第060話-2 彼女は歩人を子爵家に紹介する
学院に到着すると、既に伯姪は学院生たちと不在中の課題について確認を進めてくれているようであった。使用人も学院生たちもみな彼女の元に集まってくる。
「皆さん、お変わりありませんでしたでしょうか」
「おかえりなさい」
「おかえりー」
留守をお願いしていた侍女頭に最初にお礼を言い、細かい彼女からの引継ぎは後回しにする。最初に、新顔を皆に紹介しなければならない。
「これは、私の従僕、歩人のビト=セバスです。今後、ここで生活することになるのでよろしくね。これでも、おじさんなので子ども扱いしないでもらえるかしら? セバス、ご挨拶を」
彼女の微妙な紹介に、言葉を濁しつつよろしくお願いしますとまとめる従僕。
「珍しいですね、歩人の従者……王妃様が興味を持たれそうですね」
侍女頭、正解なのだが……
「何分、人間社会に疎い歩人ですので、しばらく、従僕として教育したうえで王妃様にはご挨拶させたいと思います。その前に、祖母の元で行儀見習いをさせてから……ということになります」
顔が若干引き攣る侍女頭である。うーん、祖母と接点はないはずなのだが、何かあるのだろうか。
「……いえ、その王太后様は所作に厳しい方ですので、その代の侍女の方たちは……」
彼女が新人であったころ、王太后付き侍女に厳しく教育されたのだそうである。なるほど、顔も引き攣るだろうと彼女は納得する。子供の頃からなので彼女は慣れたものだが、初見の令嬢は泣くか固まるかのどちらかである。
姉が祖母のところに寄り付かない理由は、姉の友人の令嬢を叱責したことがあり、苦手意識がさらに増したことも影響している。まあ、下位貴族の娘など、街娘と変わらない程度のものも多いのだ。それでは、王宮勤めの基準からすれば叱責もされるだろう。
「まじで……俺大丈夫なのか……でございます。お嬢様……」
「ふふ、逃げるすべはないのよ。覚悟なさいな」
伯姪の追撃! とはいえ、伯姪もおばあ様の指導を受ける必要があるのではないだろうか。
「平気平気、私、やればできる子だから」
『確かに、中々の猫を被られますな』
『猫』から、猫かぶり認定をもらい、猫かぶりのオーソリティーと言えるかもしれないのだ。自由奔放に見せて、お堅い高位貴族様の子弟を篭絡する姉の手法と、清楚な『辺境伯の姪』とみせて中堅貴族のまじめで優秀な子弟を狙う伯姪ではアプローチが違うのである。
「王太后様の前の王太后様は法国人だし、王国の宮廷料理って法国の流れが多いからね。ニース育ちの私には、アドバンテージがあるのよ」
高位貴族であれば法国との交流もそれなりにあるだろうが、下位貴族であれば縁がないのが普通だ。そもそも、領地もないのであるから。その昔は子爵男爵も領主として存在した時代があったのだが、戦費を負担することが難しくなり没落、王家の家臣団として吸収されている。その過程で騎士爵から昇爵したものが増え、現在、「由緒ある男爵家」というものは王都には存在しない。
大領を有する公爵の陪臣として、残っているものが大半である。
「後日、王都に出向いておばあ様にご挨拶、その後、冒険者ギルドにて冒険者の登録をします。武具の調達も必要ね」
「……ああ……はい、承知いたしました」
顔面ハーフシャドウな歩人である。とはいえ、やらかして歩人庄を追い出された彼が胸を張って故郷に錦を飾るには、この段階で頑張って王国貴族社会で立ち振る舞える程度の礼儀作法を身に着け、冒険者としても一流と見なされる濃赤程度にはならなければ難しい。
「あのさ、振られた女、見返したくないの?」
「はぁ、その頃にはみんな結婚して子供産んで、立派なカアチャンしてるだろ?あんまりな……」
歩人・セバス的には10年経って自分が庄に戻っても、既におばちゃん化したフラれた娘たちはお互いどうでも良くなっているだろうというのだ。確かに、そうかもしれない。
「あなたも庄名主の家名があるのでしょう。名主の息子だ、次期名主だと言葉だけで示すのではなく、能力で示しなさい。自分がみじめで悲しい存在だということが、理解できないのかしら。とても残念な存在ね」
『おい、真実は時に人を傷つけるものだぞ』
『主の言葉、胸によく刻み込め、三下』
三者三様に厳しい。歩人セバスも理解しているのだ、だから虚勢を張り、現実逃避をして誤魔化してきたのだが……もう無理みたい……
「ああ、わかった、わかりました。そんなズバズバ言わないでも理解している。俺は確かに、情けねえ中年オヤジだ」
見た目は彼女と同世代より少し幼い。姉が家で見たとき「隣の幼馴染も少し前まではこんな感じで可愛らしかったよねー」などと宣っていたのを思い出したりする。いわゆる『ショタ』なのだ、中身は中年だが。大事なことなのでもう一度、見た目は美少年、中身は中年のオッサンです。誰、30歳は立派なオッサンです。人生50年の時代だからね。
「なら、私の従者として成し遂げて見せなさい。執事としての立ち居振る舞い、王国での貴族のルール、領地の経営に学院の運営、冒険者としても一流になり、情報収集や護衛の業務も問題なくこなせる、どこに出しても恥ずかしくない一流の魔剣士になりなさい」
「……それ、いいな……」
「いいわね。あんた、魔力そこそこ使えるし、俊敏性が高いから剣士・野伏・斥候として一流になれるわよ」
「そ、そうか。それは悪くない……いや、是非ともそうなりたいです」
「見た目は人間の美少年なのだから、上手くいけば王女様付きでレンヌで近衛騎士になれるかもしれないじゃない」
「王女様……大公妃様付き近衛騎士……」
「そうすると、騎士爵は固いわね。貴族でないものを王女殿下の周りにおくわけにはいかないもの」
確かにその通りである。その為に、二人は男爵だ騎士爵だと叙爵する羽目になっているのだから。
全員から突っ込まれて、少々凹んでいた歩人であるが、ニンジンをぶら下げられ
俄然やる気が出てきたようなのだが……
「先ずは、学院の使用人の仕事から覚えてもらうわ」
「……えー……」
「女子供に肉体労働させて、自分は顎足つきの生活させてもらおうっての?どこのお貴族様かしらね!」
そう、千里の道も一歩よりなのである。使用人としての仕事を理解できなければ、執事として使用人を指導できないから、当然でもある。学院の子供たちからしても、共に仕事をすることで「仲間」と認識されるということも大切であり、その辺りの二人の配慮だと……歩人・セバスはまだ気が付いていない。先が長そうである。
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