第055話-1 彼女は山賊に拉致られる

 その山賊は、ニースの行きがけに討伐したそれらより、随分と装備が整い小綺麗であった。


『主、山賊らしくありませんね』


 山野で生活している疲れめいたものも見当たらない。装備こそ山賊らしくあえて汚れている鎧などを身に着けているように見えるものの、武具はきちんと手入れされている。革や金具の部分が腐ったり錆びたりしていないのが見て取れる。騎士見習いの大切な仕事は、錆びないように油を付けて武具を磨くことも含まれているのだ。


『どう考えても……常備の傭兵だな』

「それは、薄赤メンバーもわかるでしょう。彼らの冒険者の時の装備と比べても遜色ないか、上くらいのものよ」


 つまり、普通にやればこちらは手も足も出ないレベルで相手が強者である可能性が高い。とはいえ、 人数が多いからであり、黄色等級レベルであろう。


「どうする。作戦通りで構わないか」


 薄赤野伏が確認し、濃黄女僧は既に騎士姿で盾とメイスを構えている。薄黄剣士が前方の馬車の周りに五人、後方に八、九人と山賊の数を確認。


『伏兵の弓持ちは見当たらないようです』


 待伏せでありがちな狙撃手の配置が無いのは、行商人相手には不要と考えてくれたのだろう。魔力持ちも今のところいないようである。


「では、前方の馬車に油球をぶつけて燃やしますので、そのタイミングで前方の山賊に切り込んでそのまま離脱してください」

「……危険だと思えば、演技終了で構わないからな」

「大丈夫! 貴族の娘だと言えば、首領のところまでは安全なはずよ。勝手にやらかしたら自分が始末されるレベルの練度はありそうだもの」


 山賊や傭兵団は無法者の集まりではあるのだが、その分、内部の上下関係は徹底している。勝手な行動で上の不興を買えば、即命に係わるから、その辺はあまり心配せずに済むだろう。


「ニース辺境伯の身内であることを示す短刀を持っているから。これで、恐らくある程度の傭兵団の幹部なら読み取れるはずだもの」

『いざとなったら、隠蔽で離脱するぞ。いいな』


 伯姪の主張は間違っていないのではあるが、それでも確実なわけではない。彼女に向かい『魔剣』がつぶやき、彼女も頷く。


「チャンスは何度でもあるでしょうし、いざとなれば一人生かしておいて跡をつけることもできるのだから、柔軟にいきましょう」

「「「応」」」





 彼女と伯姪は怯えて馬車から動けない態を装う。そして、冒険者四人と『猫』が道をふさいだ荷車の山賊五人に向かう。その直前、油球が荷車に命中し、刺激物を含んだ油が周りに飛び散り……着火する。


 大声を上げ転げまわる山賊に冒険者が斬りかかり、五人を倒して一目散に逃げていく。


「なんだ、女を置いて逃げるとは……見下げ果てた根性だな!」


 ゲハゲハと笑い声をあげる生き残りの山賊。手下の五人は既に見捨てたのだろう、特に手当てをする気配もない。


「どうします、小頭」

「……使えそうな装備は外してこいつらの馬車に積め。あと、女二人には手ぇ出すなよ。頭に殺されるぞ。こいつは薬師と貴族の令嬢だ。身代金を出させるのに、手紙書かせるまで……大事にしねえと、トリッパグれるからな」

「えへへ、その後は……『頭次第だな。貴族の娘は高く売れる。それも、あんまり手垢がつかねえほうがな』……じゃ、こっちの色の白い方は……」


 小頭が『うるせぇ、子供じゃねえか!』と、話しかける男の頭をぶん殴る。


『ひーひっひ、子供だとよ』

「……せ、成長が遅れているだけよ。ま、まだまだこれからではないかしら」


 同じ年齢の伯姪と比較しても、彼女は……かなり……スレンダーなのである。着てるものも街娘風であるので、幼く見える。そう、衣装の問題なのだ。


「あんた、薬師なんだよな。薬、作れるか?」

「……材料があればです。道具はありますが、材料は採取しないと……ソーリーの街に卸してしまったのでありません」

「そうか。山の中だから、探せば見つかるだろう。薬、期待してるから頼むぞ」

「……できるなら……」


 どのタイミングで薄赤パーティーが増援に来るのか不明なのである。数日、とはかからないだろう。『猫』が先導してくれるはずだ。


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