第054話-2 彼女はソーリーの街に到着する

 山賊の出没は修道士が若いころから多く、この街より南の『オラン』の周辺に被害が多いのだそうだ。


「あの先は、ほれ、ヌーベに抜ける街道だで、山も多いし、昔の砦の跡もこの辺より多い。ヌーベは今は王国に所属しておるが、わしらの祖父の頃は敵国であったしな。なので、その手の施設がまだ残っているところもある」


 ソーリーの北にもアバンとの中間あたりに古い砦の跡があるそうで、そこも山賊が利用していることもあるのだというが……


「ほれ半年くらい前かの、例の『妖精騎士』のおかげでいなくなって助かったんじゃよ」

「おうおう、たまに街の周りをうろついたり、商人も襲われたりしておってな。数十人からおるし、王都とシャンパーとブルグントの境目で討伐が難しかったので、ありがたいことだな」


 ブルグントと王家の管理する王都圏の境目にある砦跡は、その昔は境目の拠点であったようだが、今となっては不要な施設となり放棄されていたのを、山賊がアジトにしていたという事なのだ。


「街の者には手が出せんし、領主は境目の砦跡を利用されて、攻めれば他の領主の土地に逃げられるで、タチが悪いのだよ」


 修道士からの情報を考えるに、オランとヌーベ領の境界辺りに拠点があるのだと理解できる。


 であるなら、襲撃場所は街をでて領都との中間あたりの街道で、待伏せしやすい切通のような場所で罠を仕掛けているのであろう。定番の荷車で道を塞ぐなど、想定される。燃やしてやればいいだけの話だが。


 早めの夕飯という名のその日二回目の食事をとり、彼女は宿で明日の段取りについて確認をする。領都とソーリーの中間、尚且つ、オランからもそれほど離れていない狭隘地を選ぶなら、襲撃場所を特定するのは難しくない。


『主、先行して偵察いたしましょう』


 『猫』の申し出をありがたく受け取る。気配を消せるのは彼女と伯姪のほか、『猫』もそこに含まれるからである。


 六人は、明日の「休憩場所」という隠語で襲撃予想地点を確認し、その後の追撃戦に関しての相談は、明日の出立後細かく調整することにした。この街にも協力者がいないとは限らないからである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 話題は最近まで騎士学校に通っていた女僧の話となる。興味のある話題だ。


「騎士学校で教わったことですか……」


 騎士見習が入校する貴族の子弟中心の幼年学校と、既に騎士として役に立つと考えられている騎士学校の入校生徒では、教育期間と対象年齢が大きく異なるのである。


「兵士としての訓練の部分は、既にある程度できているものとして省略されます。初等指揮官教育……小隊長・中隊長までの部隊運営に関する教育が主です」


 具体的には……商会運営でも必須な、書類作成・契約書・運用指示書などの記載、命令の出し方などの書類作成がかなりのウエイトを占める。


「確かに、中隊は『カンパニー』と言われるくらいだからな。補給から賃金の支払いに休暇、退職の処理から各隊員の役割分担まで、ある程度管理出来なければ、騎士とは言えないだろうな」


 封建制の騎士であれば、領地経営の中で累代の家人がいるので、それらを率いて年に何日か軍役を務めるのが仕事であったわけだが、今の封土のない騎士たちにとっては、一から教育する必要があるのだろう。


「私は、教会で帳簿付けや書面作成も手伝いましたので、素養に問題はなかったのですが、従騎士でいわゆる『兵士』を長年やってきたものの中には、書類づくりや命令書の発行が苦手な者がおりました」


