々なのである。彼の今までの経緯をかなり美化して説明する。
「名主の跡を継ぐために、思い切って修行の旅に出たのですね」
「お兄様も必要かもしれませんわね」
おい、グランドツアーがそれなんじゃないのかと彼女が内心突っ込む。里の女にフラれまくっていられなくなった末に、旅先で捨てられただけなのだよこのおじさんは。見た目美少年だけど。
「ふふ、あなたの周りにも、人が集い始めたわね。学院も育てて、あなたが王都の南にいていてくれると思えば、安心なのよー」
どういう意味なのか、彼女は怪訝に思うのである。だが、その答えは王妃様からすぐに聞けることになる。
「帝国が内乱状態なのは御存知かしら?」
御神子教徒と、それに対抗する原神子教とが争っている『原神子争乱』と呼ばれるものだ。
御神子教と原神子教の分派抗争。帝国内では法国の支配する教会に対して、直接に神子様の話を書き記した「原典の書」に忠実にあろうとする下層市民・農民の教会に対する闘争が発生した。
領主層は原典の書を信じる「原神子教」に入信し、法国教皇と、帝国皇帝に独立を求める活動を開始してたのだ。帝国皇帝は七人の選定君主による多数決で選出されるのだが、そのうち三人は大司教であり、残りの君主も御神子教皇の影響を受ける存在であり、皇帝は実権を握りにくい。
王国内では原神子教の信者は商人や新興貴族に多い。また、御神子教は離婚を許さないため、連合王国の王は勝手に離婚するために、御神子聖教という独立系御神子教の一派を立ち上げ、最高位は教皇ではなく国王であるとしている。
原神子教の信者は王国内では『同志派』と呼ばれている。信者の紐帯を意識させるためにそう呼び合うことに由来する。連合王国では『清徒派』と呼ばれているが、同じ原神子教の系統である。
「王都の商人や貴族にも原神子教を信じる者、言い換えれば、宗教を利用して王家を貶めようとするものが増えている……と言えばいいのかしらね」
帝国は王国よりもずっと帝国皇帝の権力基盤が弱い。祭りの神輿であり、選ばれる存在なのだ。たまたま何家かあった皇帝候補の家が断絶し、現在の皇帝の一族だけが残ったので同じ家系が皇帝を務めているが、王国や連合王国の王家と比べれば、基盤が弱い。
「今日明日にどうこうなる事は無いのだけれど、王都の外からの攻撃には堅固な作りなのだけれど、王都の中での戦乱は……ね……」
王都の外に騎士団本部を移転し、今の南門近くの新王宮からそのまま脱出する避難先として設立するつもりなのだろう。
「学院も、そのついでに守りを固められるようにしていくわー」
「そうですね。堅牢とは言い難いですので、改善していきたいと考えております」
「そうねー 駐屯所を格上げして中隊規模の施設にしましょうかー」
騎士団本部から中隊を引き抜いて分遣隊として学院の外郭に防御施設とともに移転するのだという。
「本部の守りを固める要素もあるのよー。包囲されても、背後から強襲できるとか……怪我人を学院に設置する施療院で収容してもらうとか……いろいろあるわー」
様々な提案を考えるに、既にリリアル周辺は『新都』『副都』といった拡大発展の可能性も……ある。
「それは、そうね。子爵家の本家が今の王都を、あなたの男爵家が新しい都の管理をしていくという事もあり得るわね」
「学院の運営の先にはそのようなこともあり得るわけですね」
王妃様の妄言とは言い難い内容だが、いくつか相談したいことも彼女にはある。近々の問題としてだ。
「先ずは、薬師を育成するうえで、薬草園を邸内に設けたいのですが」
「もちろんいいわよ。何なら、畑とかも作ってみればいいわー」
王宮内には菜園は現状存在しないのだが、王妃様は王子王女にもそういう体験をさせたいと考えており、学院でできればと考えていたようだ。前庭の一部で畑を作成し、ある程度慣れた時点で、学園の敷地の外周に畑を拡大するという事で了承していただいた。
「それと、礼拝堂を設けたいのですが」
「いいわよー 最初は木造の礼拝堂にしておく方が良いかもしれないわねー」
「はい。リリアルが街として発展するようであれば、教会も必要となると思われますので、その時にまた考えたいと思います」
王妃様は学院長である宮中伯と相談し、礼拝堂の件は速やかに進めると約束していただいた。
