第055話-2 彼女は山賊に拉致られる

 山賊の集団は馬車を鹵獲し、女二人を馬車の荷台に、また、馬車の前後を囲んで脇街道からさらに一本細い道を南西に向かって移動し始めた。どうやら、領都からヌーベに抜ける脇街道へバイパスする道のようである。


 道は細く多少荒れているものの、それなりに使われていることから、恐らく、定番の移動経路なのだろうと想像する。


「うう、私どうなっちゃうのかしら……」

「……そういうの要らないわよ」

「……うそ……」


 修道女らしくさめざめと泣く真似をする伯姪がうざい。御者役の山賊も、馬車後方の仲間もチラチラと視線は移すものの、どうやらよく統制の取れた部隊のようで、あまり身の危険は感じないのである。小頭のいう『頭』の判断が絶対の組織のようなのだ。


「手強そうね」

「……ええ……」

『こいつら、レンヌに同行した護衛隊くらいの練度ありそうだな。まじで、正規の傭兵だろう。確信犯的に組織された部隊だな』


 装飾品などは身に着けておらず、身なりも口振りも山賊・傭兵のたぐいだが、軍規を守る雰囲気を持っているのは、不釣り合いなくらいである。


「水、飲むか?」


 御者が声をかけてくれるが、二人は無言で首を振る。その辺も、まともな人質もしくは人身売買の商品として扱っている様なのだ。つまり、彼女たちの査定がかなり高く、商品価値を下げないために、丁寧に扱う場慣れした山賊たちと言える。


「……数こなしてるわね」

「そうね。でも、お互い査定が良くて良かったわ」


 売り物になりそうにもなければ身包み剥いで殺されるだろうし、値段が微妙なら、もう少し雑に……暴行されていたかもしれない。事前に情報を流しておいて正解であったのだろう。





 日も暮れる頃、山中のやや開けた場所に、周囲100mほどの小ぶりではあるが、見張り塔や跳ね橋を備えた砦が見えてきた。思っていた以上に充実した拠点のようだ。


「騎士団の駐屯所なんかより、全然立派ね。城塞だわ」


 壁の周りを掘り下げてあり、四隅の防御塔に、正面のゲート両脇に塔を備えた立派な施設だ。彼女の頭の中では、リリアル学院の周囲もこのような施設を配置しないとと考えたりしたのである。


 とはいうものの、この手の城塞は領主の課する労役で建てられているものが多いため、学院に関してはそれは難しいと思うのである。領民がいないのであるから、当然だろう。


「孤児に職人になってもらって、その指導でみんなで積むとか……難しいかしら」

『無理だろうな。それこそ、子爵家に相談だろ?』


 王都の城壁の管理も彼女の実家の子爵家の領分であり、その辺りは相談に乗ってもらえるかもしれない。まあ、先の話になるだろう。


 城塞の周りには水車小屋や鍛冶場……工房がある。砦の廃墟を占拠しているレベルではなく、軍の駐屯施設にしか見えない。ヌーベの領都はロアレ川の河岸なのでオランからかなり距離があるが、境界はオランの東10㎞ほどでしかない。ここは、すでにヌーベ領内なのだ。


「戻った、開門しろ!!」

「!開門!」


 哨兵に小頭は声をかけ、跳ね橋が降ろされる。道を土手状に成型して、門の位置が正面に来るように配置してある為、跳ね上げた橋の先は下の空堀から2mほどの高さの中空に配置されている。これでは、破壊槌を使う事も出来ないから、小規模な城塞といえども、梯子をかけて強襲するしかなさそうだ。


 つまり、守りやすく攻めがたい工夫が随所にみられる砦なのだ。そもそも、このような山の中にある砦を攻城兵器を持ち込んで攻略するのも困難だ。帝国内には小領邦が多数存在し、『騎士の城』と呼ばれる小規模ではあるが、険峻な地形に建てられた堅固な城塞が数千あると言われている。


 帝国内には法国から海国への交易ルートが存在するため、その中間で関銭を取る領主が多数いることが砦を設ける理由なのだ。


 壁は近隣の岩山から切り出したもの、もしくは焼きレンガと漆喰で固められているようである。土台の部分は石積み、その上の城郭はレンガで成形されている。狭間や胸壁もそれなりで、跳ね橋やキープと思われる後方の主塔に跳ね橋左右のゲートハウスに四隅を抑える城壁塔も備えた堅固なものだ。


『気配的には、五十人ってところだな』


 二階建ての城館がキープと礼拝堂と思われる塔の間に建てられており、城の防御施設を兼ねているようだ。


「降りてもらおうか。左の塔に向かえ」


 特に手足に縄をかけられることもないのは、貴族の子女に対する礼儀なのだろう。機嫌を損ねていい時間ではないと判断しているのだろう。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 馬車の中身を確認している兵士(山賊とはもはや思えないので)に馬の世話をするもの、交代で休憩に入る者などが背後でワラワラと動き出していた。二番目に大きな塔は思った通りの礼拝堂であり、それなりの大きさである。まずは椅子をすすめられ、抵抗もせずに座る。小頭が尋問相手で、他に護衛が二人ほどつく。