 下士官扱いであれば、騎士の下である程度部隊運営にかかわる者もいるだろうが、いわゆる『兄貴』扱いの者は、腕っぷしも言葉も強いが頭がついて行かない者もいるのだろう。


「ですので、チャンスを与えた上で、水準に達成しない者は途中で何度か部隊に戻される機会があります」


 6か月の間、2か月毎に進達確認があり、習得の思わしくないものはそこで足きりとなるのだそうだ。


「向き不向きもある。貴族の身分のある者には許されないゆえに、幼年学校で事前に準備させるってことだよな」

「家名がありますからしかたないでしょう。そもそも、入る前から家庭教師をつけて育てておくのも義務ですので、そこはかなり違いますね」

「そうそう、兄さまたちはそうでしたわ。私も一緒に隅で習いましたもの」


 伯姪、どうやら年上の伯爵令息たちの家庭教師の授業に参加していたようで、勉強は苦手では無いのだ。むしろ優秀なほうだという。もちろん、自己申告なのだが。


「ですので、学院で書類仕事をお手伝いする依頼など、いただけると勉強になるのでありがたいのです」

「回復魔法の使い手は学院にいないので、その辺り、教授していただけるのであれば、それもお願いしたいですね」


 帳簿に関してはあまり外部の人間に見せるものではないのだが、王妃様の関係者としては許容範囲な気もする。とはいえ、回復魔法には教会か神殿で祈る行為が必要で、身につくかどうかはその先のようなのである。


「ですので、学院の中に『礼拝堂』を設置してはどうでしょうか。王妃様も喜ばれると思いますよ」


 確かに、今のところ礼拝は食堂で集まって済ませているのだが、そういう施設が学院内にあるのは望ましいかもしれない。とはいえ、予算が必要だ。


「……できるんじゃないかな、礼拝堂になる建物……」


 何も、石造りの荘厳な建物でなくても問題ないのだという。であれば、木造で屋根の高い大き目の建物を敷地内に設置するのも良いかもしれないと思うのである。


「孤児院は教会付属の物ですから、使用人の方たち同様、縁故を頼ってみるのも良いでしょう」


 リリアルが街となれば、教会も必要である。むしろ、施療院だけを設けるより、よほど自然ではないのだろうか。


「であれば、騎士団の駐屯所の向い辺りに、教会を誘致するのも良いかもしれませんね」

「先の話ではないかしら。祈ることは場所を選ばないでしょうから……とはいえ、学院生が増えれば、一度に集まる場所として食堂は手狭になるわね。教会は講堂と兼任で、その前に礼拝堂だけ小さなものを設置しましょうか」


 礼拝堂だけであれば、聖職者は特に不要と思われる。段階を踏んでいかねばならない。まずは……教会を設営する資金作りからである。街であれば、住人や篤志家の寄付で賄うものであるが、学院内では……ポーション売る以外に選択肢がない気がする。


 この後、礼拝堂の件は王妃様から許可をいただき、前庭の一角に木造で建築することになるのであるが、学院長である宮中伯に「金食い虫」呼ばわりされるのは予期せぬ出来事である。というよりも、孤児たちにとっては教会育ちであるから、学院内に礼拝堂があるのは当然なのではないだろうか。





 さて、夜の間、『猫』は街の中の情報収集を行い、どうやら街の住人に山賊に協力している者はいないようであるが、山賊に帰りに襲われる可能性を危惧する者はそれなりにいたようなのである。


『……というわけで、以前にも商人が街から領都に向かう際に途中で山賊に襲われたケースがあったようですな』


 襲撃されたのは、領都と街の中間よりかなり手前、南東に向かう街道が東に曲がるオランの街への分岐の少し手前のようである。


『オランで商売して領都に戻る奴も狙ってるんだろな』


 オランからさらに山を越えてヌーベ領に向かう商人がいなくなったため、山賊がかなり東まで出向いているのだと推測される。とはいえ、オランはブルグント公領の中で領都の西側で最大の都市であり、古の帝国の遺跡や城塞の跡も大々的に残されている古都でもある。


 故に、大規模な軍隊でもなければ攻めるのは困難だ。騎士団も駐屯しているので、山賊も騎士団の巡回を避ける形で商人を襲うのだろうが、騎士団の巡回に合わせて大規模な隊商となってオランと領都の間を商人が往復するので、山賊に襲われるのはそのタイミングを外したものだけなのだ。


「さてさて、上手く釣れるかしらね」


 と思いつつ、彼女たち一行は早々にソーリーの街を出立するのである。





 山を下り、街道がなだらかになるころ、道は東に向き始める。そろそろ、襲われてもおかしくない狭隘部が何か所かある。


「おっ、馬車が道に真ん中に止まって……わかりやすい通せんぼだな」


 御者役である薄赤戦士が馬車を停止させ、周囲を伺うと、林間からゾロゾロと十数人の武装した男たちが現れたのである。


 先頭の男が大声で話を始める。


「命まではとらねえ。俺たちも好きでやってるわけじゃねえんだよ!!」


 どこに行っても山賊って同じセリフを言うのかしらと、彼女は思うのである。


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