「お祝い事の時は、差し入れもっていくから、一緒に楽しみましょうねー」
「皆、喜ぶと思います」
それ以上に、緊張するだろう。今は城館の一室を礼拝堂として使用しているのだが、二期生が入ると恐らくそのスペースは無くなってしまうのだ。学院生は精々五十人が限界というところであり、教員も教材もまだまだ考えねばならないことがたくさんあるのでとても悩ましい。
「また、落ち着いたころに学院に行くわね」
「学院の皆さんとお茶をしたり、今度はお泊り会もしてみたいですわ!」
王女殿下と同世代、僅か十一人の学院生であればそれも可能だろう。今しかできないことを、今やれるようにしてあげたいと彼女は思うのである。
「その時は、ビトも相手をしてくれますか?」
いきなり声を掛けられ、しばらく固まっている見た目美少年のおじさんは、「も、もちろんでございます殿下」としっかりとお辞儀をしつつ答えることが何とかできたのであった。
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リリアル学院、既に王都の開発計画の中で大きな存在に成りつつあると気が付き、少々憂鬱になる彼女なのだ。
「騎士団の分遣隊が配置されるとか……安心できるのか、きな臭いのか判断に迷うわ」
「きな臭い……でしょうね。学院の周りも多少強化してもらえるでしょうけれど、高い城壁で囲むわけにはいかないのだから、騎士団の施設に収容してもらう事になるのかしらね」
「内乱か……せっかくの王都なのにな。嫌になるぜ」
子爵家が何代にもわたり築いてきた王都であるが、実際、百年戦争の間、数年の間連合王国に占領されたこともあった。城塞も一部破壊されたりしたようで、改修の際に王宮にされたのが新王宮であったりするのだ。
「でも、王家に逆らって一体何がしたいのかしらね?」
帝国と異なり、王国の半分以上が王家の直轄領になっているのだ。多くの領地は子爵男爵が代官を務めているものの、王家のものである。もめれば、国内の商業の流通だって滞る。ヌーベ領がこれから干上がるようにだ。
「王家が中心になって王国がまとまると困る勢力がいるのでしょう。焚き付ける外敵がいて、それにそそのかされる貴族や商人がいる。自分たちが王家に代わって主導権を取ることで、利益が得られると考えているのよ」
「その為に、都で騒乱起こしたりするのか。山賊と変わらねえじゃねえか」
王家に逆らう理由付けとして『原典の書』を最上のものとし、教皇や国王陛下の権威や権力を貶める理由付けにする。確実に、王国に対する破壊工作の仕業、人攫いと変わらない行為なのだと思われる。
「それって、どこが主役なの」
「山国の都市や、そこに近いシャンパー領内に活字印刷の施設があると言われているわ。古帝国文字ではなく、王国や帝国の文字や言葉で簡単に書かれたチラシや原典の内容を配って自分たちの主張を広めているみたいね」
「王様のいう事聞く必要ねーとか、なんだか子供が親の言うこと聞きたくない屁理屈みたいじゃねえか」
王国内においてはそうなのだが、帝国に関しては少々異なるのだ。各領邦が戦争をするためにどんどん新しい税を増やしていく結果、領主の主張を否定する根拠を原典の書に求めた結果と言える。
王国も、先代の国王の治世であればそうなっていたかもしれない。外征大好きな王様であったのだから。今の陛下は、傭兵をやめ、騎士団・魔導騎士を重用し、極力戦争を起こさないように努めている。抑止の方向でだ。
反面、自前の騎士団を持つ公爵・侯爵・辺境伯の中には帝国や法国に遠征して利益をもたらしたいと考えている者もいる。騎士団の中にもだ。
『新しい道具を試してみたいってのもわかるし、騎士が出世するのは戦場の手柄だからな。戦場を作るのには意欲的なんだろうな』
魔剣のいう事は最もなのだが、始めるだけなら馬鹿でもできるのだ。始めた戦争を終わらせることが難しいから、戦争を始めることは容易ではないと考えるのが為政者の考えだ。
この先、王国内で騒乱が起こるとすれば、その背後には周辺国の工作があると見てよいだろう。依頼が来ないことを彼女は切に願うのである。
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