「すまんな、これも仕事なんでな」


 二人は内心『人攫いも仕事の一環だよね傭兵は』と思うが、黙って頷く。名前と素性を聞かれ、二人はそれぞれ貴族の娘であることを説明する。


「……すると、あんたは薬師で子爵家の娘、修道女のあんたは辺境伯の姪なんだな」


 伯爵以上ではないので彼女は大した金になりそうにないが薬師。伯姪は、娘ではないが辺境伯家が相手であり、ニースは豊かな領邦であるし距離もかなり遠い。討伐される心配も考えないでいいだろうという事で、金勘定ができたのか機嫌は悪くないようである。


 体を触られることもなく、持ち物も不用意に(とはいえ、魔法袋は見えない場所、上着の下に装着しているのだが)触られることもなく、ここまでは紳士的と言ってもいいだろうか。山賊なのだが。


「二人には、それぞれ手紙を書いてもらう。要は、身代金を払って欲しいという連絡だ。返事が来るまでは無事を約束する。支払うという返事であれば、無事に帰ることができる」

「支払わないと返事が来た場合は、どうなるのですか」


 小頭はニヤリと笑い、紳士的な態度を崩し答えた。


「そら、嬢ちゃんの想像する結果になるさ。薬師の方は仕事頼んでここで働くか、余所で働くことになるだろう。仕事で稼げるからな」


 薬師は辺境では価値が高い。見張りでもつけて薬を作り続けさせられる人生が待っているだろう。では、伯姪は……


「なに、貴族の娘ならいいところに高く売れる。ニース娘で器量よしだから、それなりに大事にしてもらえるだろうな。が、その前に、俺たちの相手も多少してもらいてぇな」


 薬師の方がまだ子供だから、需要はねえけど……同じ年だよと彼女は内心思いつつ、胸なんて飾りですエロイ人にはそれがわからんのですよと忸怩たる思いをするのである。





 礼拝堂には監禁されたものの、中に見張りを置くこともなく、手かせ足かせも特に施されなかったのは、貴族の女性であり少女・抵抗する素振りを見せなかったからだろう。これは継続中である。


「いやー、山賊?傭兵?にモテても全然嬉しくないよねー」


 ニマニマする伯姪を無視し、周囲を観察する。窓は目隠しされているが、明り取りは高い位置に存在するのである。身体強化を使い、内壁をよじ登り外を確認する。


 煮炊きする場所は鍜治場同様城の外と中両方にあるようだが、基本、外で作業をしているようだ。水汲みの手間や煙の処理が大変だからだろうか。何人かの女性が使用人のように働いている。


『ああ、攫われて売れなかった女たちだろうな』


 確かに、少々年配であるし、如何にも農民の主婦といった感じである。生活できれば逃げだす必要もないという事なのかもしれない。他に、人攫いに攫われた人間がいるとすれば、主塔の下辺りであろうか。城館は兵士の居住スペースに倉庫、食堂と執務室に武器庫などで占められているのだろう。五十人を収容できる程度には大きそうである。


『定期的に買取にくる奴隷商がいるのか、こちらで連れていくのか』

「馬車を鹵獲したという事は、連れて行くからではないかしら」

『ああ、無理してでも持ち込んだもんな。世話もしっかりしているようだし、運搬用に確保したい……というところかもしれねぇな』


 城の外に見える厩舎には馬が数頭見えるが、恐らく頭が乗る馬と伝令役の為の馬に、馬車をけん引する馬が二、三頭という程度で、砦の兵士が乗る用にはなっていないようだ。今日の小頭も徒歩であったことを考えると、山賊よりの兵士であると言える。少なくとも、騎士扱いされる傭兵は頭だけだろう。


「なにやら、主塔から人が出てきたわ」


 監視の兵士が交代し、ついでに夕食を食べるのだろうか。中には……主塔の扉から人が逃げ出そうとして取り押さえられた。小さな子供……いや、女性だろうか。


『あれ、人間じゃねえぞ。多分、ホビトだな』

「歩人?」

『いや、半妖精というか、亜人だな。旅人に混じってウロチョロする者もいると聞いている。本来は、草原のなかの小高い丘の周りに集落を築いて暮らしているんだ』

「……そんな場所、王国の中にはあまり残っていないでしょう」


 彼らは陽気で、天性の吟遊詩人と言われるほどの物語好き、お話し好きのものが多く、帝国や法国の領主の宮廷などで活躍する者も多いと聞く。恐らく、若い頃世界を旅し、そこで仕入れた奇妙な話や経験をもとに、自分の物語を語るのだろうという。


『なんだか、お前の物語に似ているじゃねぇか』


 『魔剣』がそうつぶやくのだが、彼女は「冗談じゃない。家でじっと仕事していたいのに」と思うのである。


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